第二話『婆のように舞い、婆のように刺す』

婆のように舞い、婆のように刺す:Aパート

 彼女は、異様な感覚に包まれていた。


 燃え盛る炎めいて湧いてくる力、高揚感、快感、そしてとめどない憎しみ。


 憎き人魚を滅ぼさねば。この世に一匹も残してはならぬ。

 何故? そんなことは些末な問題だ。消すのだ、全て。


 生ゴミ共を始末せよ。

 頭の内側で何かが叫ぶ。

 その声に導かれるよう、彼女は村の家々の屋根を飛び移り、呆気にとられた表情の人魚の顔に着地。地面に叩き付け、そのまま胸に大包丁を突き立てた。


 人魚の返り血を浴びると、感情がますます昂った。

 憎き人魚を殺すのは何とも気持ちが良い。


 彼女が次に睨むは、小学校。

 あそこで何かが待っている気がする。分かった、人魚か。

 ならば殺さねば。

 彼女は跳躍した。


 屋根を次々飛び移り、彼女は学校へ向かった。

 校庭に着地、一直線へ校舎へ駆けてゆく。

 窓に群がる羽虫めいた人間がいたので、薙ぎ払っておいた。


 窓を突き破ると、三匹の人魚。軟弱な体。オキアミめいた兵士を操り、いざとなれば『歌』頼み。


 案の定、三匹とも簡単に沈んだ。

 一番うるさい人魚は、早めに首を刎ね黙らせた。

 残り二匹の首も刈らねば。貧弱な歌など聞く価値無し。

 彼女は振り返り……そして気付いた。教室の床に座り込む脆弱な娘、その隣に転がる小さな機械から、音楽が流れていることに。


 聴き覚えがある、この激しく勇壮な……聴き覚え?

 それはあるに決まっている。自分の、ヨシホの愛する北欧メタルではないか。

 何故すぐ分からなかった? どうもおかしい。

 何が脆弱な娘か、タマだ。側で倒れているのはアル。

 タマの側でメタルを流すプレーヤーは、先刻自分がタマに貸したものだ。


「ア、ア……?」


 ヨシホは廊下にうずくまり、頭を抱えようとした。

 そこで気付いた。

 自分がやたら重装備であること、そして……頭に角が生えていること。


「ヴァ!?」


 引っ張っても取れぬ。これは一体。

 座り込んだタマに、ヨシホは自分がどういう状態か問おうとした。


「ヴァアァア!?」

「ひぃっ」


 声までおかしい。まるで獣の吠え声だ。何度言い直しても同じ。

 その度にタマは怯え、頭を抱え床にうずくまった。


 嫌な予感がする。鏡が見たい。

 ヨシホは廊下の電気を点け、手洗い場の鏡を確認し――。


「ヴァアアァアァアッ!?」


 その絶叫で鏡を割った。


(ばっ、ババアだッ!)


 鏡の破片に映る自分を見つつ、何度も顔を触る。

 間違いない、このババアは自分。


(十六だぞアタシ! 冗談じゃねぇ!)


 包丁を抜いたら変なものが見えて、力が湧いて来て、そして見た目もババアになった? 意味が分からない。特に最後。自分の身に何が起きている?


 彼女の混乱を引き裂いたのは、教室から聞こえた小さな悲鳴! タマのものだ!


(しまった!)


 そういえば、首を刈った人魚以外の生死を確認していない! ババア化の衝撃で完全に忘れていた!

 ヨシホは大急ぎで窓から教室へ飛び込む!

 案の定、二体の人魚がアルとタマを抱えていた!


(どさくさに紛れて何してんだテメェ!)

「ヴァアァア!」


 その怒鳴り声はやはり咆哮にしかならないが、人魚達の心に刻まれた恐怖は深い!


「ヒィ!?」


 思わず硬直する人魚! 対して俊敏なヨシホ!

 老婆の体、鋼鉄の着物、にもかかわらず疾風めいた動き!

 タマを抱えた人魚を、鉄拳が――!


「ヌゥン!」


 その時! 人魚とヨシホの間に割り込む女あり! 新手の人魚だ!

 全身に纏うフジツボめいた鎧! 太い腕と脚! 明らかに戦士の出で立ち! 戦士はその両腕で、ヨシホの拳をボクシングめいてブロック!

 巻き起こる衝撃波! ひび割れる床!


「良イ拳ダッ!」


 ニヤリと笑う人魚戦士!

 何ということか! 人ならざるババアと化したヨシホの拳を、彼女は完全に受け切ったのだ!


(何だコイツ!?)


 素早く距離を取るヨシホ! ボキボキと手を鳴らし、銀色の瞳を燃やす人魚戦士!


「早ク連レテ行ケ、雑魚共! コノ戦士ハ我輩ガ相手スル!」


 戦士の怒声で、人魚達は外へ飛び出した! 無論、少女を抱いて!


