第19話 ダンジョン・リポーター

 さて、このところ外界そとのせかいにあるギルドでは、新しいタイプのミッションが流行しているらしい。おれはあまり詳しくないのだが、つい最近まで外界そとのせかいで働いていたハリーによると、それは「ダンジョン・リポート」というミッションらしい。


 それまではミッションといえば、魔獣モンスターの捕獲であったり、歪波石わいはいしといったレアアイテムなどを手に入れ、その成功に対して報酬が支払われていたのだが、このダンジョン・リポートというミッションでは、そうした成功や失敗という概念がない。では、報酬はどのように支払われるのか、というと、冒険者がダンジョンで見たり、聞いたり、体験した情報を記事にしてギルドを通じて発信する。その記事の購読数に応じて、報酬が支払われるというものだ。

 面白い記事を書けば、当然購読者は増えて高い報酬を得ることができるのだという。

 このミッションのツボは、深い階層に潜らずとも、多くの人の共感を得る記事を書くことができれば、多額の報酬を手にすることができるということだ。


 近年、旅行者気分の冒険者が増えている裏には、そんなカラクリがあったのだ。

 この程度のことで報酬が貰えるなら、うちのタオあたりに記事を書かせたら、結構人気が出るかもしれない。いろんな分野に造詣が深いし、なんといっても美人だ。人気DRも夢ではないな。


 それにしても、以前なら冒険といえば、気力も体力も必要だったし、なによりも冒険者同士、助け合う心が大切だった。誰かに助けられたら、別の誰かを助けて返すということを当たり前にしてきていたのだが、おれがダンジョンを旅していた時代とは、随分と変わったなぁと思う。そして、そういった冒険者が減った代わりに増えてきたのは、自分本位の困った冒険者、ということにもなるのだが……



「一体、どうしてくれるの、これ!?」


 年増の女賢者がヒステリックにまくしたて抗議をしてくる。いうまでもなく、おれの一番苦手とするタイプの客だ。

 ことの起こりは、夕食後。一日のうちでも特に緊張感が和らぐ時間帯での出来事だった。


 クレームをつけてきた女賢者、アニタのパーティは、男性がオーソドックスな戦士系と魔導士系、女性に賢者のアニタと、弓手が一人というわりと平凡な四人組だった。

 一行の希望により、中庭で夕食を提供したのだが、その席でアニタが着ていた魔法衣ローブが破れたといって、血相を変えておれのいるカウンターに怒鳴り込んできたのだ。



 実は以前、真夏に氷蔵庫の氷が盗まれた事件があったときに、外で夕食を提供したところ随分と好評だったこともあり、宿のサービスの一環として希望者には中庭に夕食を用意するというサービスを始めたのだ。

 このサービスが思いのほか好調で、この四人組もそのうわさを聞きつけてこの宿を予約したみたいだった。アニタから伝羽でんわで予約してきた時に、外での夕食の提供を相手から希望していたのだ。


 この日、中庭で夕食を取っていたのは、彼女たち以外に三組いて、いずれも、うちの宿のなじみ客だった。

 そのなかに、各地のダンジョンを旅している、吟遊詩人や踊り子といった、一風変わったメンバー編成の旅芸人の一座がいた。

 その芸人グループの女吟遊詩人が、食事がひと段落したころに、ちょっとした余興のつもりで歌をうたい始めた。それ自体はみなに喜ばれ、回りの客たちも彼女の歌に手拍子をつけたりして盛り上げてくれていた。

 そのうち、さらにメンバーの一人、女性の踊り子が歌に合わせてダンスを披露してくれたのだ。これがまた、客にも大ウケしたようで、中庭がやんややんやと大盛り上がりになった。


