第3話 巨人と人の連合会議・その壱

 マヌエルとセレーネによる話し合いは主に、会社にとって重要な意味を持つ事柄についてである。マヌエルはハインラインの将来について考えるとき、最も信頼出来る相談役としてセレーネを頼ることが多かった。

 これは会社内部で物議を醸しているのだが、その最たるものがセレーネが彼の愛人だからではないか、というものだったのを聞いた時、痛い腹を探られる変わりに下衆な勘ぐりをされるというのも、いいものではないと思ったものだ。

「さて、じゃあまず話合いの内容を整理しようか。今回のユミルの侵攻に関する見解とあとは……地球圏連合の意図についてだ」

 元ユミルの女王とはいえ、今のユミルの実情を完全に推測することは難しかったが。だが、彼女は一旦無言で頷くことで、了承の意を示した。



 それはもう、遠い過去のことのように思える。今の自分は大分変わってしまったが、セレーネは十年ほど前までユミルの女王として君臨していた。

 ユミルの社会はより強い者が王となる、むしろ単純な原理の社会である。そしてセレーネは、他のどのユミルよりも強大な戦闘力を誇っていた。慣例に従えばこそ、彼女が女王として君臨することになんら問題はなかったはずである。

 そのはずだったのだが……

 本来なら統治者として非難されるいわれがないのだが、ユミルの文化は女王という存在自体を許容出来ないものが多かった。

 女王である自分を排除しようする動きを察知していたセレーネは、女王たる自分が弑逆される前に自らその立場を放棄し、同時に月の勢力圏内なら中堅規模だった民間軍事会社のハインラインと、そのCEOであったマヌエル=マイクロフトに取引を持ちかけた。


 それは、月への彼女の亡命を認めること。そして、彼女の弑逆を目論んでいた同族たちへの復讐への協力。最後に、彼女が人間社会で暮らすための偽装工作、この三つである。


 この出会いの時点で、既にユミルと人との戦争開始までの駆け引きは始まっていたのである。ユミル側は既にセレーネを叛逆者として抹殺しようとしており、彼女にとっては元同族ももはや敵でしかない。

 そのため、取引材料としてハインラインには、セレーネから提供されたサンプルとなるユミルの死骸数体と、セレーネ自身の全面的な協力によって女王級の巨人の能力解析、というリスクに十分見合うと思われる機会が与えられた。

 少なくとも当時のマヌエルはそう考えて取引に応じたし、それは間違いではなかっただろう。

 これが、ギガステスのみがユミルに対抗することが出来ることと、マヌエルがよくセレーネに相談事を持ち込む真相である。

 ともかく、セレーネの情報や生体サンプルを元に人型機動兵器として開発されたギガステスには、ユミルが味方を識別するための要素でもある生体部品が組み込まれ、これは同時にギガステスの動力源やその伝達装置としても動作した。そのため、欺瞞機能の存在を知らないものにとっても、極めて優秀な動力機関として世間には認知されることとなったのである。

 ちなみにこの欺瞞機能は同時に、ユミルにおける少数の上位存在に対してはあまり通用しないことがセレーネ自身によって確認されたが、それらは基本的に戦場に出る機会も多くない文化であることから、あまり問題視されなかった。


 同時に試みられていた、人間が親しみ慣れている兵器へのユミルの認識欺瞞効果の付与については、現在ユミルと主に戦闘している兵器が人型機動兵器であることから推測出来る通り、ほとんど効果が期待出来ないことが早期に判明した。

「これはダメだな……」

「……そうなのか?」

 これはマヌエルとセレーネの当時の会話である。この時点では今ほど打ち解けていたわけでもなかったが、それでも妙なところで意気が合っていた。

「ユミルの体表面が、放射線と熱量に特に強いことは既に知っているな?」

「ふむ……放射線や熱量を主体とした攻撃は、中性子爆弾や核融合弾頭といった大規模破壊兵器クラスでさえ、群体どころか個体にすらロクなダメージすら与えられんかもしれん、という研究報告か。正直信じがたくもある。だがまあ、だからこそこういう兵器の技術が、儲け話に繋がることになるわけだしな」

「そうだ。宇宙は放射線で満ちているし、大気などがない場所では熱移動が起こりにくいから、輻射熱などの処理が困難だ。だから、そういう環境に適応した我々ユミルという金属生命体は、そういったものには異常なほど強靭だ。ただ、弊害もある」

「……人間からすると、それだけでもとんでもない連中としか思えんが……弊害とやらはなんだ?」

「まず、視覚……これについては、高度な視覚情報には逆に頼れんような環境に適応した結果、というべきなのかもしれんが。

体表面から反射光を受けて、それを視覚情報に変換しているが、実のところ、この視覚情報は総合的にはお世辞にも高度とは言い難い。視覚だけでは物の輪郭と光度の差が主になる」