(あ、待――!)


 ヨシホはそれに続こうとし……戦士の闘気に阻まれた。どこへどう動いても防がれるのが分かる。


「陸ノ民カラ女ヲ奪ウ。海藻ヲ刈ルホド簡単ナ仕事ヨ。『声』シカ能ノ無イ軟弱者デモデキル」


 拳を構えた戦士が言った。


「ダガ、計画ハ所詮計画。慢心、鍛練不足、スピーカー貴様ラノ脆イ機械ノ故障、指示無視デ勝手ニ動ク阿呆。ソシテ貴様……ダガ嬉シイゾ、張リ合イガデキタ」


 時間稼ぎのお喋りか。その手には乗らぬ。ヨシホは大きく構え……脆い床を蹴る!


「ヴァアァアァアァアァアァア!」


 連続で繰り出す拳、拳、拳!


「ワハハハハハハ!」


 戦士はこれを高笑いと共に受け止める! それも拳で!

 ババアのスピードに対応しているというのか!

 やがてお互いが弾き合う!

 ヨシホはそこですかさず回し蹴りを繰り出す……が!


「ヌゥン!」


 相手はあろうことか、腹筋でこれを受けたのだ! 余裕の笑みを添えて!


「焦ッテイルナ、娘達ガ心配カ!」


 戦士は喋りながら、ヨシホの脚をがしりと掴む!

 そしてそのまま一回転し、廊下へと放り投げた!

 窓を突き破り、再び廊下に飛び出すヨシホ! 両手を床につけバク転すると、ヒーローめいて着地! 一連の動きで衝撃を殺した!


「安心セヨ、キット元気ナ子ヲ産マセルサ」


 ヨシホは奥歯を噛みしめる。

 放送内容や襲われた経験、人魚の発言から、薄々理解していた。

 人魚の目的は、若い女の体だと。


「八百年分ノ性欲ヲ全員デ毎日ブツケ、産メル限リナ。霊薬ヲ使エバ、百年ハ若イ体デ出産デキヨウ。心ガ持ツカハ知ランガナ」


 ヨシホの精神を、再び紫の炎が支配し始めた。


(こんなクセェ奴らに手ェ出さすかよ、タマ姉もアルもガキ共も)


 廊下に突き立てられた大包丁が、邪気を帯びだす。


「怒ルカ戦士ヨ! ブツカッテ来イ! 下半身ヨリ拳デ交ワリタイノダ我輩ハ!」


 怒髪がメラメラと天を衝く! 大包丁が磁石めいてヨシホへ吸い寄せられる!


「ヴァァアアァア!」


 包丁の柄を両手で握りしめたグランオウナーは、次の瞬間、戦士の眼前に迫っていた! 先程までの動きより、明らかに速い!


「ヌゥッ!?」


 怒りの形相で軽々と振り下ろされる大剣!

 無論フジツボ鎧は生半可な刃物なら通さぬが、それでも重さと速さが異常! 横方向へ吹き飛び、鎧には亀裂!


「期待通リダ! コウデナクテハ!」


 素早く身を起こした戦士は、再び迫ってくる老婆の斬撃を紙一重回避! 砕け散る床! その隙に戦士は般若へ更なる一撃を――!


「アッ!?」


 グランオウナーの装甲が異様な熱を発している!

 まるで、内側で何かが燃えているかのように!

 一瞬意識が空白になる人魚戦士!


「ヴァアアアァア!」

「シマッ――」


 そこに叩き込まれる、再度の包丁大剣!

 窓の外、校庭へ投げ出され、小型クレーターを作る人魚戦士!

 致命傷ではないものの、その衝撃は生半可なものではない!


「ワハハァ! 心地良イ痛ミ!」


 がばりと体を起こした人魚の視界に、ホッピングめいた跳躍で飛び込む老婆!


「ヌッ!」


 が、戦士が見たのは、意外な光景だった。

 老婆は包丁を背負い直し、村へ向けてターボめいて駆け出しているではないか。


「……チィ、目的ヲ思イ出シタカ」


 実際あのババアが海岸で暴れれば、計画に大きな支障が出よう。

 そろそろ潮時か。

 戦士は叫んだ。人間の可聴域を超えた周波数で。


 それは、人魚同士でのみ使えるコミュニケーション方法であった。

 この戦士も、同胞の超音波通信を受けてここまで駆け付けたのである。


「ダガ、我輩ハ収マリガツカン」


 ギギッと笑った人魚の鎧の下では、が銛めいて硬く勃ち上がっていた。


「逃ガサンゾ、ドチラカガ逝クマデ! ワハハハハハハ!」


 高笑いと共に、狂戦士はババアの跡を追い始めた。

 海の民の末永い繁栄のために。そして、惚れた女を己が下に組み敷き、果てるまで凌辱するために……!

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