 すると、踊り子たちはその場にいた客たちの手をとり、「一緒に踊りましょう」と、中庭の空いたスペースに誘い出したのだ。

 はじめこそ、照れくさくて誘いを断っていた客たちも、ひとり、またひとりと踊りに加わるのを見て、最終的にはそこにいた全員がこの即興のダンスを楽しんでいた。


 事件はそのダンスが終わったときに起こった。

 踊り終えて、みながそれぞれの席に戻ったときに、女賢者のアニタが大声で叫んだのだ。


「ちょっと、なによこれ!」


 給仕のために中庭にいたハリーが、「どうかされましたか?」と駆け寄ると、女賢者は自らが着ていた法衣をつまみ上げ、ハリーに突きつけた。


「ちょっと、見てみなさいよ! 魔法衣ローブの裾が破れてるじゃないの!」


 最近の流行なのか、アニタは法衣を羽織るのではなく、ロングスカートのように腰に巻き付けていたのだが、裾の一部分が大きく裂け、金糸による刺しゅうが千切れてしまっていたのだ。




 そして、その魔法衣ローブを抱えておれのいるカウンターへ怒鳴り込んできて、今にいたるというわけだ。

 そのときの状況は現場にいたハリーが一部始終を見ている。彼女は外で食事をし、宿泊者が余興にと始めた歌と踊りに参加した。その最中、どこかに法衣をひっかけて破いてしまった。それだけのことだ。



「あの、まことにお気の毒だとは思いますが、お話を聞いた限りでは、踊っている最中に法衣をひっかけられて、それが原因で破れた、ということですよね。私どもの宿になにか落ち度があったのであれば、当然、補償をしてしかるべきだとは思いますが、どう考えても私どもに原因があるとは思えないのですが……」


 女の抗議におれはそうこたえた。どこからどうとらえても正論だろう。しかし、アニタは顔を真っ赤にして、ヒステリックにがなりたてる。


「あのね、この宿の中で起こったことなのよ! 宿に責任がないなんていわせないわよ!?」



 あ、やばい。これは完全に地雷案件だ。


 そういえば、この女。この宿の予約をしてきたときに、すでに論理的な会話のキャッチボールができていなかった。

 おれの脳裏にぱっとこの女が予約をしてきたときの状況が浮かんだ。


「四人で予約をしたいんだけど」

 伝羽でんわでそう予約をしてきたアニタに、おれはいつもやっているのと同じルーティーンで予約内容を確認し、そして締めくくりに伝えた。


「では宿代ですが、ひとり星の銀貨五枚ですので、四人で星の銀貨二十枚、または竜の銀貨二枚ですね」

「星の銀貨五枚!? ちょっと高いわ。せいぜい星の銀貨三枚か四枚が相場でしょう?」


 アニタはこちらの宿代について、いきなり値切りをしてきた。

 これが長期間の利用をするのだとか、大人数での宿泊だとかそういう宿にとって、何かメリットがあるなら、多少の価格交渉に応じないわけではない。ところが、アニタはこのときが初めてでたった一泊の利用だ。彼女の値切りに応じてやる義理など、こちらには微塵もない。


「相場が、といわれましても、ウチでは宿代は星の銀貨五枚と定めていますし、皆様に同様にお支払いいただいております。朝夕の食事もつくし、お休みいただくためのベッドだって、マットレス付きのものを使用しています。それ相応のおもてなしをするためには、星の銀貨五枚は妥当だと考えていますよ。高いというなら、ヤンゴーのグランドインは、おひとりで竜の銀貨一枚からですよ? それに比べれば半額じゃないですか」

「こんな宿とグランドインを比べないでちょうだい! グランドインのスタッフはもっと丁寧でしっかりしているでしょう? こんな田舎の宿にはグランドインのようなおもてなしなんてできないじゃないの」


 こんな宿とは、どの口がいいやがるのだ。温厚なおれでも、さすがに腹を立てるぞ。

 たしかに、ウチの宿でグランドイン・ラ・メールと同等のサービスを提供するのは不可能だ。しかし、グランドインの料金が高いのも、相応のサービスとしての対価だ。ウチは少人数で経営している宿だが、だからといって手を抜いているわけではない。


「とにかく、お泊りには星の銀貨五枚が必要です。それが納得できないというのでしたら、他の宿にお泊りいただくしかないですね」


 勘違いをしている者もいるが、おれたちにだって客を選ぶ権利というのはある。いつでも誰でもウェルカム、というわけじゃない。実際に、宿屋仲間の中では、アンディザイアブル・ゲスト・リスト、いわゆる「招かれざる客」と呼ばれる人物の共有だってされている。そういう人物の宿泊は断る権利がある。他人に迷惑をかけるとわかっていて、やすやすと爆弾を抱える馬鹿はいない。


