第2話 浜辺の少女の2


 だがなんと清楚な姿なのだ。正面から浜辺の少女の顔を見たい。

 顔だけがわからない。体からは清冽な雰囲気がにじみでている。ギュッとこの胸にだきしめたい。少女の顔が見たい。その思いだけでつけてきた。ストーカーまがいの行動だ。いや、ストーカーそのものだ。

 彼女が降りたのは、なんと鹿沼駅。宇都宮をでて鶴田、その次の駅だ。わずか14分。

 宇都宮の郊外といってもよい。だから、ときおり両市の合併問題が持ち上がる。

 鹿沼と宇都宮の間にLRT(次世代路面電車)を走らせる計画もある。鹿沼はぼくの住む街だ。その偶然に……後姿しか見ていない少女への想いは、さらに強いものとなった。

 少女には影がなかった。

 背中までとどく金髪が風にゆらいでいる。夕焼けに向って歩いている。長い影が歩道に映るはずだ――。

 それなのに、少女には影がない。影がない。どういうことなのだ。影がない。彼女は存在しないのか。悪寒に襲われた。画家志望ではあるが、祖父に子どものころから剣道を厳しくしこまれている。

 皐家は、古流剣法〈死可沼流〉を受け継ぐ家柄だ。剣士の誇りに冷気が走る。間合いに入っている。この距離であれば、ぼくは彼女の影を踏むはずである。いつでも打ち込める。

 彼女に息がかかるほど接近している。長い髪が夕風をうけている。風になびいている。ゆらぐ髪の向こうに茜色の空が見えている。朱の太陽が山の端にかかっている。それなのに、ない。影がないのだ。なぜだ。なぜなのだ。西日を真向いからうけている彼女の影は、ぼくのの足元に達しているはずだ。

 それなのに、影が歩道に映っていない。彼女を追い越した。ふりかえった。少女がいない。少女の気配が消えた。背筋を悪寒が走った。この瞬間では、完全にぼくの負けだ。真剣だったら斬り倒されている。

 少女が消えてしまった。そんなことは、現実にはありうべきことではなかった。

 現実には、起きるはずがない。恐怖のあまり叫びだしたかった。このぼくが恐れている。この場から、走りだしたい。逃げだしたい。ぼくは恐れている。おののいている。


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