第22話 ミッション・インポッシブル?

 翌日のきっちり同じ時刻にミョングはふたたびやってきた。彼を応接室に通すと、おれは彼と応接テーブルをはさんだ対面の古ぼけたソファに腰を掛けた。ミョングは前置きもなく、おれに問いかけた。


「いかがでしょう。依頼についてはお考えいただけましたかな?」

「その前に、いくつか聞いてもいいですか?」

「私にわかることでしたら、何なりと」


 おれはマクレーン氏からの手紙をテーブルの上に広げる。外界そとのせかいでもなかなか手に入らない、高級な金の透かしが入った最上級の便箋だ。おれはミョングのなんとも読み取りにくい表情をじっと見据えていった。


「まず、なぜマクレーン様が私に対してアーケロン捕獲の話を持ち掛けたのか、どうやって私が過去にアーケロンを相棒パートナーにしていたことを知りえたのか、それを聞きたいのです」

「簡単なお話です、コーエン様、あなたはリッチー・マクレーンがアナコム創始者の息子であり、現代表の弟であることをご存知ですね」

「ええ、もちろんです」

「あなたは過去にこのギルドに登録され、現在も更新されている。もちろん、数十年ほどミッションには参加されていませんから、新規パーティのメンバーから声がかかることはないでしょうが……」


 彼のいう通り、おれのミッションの最終履歴はもうかれこれ二十五年以上前だった。ただ、どういうわけかおれもよくわからないが、ずっとギルドの登録の更新はし続けていた。


「最近のギルドの検索システムはかなり優秀でしてね。魔法省が構築した魔導ネットワークによって、過去にさかのぼって登録したものを整理しなおし、アナコムが独自に製錬、開発したテレパス系魔法を応用したシステムを組み上げることによって、何十年前の登録であろうと、いまは分厚い台帳など開かなくてもすぐに情報を取得することができるようになっているのです」

「つまり、マクレーン様は私の情報をそのギルドの検索システムで得たと」


 ミョングはおおきく頷いた。しかし、それでもまだおれのなかに疑問は残っていた。


「しかし、マクレーン様は私が登録していること自体は知らなかったはずです。なぜ、この私に白羽の矢がたったのか、まだよく理解できていないのですが」

「コーエン様は最近人気になっているBAWMというギルドはご存知ですか?」

 ミュングの問いにおれはうなずく。

「実は先ごろBAWMにおいて、アーケロンのミッションが設定されたのです」

「アーケロンを?」


 おれは驚嘆して声が裏返った。おれの思考回路が熱を持ち始め、全身をめぐる血液がにわかに熱くなってくるのが分かった。


 アナコムではダンジョン内に個体数が少ない幻獣レアモンスターの存在が確認されると、ギルドは二種類の捕獲系ミッションのうちのどちらかを設定する。

 一つはモンスターを無力化し捕らえる『捕獲』。もう一つは物理的に無力化したうえで、そのモンスターの生命源である『コア』を採取する『討伐』だ。

 討伐ではコアを持ち帰り、ギルドで詳しく解析することで、魔獣の特徴や生態、各ステータスや弱点など、捕獲ミッションクリアに関わる情報を採取できるのだ。そうして得た幻獣レアモンスターの情報は冒険者たちにも高値で取引されており、幻獣捕獲ミッションの攻略のために利用されている。

 通常、討伐によってステータスが解明された幻獣レアモンスターは、ダンジョン世界に害を及ぼさない限りは再度討伐されることはない。絶対数が少ない幻獣を、あえて何度も討伐する必要はないからだ。

 その情報はアナコムから開示されていて、設立間もないBAWMであっても、わざわざ改めて討伐ミッションを設定する必要はないはずだ。


「実はBAWMによる討伐ミッションが設定される数日前、アマンデイで数体のアーケロンが捕獲されたことが確認されています」

「アーケロンが捕獲?」

 おれの脳裏にふと昨日のAランクの魔獣使い、レイの姿が浮かんだ。思わず「まさか」と声がこぼれる。


 たしかに、妙な違和感はあった。アマンデイのような浅い階層でAランクの魔獣使いが、自身の相棒パートナーを一時的に封じるためのアイテムまで使い切るなんて、普通ならばあり得ない。

 おれは彼が深層階から戻ってきたのだろうと思っていたが、それならば、この宿にたどり着くまではどうしていたのか。もしこれまで野宿をしていたのなら、ここで夜を明かすにも野宿をしただろう。ところが、彼は相棒のケルベロスを連れて宿にやってきた。

 つまり、彼はこの階層で、強大な魔力を持つモンスターと対峙したということだ。そして、この階層に存在する幻獣といえば……答えはひとつしかない。

 おれはつい興奮して声を荒げた。


「し……しかし、なぜ今アーケロンを討伐する必要があるんです? やつは既に害をもたらすことがない『中立性巨大生物』として認められているはずでしょう? クジラやイルカ、他の海洋生物と何ら変わらないわけで、クラーケンのように討伐対象になるモンスターではないのでは?」