 もっとも、アニタ自身はそのリストに掲載されている人物ではなかった。

 こちらとしては、おれが断るというよりも、むこうが「こんな宿、こっちから願い下げよ!」とでもいってくれれば、それで済む話だった。

 ところが、アニタはそうはいわなかった。


「しょうがないわねぇ。わかったわ。本当はあまりいっちゃダメなんだけど、ワタシ実はDRなの。いい記事を書いてほしいからって、むこうから値引きをしてくれるものなの。わかるでしょ? DRがいい記事を書けば、お客は増えるの。銀貨一枚の値引きが、金貨一枚に変われば、おいしいじゃない」


 DR、つまりダンジョン・リポーターってことか。要するに、この女はダンジョン・リポートを書く自分を特別な存在だと思っている。自分は周囲に影響力があると信じ込んでいるから、考え方が自己中心的。自分の尺度で勝手に話を進めるから、おれとの話もかみ合わなくて当然だ。


「うちの宿は記事に書いていただく必要はないですよ。こう見えて、それなりに冒険者の多い宿ですし、馴染みの客からは案外好評いただいておりますので。とりあえず、ご予約は承りました。キャンセルされる場合は、またご連絡ください」


 おれはアニタにそう告げて、そのときは伝羽でんわの通信を終えたのだが……

 なるほど、嫌な予感というのは当たるものだな。


 アニタは子供の猿みたいにキーキーと甲高い声で喚き散らしている。夕食を終えた客たちは、何事かと様子を伺うようにして、ロビーの階段を登っていく。このまま、ここでやりとりをしていても、らちがあかない。


「とにかく、一度お話を伺いますので、応接室にどうぞ」


 おれはアニタを事務所横の窓のない応接室に案内することにした。

 とはいえ、どうしたものか。


 魔法衣ローブというのは、魔法省が管轄する指定校を卒業した者の認定証みたいなもので、破れたので弁償しますといって気軽に買えるシロモノではない。登録している本人が、いろいろと書類を作成して再交付の申請をしなければならず、手続きが面倒なのだ。

 そのあたりはタオが詳しいが、あいにく明日の朝まで出勤してこない。


「何度もいいますけどね、この宿の中で魔法衣ローブが破れたの。この宿の外の出来事ならあなたにいったりしないわ! この宿で破れたからいってるの!」


 当たり前だ。宿の外のことを持ち込まれてたまるか。

 それに、宿のスタッフが何かをひっかけたとか、踏んづけたとかそういうことならわからんでもないが、原因は百パーセント、この女の不注意だ。

 突っぱねてやってもいいのだが……


「ワタシはDRなの。ここでの出来事を記事にすることだってできるのよ!」

「この宿のことを悪く書くということですか? もし、そうならあなたの行為は業務妨害にあたりますよ」

「違うわ。事実をありのまま書くの。事実を書くことは業務妨害にはならない。この宿は魔法衣ローブを破っても弁償しなかった、という事実なんだから」


 破ってねえよ。事実は「自分の不注意で破れた魔法衣ローブを、宿に弁償させようとしたところ、突っぱねられた」だろうが。

 とはいえ、これ以上不要なリソースをこの女にさくのも無駄なような気がする。ダンジョン・リポートにどれほどの効果があるのかはわからないが、むざむざと悪名を垂れ流させる必要はないだろうし、ここは、妥協案を出すほかないか。

 彼女にはバレないように、おれは小さくため息をついた。


「では、アニタ様。こうしましょう。明日の朝、詳しいものが出勤してきます。それまで魔法衣ローブはお預かりします。もし修繕が可能であれば、宿で費用を請け負いましょう。ただし、修繕ではなく取り換えが必要だということなら、改めてどうするかを協議しましょう」

「……弁償してくださるということね?」


 聞いてたか? 人の話を。


「まだはっきりとは申し上げられません。修繕が可能であれば、宿がその費用を負担するということです」

「……いいでしょう。そうしてください」


 アニタとなんとか話をつけて、いったんは部屋にお引き取りいただいた。何一つ解決していないというのに、なんだかどっと疲れてしまった。

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