 それを聞いて、マヌエルはそういった世界を想像してみる。だが、感覚器官自体が全く異なる生物については想像自体が困難だと諦める。

「視覚の認識方法に根本的な差異があるんだ。別にそれの理解自体は、それほど重要ではない。大事なのは、同族とそれ以外の識別にはユミル独特の生体反応が、視覚情報より遥かに優先されてはいるが、視覚情報も全く使われてはいないということだ」

「……ようやく理解できてきた。つまるところ、こういった航宙機や飛行機の類なんかは、そもそも生体反応自体がユミルと同じようには偽装出来てないってことか」

 セレーネは、その言葉に頷いて正解であることを示した。

「ギガステスの方は比較的上手くいっていることを考えると、どうも生体反応を十分に偽装するとなると、それなりにユミルに近い姿でないと無理らしい。加えて、視覚も一応は機能しているんでな。生体反応に違和感を感じられるような状態で、視覚での差も歴然となってくると偽装は厳しい」

「ギガステスの方も、視覚情報の違いは結構あると思うんだが……」

 そのマヌエルの意見はまっとうな物だったが、セレーネは今度は首を振って正解の解説を始めた。

「ユミルの同族の識別方法は、生体反応が優先されいるといっただろう? それに、視覚そのものは決して優秀ではないとも説明したな。つまり、生体反応が似ていれば十分偽装にはなるし、第一実戦ではギガステスとてもうそれなりには動けるんだろう? 視覚による判別能力に劣るユミルにとって、乱戦になればそれは更に顕著になる」

「……ほう」

 マヌエルにはそれは十分に納得がいくことだった。実戦では確かにユミルよりは上等な視覚識別能力を持つ人間でさえ、味方を誤射してしまうケースを彼は知っている。ましてや、本来なら視覚以上に味方を識別できる感覚を偽装されて、人間以下の視覚識別能力らしいユミルがギガステスと入り乱れることになれば……まあ、人間以上に誤射の類が起こるかあるいはそれを躊躇って動作が遅れるか。どちらにせよ、偽装としての有効性を疑う余地はあるまい。

「事情はよく分かった。兵器開発はギガステスに絞らせることにしよう。だがまあ、研究に関してはその他の兵器でも生体反応を誤魔化せる可能性だけは、一応続けさせることにする。場合によっては、ギガステスにその技術だけフィードバックさせればいいからな」

「……そうだな」

 実戦でギガステス以外にも偽装が可能なほどの技術が生まれる可能性は、望みが薄いだろうが。マヌエルだとてそれは承知していることは察した。

 それに、万が一にもそういう技術が出来上がれば、地球圏の兵器は近代改修のみで、対ユミルの能力が飛躍的に向上することとなる。試して見る価値は十分にあるだろう。

 結局、その技術自体は生み出されることは無かった。ただし、生体反応の偽装技術の進歩は、ギガステスの偽装許容範囲の拡大に貢献し、形状や積載武装への制限が緩くなる結果には繋がったため、無駄には終わらなかった。


 こうして、着々とハインライン内では対ユミルへの準備が進められ、その技術意図的には地球圏連合などへも段階を経て流出されていった。このような面倒な手順を踏むはめになったのは、それを大手を振って開示するにはユミルの存在を信じさせる必要がある上、ハインラインの急激な技術力の向上の理由など、痛い腹を探られる考慮する必要があった。

 それ以前に、ハインラインの急激は発展は地球圏連合から疑惑を持たれており、そのハインラインからの言葉を素直に信用するとは思えない、というのがマヌエルのセレーネの共通の見解であった。




 といった事情を考慮しつつ、セレーネの今回のユミルの大規模侵攻に関する解説と、地球圏連合の対応に関する見解が述べられた。

「まずユミルだが……まあ、こちらはいつも通りのバカどものバカどもによるバカどものための侵攻作戦だろうな。地球への橋頭堡を確保したいが、上位存在まで用いた大規模侵攻を人間のような脆弱な生物に対して行うことは、ユミルの誇りが許さない、ということだろう。それらを考慮して出した戦力としては、結構なものだったんだろうが、連中は自分たちが強大な生命体であるという誇りがよほど大事らしい」

 セレーネはそういって鼻をならすような仕草をした。よほど腹にすえかねているらしい。まあ、マヌエルにとってもセレーネにとっても、ユミルがバカバカしい作戦しか展開しないのは有り難いことなのだが。

 セレーネからは、そもそも自分ならこんなバカげた作戦を実行したりはしない、という雰囲気が垣間見えた。そしてそれは事実なのだろう。ユミルの誇りというものを、おそらく彼女は女王だった頃から重要視していないのだ。

 それゆえ、人間並に緻密な戦略を構築しようと様々な改革を実行していたのだが。それがユミルたちには気に入らないことだったらしい。


 与しにくい者が味方となり、与しやすい者が敵となった。この皮肉な状況については、マヌエルは歓待するのみだった。

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