「ええ、しかし残念ながらこれが現実です。BAWMよって他にも様々な幻獣レアモンスターが討伐や捕獲されて、ダンジョンから姿を消しています。当初、BAWMはその目的をモンスターを物質固定化魔法によって保存し、博物館を作るためだと明言していましたが、実際にはBAWMの私設ダンジョンに捕獲してきた幻獣レアモンスターたちを次々と放っていると聞き及んでいます。その上で、他のダンジョンにおいて、幻獣レアモンスターの討伐ミッションを設定しています。当然、ダンジョンでは討伐されたモンスターの数は減りますが、BAWMが運営するダンジョンでは、高い確率で幻獣レアモンスターに遭遇することができます。そのため、新米冒険者のBAWMへの新規登録も増えるというカラクリです。あと、まだ確証はありませんが、BAWMは持ち帰ったコアから幻獣の複製クローンをしているという噂まであります。まあ、わずか一年で急成長したギルドの裏側も、蓋を開ければこんなものですね」

「そんな無茶苦茶な……そんなことをしていたら、何年もしないうちにオリジナルの幻獣レアモンスターは絶滅しかねない」

「そうです。しかしながら、王国の法律に違反しているわけではありません。ただ、違反していないから、なんでも許されると私どもは考えていません。モンスターといえど、長い年月をかけて生態系を築いていくもので、幻獣レアモンスターといえばその進化途中において偶然に発生した貴重な個体。それを管理もせず、私利私欲のためだけに無秩序に捕獲、討伐しあまつさえクローン個体を生み出すなど言語道断」

「それで、マクレーン様はどのように考えているのでしょうか?」


 おれの問いにミョングは口端を持ち上げて静かに笑う。この男が表情を変えたのは初めてだった。


「マクレーンは喫緊の課題として討伐対象になっているモンスターの中で、とりわけアーケロンのような『中立性巨大生物』に分類されるものの保護に乗り出しています。その保護のために、過去のデータベースを分析していた結果、コーエン様が魔獣使いモンスターテイマーとしてアーケロンを使役されていたことをつきとめました。よくご存じの方でいらっしゃるようでしたので、秘密裏に連絡を取るために、わたしがこうしてここに派遣されたわけです。コーエン様はこのアマンデイにある『龍の目』と呼ばれるクレーターはご存知ですか?」

「二つの岬に囲まれた、水深が極端に深くなっている海中クレーターのことですね。この宿からも遠くありません」

「実は、あの外洋との境目にあたる岬から手前の土地の権利をすべてリッチー・マクレーンが取得しました。現在、あのクレーター周辺はマクレーンによって結界が施されてあり、他社ギルドは無断でクレーター海域には侵入できません」

「じゃあ、そのクレーターの中にいる生物は……」

「マクレーンの保護下に置くことが可能です」


 ようやくマクレーン氏の考えていることがおれにも理解できた。マクレーン氏はおれにアーケロンをそのクレーターまで連れてこいといっているのだ。


「マクレーンは商人です。モンスターと対峙して戦闘する技術は持ち合わせておりません。しかし、巨大組織に立ち向かう知力と資金力、人脈はお持ちです」

「つまり、私たちは貴重な幻獣レアモンスターを一時的にクレーターに保護し、その間にマクレーン様がBAWMを叩きつぶす、というわけですか?」

「左様でございます」


 ミョングはご名答とばかりに大きく頷き、おれに決断を迫った。


「コーエン様、時間がございません。すぐにでも行動を開始せねば、このアマンデイからアーケロンが姿を消す可能性は十分にあります。アーケロンとアマンデイ、両方のことを知り尽くしている方は、コーエン様以外にはおられません。ご決断を」

「……ミョングさん。おれはもう長くダンジョンでのミッションをしていない。おれもマクレーン様と同じで、モンスターとわたりあえる戦闘力は持ち合わせていないんです」

「なにも、コーエン様が一人でミッションに挑む必要はありません。コーエン様がミッションの指揮をとり、アーケロンを龍の目にまで誘導してもらえればいいのです」

「そのメンバーについては?」

「コーエン様に一任いたします」


 おれは目を閉じ腕組みをして考える。体重を預けたソファのコイルがギッときしんだ。

 アーケロンはアマンデイに多くの冒険者たちを呼び込み、おれの宿屋にも富をもたらしてくれた。ときどき迷惑な客もよこしたが、それでもアーケロンがいるから、おれはこの地に宿屋を開いたのだ。

 おれは、アーケロンが大好きなのだ。かつての相棒が誰かに捕獲、討伐されるなんて考えたくもない。ならば答えは一つしかない。


「わかりました。できる限りのことはやりましょう。マクレーン様にもそうお伝えください」

「ありがとうございます」


 ミョングはテーブルに額がつきそうなほど深く頭をさげた。


「これから大至急、ミッション参加メンバーを集めます。マクレーン様には船の手配をお願いしてもらいたいのだが、可能ですか?」

「もちろんです。クレーター周辺の結界も私の携帯伝羽けいたいでんわにご連絡いただければすぐに解除できますから、どうかよろしくお願いします」


 おれとミョングは立ち上がりがっちりと握手を交わした。おれたちの契約が成立した。

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