第20話 本当の冒険者
翌朝。出勤してきたタオに、待っていましたとばかりに、おれは預かった
「そういうわけで、この
「なるほど、そういう事情なのですね。
「ありがとう。助かるよ」
タオはさっそく
「星の銀貨五枚で請け負ってくださるそうです。ただ、その
おれは「うぅむ……」と腕組みをして唸る。安く修繕できるのはありがたいが、自己中女のせいで、数日間タオを業務から外さなくてはならないとは、迷惑千万な話だ。しかし、今考えられる妥協案はそれしかないだろう。問題の先延ばしをしていいことはないのだ。
「とりあえずアニタ女史の了承を取り付けられたら、タオはすぐにその職人に修繕をお願いしに行ってくれ」
「かしこまりました」
おれはすぐさまアニタの部屋にいき、彼女にこの
職人の元に
「
「わかった、ありがとう。気を付けて戻ってくれ」
通信を終えると、今度はアニタの携帯
アニタに
もっといろいろと文句をつけられるのではと覚悟していたので、むしろ肩透かしを食らったような気になったが、なにもないならそれにこしたことはない。
あとは修繕が仕上がるのを待ってアニタに
その後、修復作業の完了連絡があったのは、依頼をして十日ほどたったころだった。
引き取りのためにタオを再び
「アニタ様。アマンデイの宿の支配人です。ご依頼いただいていた、
「ああ、そう。でもワタシ、もう別の
「は?」
「だから、あなたたちがワタシの
「はあ。でも、
「あのねぇ、修繕したら済む問題ではないでしょう!? あなたのせいで、ワタシが迷惑をこうむっているのよ? それに
またもや、この女のトンデモ理論とヒステリック爆弾が炸裂しやがった。迷惑をこうむっているのは、むしろおれのほうだぞ。
どんな思考回路をしていたら、こんな無茶苦茶な理論を正当化できるんだ?
だいたい、DRだろうがなんだろうが、衣装によって記事の価値が変わってたまるか。この女、
「ワタシが
こいつ、後だしでオークションみたいに要求を吊り上げてくるつもりか。こんなもの、全部にこたえていたらキリがないじゃないか。このまま、この女のいいなりになっていれば、なにを要求されるかわかったものじゃない。
どうにかして、この女の破綻した理論を封印しないと。
「宿としては、修繕した
おれがそういうと、アニタはまたも甲高い声で「非常識よ!」と喚いた。
しかし、このままアニタと意味不明な問答を繰り返しても仕方がない。
彼女が
うん? レンタル?
おれははっとする。そうか、この女の要求、もしかしたら止められるかもしれない。
「では、返却場所が決まりましたら連絡をください」
おれはアニタにそう告げると、いったん通信を切り、すぐさまタオに折り返しの連絡を入れた。
「タオ、おれだ。
「かしこまりました。どちらもすぐにわかると思います。お願いはそれだけですか?」
タオの質問におれは、もう一つ付け加えた。
「たしか、タオはアナコムに登録していたよな。ちょっと、ギルドまでひとっ走りして、ミッションに参加してほしいんだが」
「ミッションに? それは一体なんの……」
タオは意外そうに声のトーンを一段あげた。おれはちょっとだけ笑いを含んだ声でその問いにこたえる。
「ダンジョン・リポーターだ」
そのあとのおれの説明でタオは理解したようだ。さすが、王宮付きをしていただけあって、機転がきく。これがサツキだったら、こうはいかないだろう。もっとも、彼女がこんな面倒な案件に手を貸してくれるかといえば、答えはノーだろう。
ともかく、あとはタオがミッションを完了させて戻ってくるまで、アニタの要求をうまくはぐらかして時間を稼ぐ必要があるが、おれの予想が正しければ、彼女にちょっとしたキーワードを伝えれば、執拗に連絡をしてくることはなくなるはずだ。
タオがおれの頼み事をすべてこなして宿に戻ってきたのは、それから四日後だった。
「ただいま戻りました」
「おお、おかえり。どうだった?」
「支配人のいう通りでした。アニタ様は魔法省への登録がある正規の賢者ではありませんでした。それと、例の
「やっぱりな」
おれは満足してうなずく。
「ですが、どうして支配人はアニタ様が正規の賢者ではないと思われたのですか?」
「タオは冒険者としてダンジョンを旅したことがあるからわかるだろうけれど、もしダンジョン探索中に
「いえ、
「そうだ。魔法省の指定校を卒業した者であれば、そう教わっているし、
「なるほど! そういうわけだったのですね」
感心したようにタオは両手を合わせた。
「だから支配人は、
「ああ。指定校の卒業者じゃないものが
「貸し衣装店で確認していただいたところ、間違いなく彼女が借りたものだったようです。貸出しに際しての諸条件を確認しましたら、破損の際は実費支払いとの条件で借り受けていらっしゃいましたので、本来でしたら今回のケースでは、彼女が直接、衣裳店に対して破損時の手続きを取る必要があったようです。しかし、それを隠蔽しようとしたことで、彼女へのペナルティを課すとのことでした。それと、宿が修復を依頼した方は、もともとこの貸し衣装店とのお取引もされているようで、修復については問題なく、むしろ貸し衣装店の店主は恐縮されておられました」
「ありがとう、助かったよタオ。これで
ことがうまく運んで、思わず笑みをこぼすおれに、タオは心配そうにたずねた。
「しかし、支配人。本当にこれでよかったのでしょうか? もしかしたら、アニタ様はこの宿を酷評するダンジョン・リポートを作成するかもしれません」
「そのためにタオにギルドに行ってもらったんだ」
おれは机の上に一枚の紙を置いた。
それは、今朝、ヤンゴーにあるアナコムの出張所で入手したダンジョン・リポートだ。作成者はタオ。タイトルには『ダンジョン探索とは情報の確認にあらず! 自分だけの発見こそがダンジョンの魅力!』とあった。
実は、おれがタオにお願いしていたのは、彼女にダンジョン・リポートを作成して、アナコムに投稿してもらうことだった。
タオは
タオの記事にある通り『冒険』っていうのは、人気の記事に書いてある事実を確認しにいくことじゃない。
むしろ自分の足で歩き、新たな発見をしてこそ、そこに感動が生まれる。
彼女の記事はこの三日間で千人以上の購読があり、一気に人気リポートランキングのトップになった。タオのおかげで、その記事を見た冒険者から、ウチの宿への問い合わせも増えるというオマケまでついてきた。
「こんな拙い記事で、アニタ様の抑止につながるのでしょうか?」
「アニタは多分、おれの対応への不満を記事にするだろう。でもアニタを止める必要はない。好きに書かせてやればいいさ」
アニタの書く記事は彼女の主観であって、彼女にとって悪い宿だからイコールそれが悪い宿であるとはならない。こういう記事には悪い評判もあれば、いい評判もあるのが当たり前だ。むしろ、提灯記事ばかりの店のほうが、よっぽど怪しい。
幸いにも、ウチは常連客の多い宿だ。少々の悪評ぐらいで離れるような客じゃない。むしろ、アニタの記事は、彼女のような変な新規客を遠ざける、いいフィルターになるかもしれない。
そう思えば、おれはアニタにもちょっとは感謝しなきゃいけないのかもな。
もっとも、貸し衣装店から彼女への『半年間の衣装貸出し禁止』のペナルティーによって、彼女が「ファッション賢者」を続けられなくなる可能性の方が高いんだけどな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます