作業服の男は今日も人々の永遠の眠りを見守る

廃界幻夢

本編

ここは遥か空中の彼方。とは言っても私達が見る限りはそうなだけであって実際ここが何処なのか私達にはわからない。

雲らしき地面が延々と続いていて、至る所に雲で出来た立札が立っている。

そんな場所に男が二人。

「という訳で貴方はこれからこの場所で永久に眠る事になるわけです」

作業服らしき物を来た男がそう言った。事務的な口調であった。

「ああ、やっぱりそうなりますか」

上下紺色の服を着た男がそう返した。こちらもさほど興味がないようだ。

二人の男はしばし佇んでいた。やがて作業服を着た男が

「しばらく散歩をしましょうか。何も眠る事を急ぐ義理はないですから」

気遣うような口調こそしていたがやはりどこかに事務的な雰囲気を漂わせていた。

紺色の男は

「まあ…」

気乗りしない様子でそれを受け入れた。



立札の並んでいる場所に作業服を着た男と紺色の男が二人。お互い虚ろながらどこかスッキリとした眼をして歩いていた。

作業服を着た男は、

「ここは大勢の人が眠っている場所です。どんな扱いをされたか、どんな区別を受けたか、どんな差別をされたか、あるいは人を迫害したのか、されたのか。そんな物をすべて忘れてこの人達は眠っているのです」

とやはり事務的に説明をしていた。彼の眼はさっきよりかは幾分か輝いていた。

しかし紺色の男も話したいことなどなかったらしく黙りこくっていた。

「貴方に関わりのある人も何人か眠っておりまして」

作業服の男は紺色の男の方を向いてそう話した。紺色の男の目を見ようとしたのだが彼は俯いていて顔を見合わせようとしない。そんな様子を見た作業服の男は、

「さあ、先に進みましょう」

と言い歩いて行った。紺色の男もついていく。

方角も進むべき道も分からない道を二人は静かに歩き出した。



いくらか歩いた後、ある立札の前で二人は立ち止まった。二人は静かであったがやがて作業服の男は歩き出してある立札の前で止まる。

「貴方の御婆様がここに眠っておりまして」

そして作業服の男が立札に触れると、立札は文字を浮かび上がらせた。紺色の男が日常で使っていた文字であった。

そこには「御婆様」の名前と、経歴、エピソードなどが細かく書かれている。どうやら同行する人に関連した物しか出ないそうだ。

紺色の男はビックリした様子を見せたが、それを引っ込め立札が見える角度まで俯いた。

「貴方に関係のあるお話をいくつか出してくれるんですよ。面白いでしょう?」

作業服の男は紺色の男に同意を求めた。幾許かおどけた口調だった。しかし紺色の男は

「そうですね…」

と小さな声でつぶやいただけであった。またこの空間に静寂さが取り戻された。

作業服の男は立札の内容を読んでいた。紺色の男は俯いたまま。

「貴方の御婆様は貴方に随分優しかったようですね」

紺色の男は少し顔を上げた。

「現世から離れた人々が静かに眠っている場所ですがね、その人の功績と言うのはこちらの世界でも残す事になっているのですよ」

作業服の男はやはり事務的に説明をした。

「なるほど…」

紺色の服を着た男はそうつぶやく。そんな事はとっくに分かっているのだと言いたげだった。

作業服の男はそんな反応を見逃さない。

「まあここに来た人々に気持ちよく眠っていただく為に私たちも頑張っているわけです。貴方が行きたかったら私もお供しますよ」

そう優しげな目をして話した。

「じゃあ先に進みましょう…」

紺色の男が相変わらず静かな声で促し、二人はまた歩き出した。


それからは様々な場所を巡って行ったが紺色の男にとってそれはさして重要でない立札であった。

人付き合いが希薄な物であった紺色の男にとっては当然なのかもしれない。

作業服の男が簡単にその人と紺色の男の関係を評し、紺色の男が出発を促す。

そして二人は紺色の男が巡るうちの最後の立札の前に来た。

手慣れた様子で作業服を着た男が立札に手を触れ、文字を浮かび上がらせる。

紺色の男はより一層俯き、作業服の男が読み込んでいる。そして不意にこう話した。

「彼は貴方の事を一番に考えていた方でしたね」

紺色の男はびっくりした様子を見せた。顔を見上げて、

「そんなはずはない」

とぼそりとつぶやいた。

「いや、それがそうなのですよ。彼は貴方の事を第一に考えていた。よく御覧なさいな」

紺色の服の男はびっくりした様子を見せた。そして立札に書かれた文章を今までになかったかのごとく熱心に読み漁っていた

「彼は貴方に心配を掛けない様に、酷い態度を取って絶交したわけです。それが貴方の為になると心の底から信じていたのでしょうなあ……何せ自分が病気だから……」

作業服の男はそう言って口をつぐんだ。その男が紺色の男に酷い態度を取ったのが巡り巡った結果、彼はこの場所にいるのだ。その事を作業服の男も紺色の男もよく分かっていた。

「なんだよ…なんなんだよ…」

そう声を押し殺して叫ん紺色の男はその場で泣き崩れた。

作業服の男は紺色の男の邪魔にならない様脇に退いた。


ここに眠っている男は半年前に来た。しきりに紺色の男を気にしていた。彼が話したところによると、家庭からも社会からも見放されていた仲間であったそうだ。

不治の病であったと診断された時点で彼は紺色の男に心配を掛けさせまいと、あるいは当時紺色の男の課題であった新たな人間関係の邪魔にならない様静かに縁を切ったと言っていた。


作業服の男は静かに紺色の男を見つめていた。優しげな様子で彼を見ていた。



結局紺色の男は唯一の親友であった男の隣で眠る事になった。紺色の男は憑き物が取れたような顔をしていた。最初ここに来た時よりは断然元気だ。

「最後に何か言い残すことは?」

作業服の男がこれまたこれまでにないような優しげな目をして尋ねた。紺色の男はそっと首を横に振り目を閉じる。

紺色の男が眠りにつき、雲が彼を覆っていく。そして彼の姿が完全に見えなくなった後、作業服の男が手をかざし空中から立札を作りだし、刺した。

作業服の男が手をかざすと、

「隣にはお互いにとって唯一無二の親友であった男が眠っている」

との言葉が彼の名前と共に出てきた。

作業服の男は満足げな表情で歩き出す。



作業服の男は「眠り」を体感したことが無かった。体感する運命でもなかった。生まれた時よりこの地で働き、数々の人々の「眠り」の場面を見つめてきた。

延々と、そして永遠に続くこの作業の中、彼は「眠り」に対して様々な反応をする人々を見てきた。暴れる人も、泣き崩れる人もいた。

そして、紺色の男のような、まるで悲劇のような「眠り」も。

作業服の男は移動するときよく、「最高の眠り方」について思いを巡らす事をしていた。各人が目指すべき理想の眠りがあるのではないかと考えていたのだ。

その答えがようやく見つかりそうだった。紺色の男の様に眠る間際に優しげな目をする人々を見送る時は、作業服の男はとても優しげな気持ちになるのだ。

彼の様に元の世界では悲惨に日々を過ごした人も、あるいは大勢に囲まれて過ごした人も。

優しげに眠る事が出来れば、眠る間際に幸せな気持ちになれば。それはたとえ元が悲惨であっても「最高の眠り方」となりえるのではないか。

元が例え悲劇であっても。

作業服の男は次に眠る人がどのような生涯を過ごしてきたかを気に留めながら歩き出した。

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作業服の男は今日も人々の永遠の眠りを見守る 廃界幻夢 @haikyo

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