第20話 本当の冒険者

 翌朝。出勤してきたタオに、待っていましたとばかりに、おれは預かった魔法衣ローブを見せながら、これまでの経緯を説明をした。


「そういうわけで、この魔法衣ローブを直せるかどうか、王宮付きの僧侶をしていたタオならわからないかと思ってな」

「なるほど、そういう事情なのですね。外界そとのせかいに、私のよく知る魔法衣ローブ修復を専門に扱う職人がいますから、聞いてみましょう。おそらく、費用もそれほど高額にはならないはずです」

「ありがとう。助かるよ」


 タオはさっそく伝羽でんわでその職人に連絡を取ってくれ、数分後にはおれに結果を報告してくれた。


「星の銀貨五枚で請け負ってくださるそうです。ただ、その魔法衣ローブを直接、外界そとのせかいにまで持っていく必要があります。私でよければ、今日にでも彼に届けますが……」


 おれは「うぅむ……」と腕組みをして唸る。安く修繕できるのはありがたいが、自己中女のせいで、数日間タオを業務から外さなくてはならないとは、迷惑千万な話だ。しかし、今考えられる妥協案はそれしかないだろう。問題の先延ばしをしていいことはないのだ。


「とりあえずアニタ女史の了承を取り付けられたら、タオはすぐにその職人に修繕をお願いしに行ってくれ」

「かしこまりました」


 おれはすぐさまアニタの部屋にいき、彼女にこの魔法衣ローブの修繕をすることで了承をもらうと、すぐさまタオを外界そとのせかいへとむかわせた。


 職人の元に魔法衣ローブを届けたタオが伝羽でんわに連絡してきたのは、翌日の午後のことだった。


魔法衣ローブの修復には最低でも一週間はかかるそうです。作業が完了したら、連絡をもらうようお伝えしましたので、私はいったん宿に戻ります。アニタ様にも、支配人からそう伝えていただけますか?」

「わかった、ありがとう。気を付けて戻ってくれ」


 通信を終えると、今度はアニタの携帯伝羽でんわに連絡を入れる。最近の冒険者は連絡が取りやすくなったので、こういうときに助かる。

 アニタに魔法衣ローブの修繕が可能なこと、その費用を負担すること。修繕には最低でも一週間以上かかり、終わればこちらが仕上がり品を受け取りに行くことなどを伝えると、アニタは「わかりました」とだけ答えた。

 もっといろいろと文句をつけられるのではと覚悟していたので、むしろ肩透かしを食らったような気になったが、なにもないならそれにこしたことはない。

 あとは修繕が仕上がるのを待ってアニタに魔法衣ローブを返却すれば、一件落着だ。

 

 その後、修復作業の完了連絡があったのは、依頼をして十日ほどたったころだった。

 引き取りのためにタオを再び外界そとのせかいにむかわせると同時に、おれはアニタに連絡をとった。

 魔法衣ローブを届けるのに、別のダンジョンにいたら厄介だと思っていたが、幸い彼女はまだこのダンジョン内にいるようだった。


「アニタ様。アマンデイの宿の支配人です。ご依頼いただいていた、魔法衣ローブの修繕が完了しましたので、連絡をいたしました」

「ああ、そう。でもワタシ、もう別の魔法衣ローブを借りているのよ」

「は?」

「だから、あなたたちがワタシの魔法衣ローブを持っていったら、ワタシが着るものがないでしょう? だから急遽、別の法衣を借りなきゃいけなかったの、わかるでしょ?」

「はあ。でも、魔法衣ローブは修繕しますが、最低でも一週間以上かかりますと説明しましたし、あなたもそれに同意されましたよね」

「あのねぇ、修繕したら済む問題ではないでしょう!? あなたのせいで、ワタシが迷惑をこうむっているのよ? それに魔法衣ローブもなしに、DRの取材をしたら、相手に不信感を与えかねないことくらい、理解できるでしょう!? そんな記事、向こうだって書いてほしいなんて思わないはずよ!?」


 またもや、この女のトンデモ理論とヒステリック爆弾が炸裂しやがった。迷惑をこうむっているのは、むしろおれのほうだぞ。

 どんな思考回路をしていたら、こんな無茶苦茶な理論を正当化できるんだ?

 だいたい、DRだろうがなんだろうが、衣装によって記事の価値が変わってたまるか。この女、魔法衣ローブを着ることが、すなわちステイタスであると信じ込んでいるノータリンだ。


「ワタシが魔法衣ローブを借りなきゃいけない原因は、あなたの宿の不手際でしょう!? そちらの不手際で修繕に出したのよ? 当然、そちらが負担すべき費用でしょう!?」


 こいつ、後だしでオークションみたいに要求を吊り上げてくるつもりか。こんなもの、全部にこたえていたらキリがないじゃないか。このまま、この女のいいなりになっていれば、なにを要求されるかわかったものじゃない。

 どうにかして、この女の破綻した理論を封印しないと。


「宿としては、修繕した魔法衣ローブを返却することで補償は完了したと考えます。今、あなたが借りているものは、宿としては負担できません」


 おれがそういうと、アニタはまたも甲高い声で「非常識よ!」と喚いた。

 しかし、このままアニタと意味不明な問答を繰り返しても仕方がない。

 彼女が魔法衣ローブのレンタル費用を要求してくるとなると、次はそのレンタルにかかる交通費だ、宿泊費だといい出しかねない。すぐにでも、この女からの要求を止める方法を考えねばならない。なにか、いい方法はないものだろうか……


 うん? レンタル?


 おれははっとする。そうか、この女の要求、もしかしたら止められるかもしれない。

 

「では、返却場所が決まりましたら連絡をください」

 おれはアニタにそう告げると、いったん通信を切り、すぐさまタオに折り返しの連絡を入れた。


「タオ、おれだ。外界そとのせかいにいるついでに、調べてほしいこととお願いがあるんだ。そっちに魔法衣ローブのレンタルをしている店があるかを調べてくれ。それともうひとつ、もし魔法省の役人か誰かに知り合いがいたらアニタ・ロンドンという女性の登録番号を調べてくれないか」

「かしこまりました。どちらもすぐにわかると思います。お願いはそれだけですか?」


 タオの質問におれは、もう一つ付け加えた。


「たしか、タオはアナコムに登録していたよな。ちょっと、ギルドまでひとっ走りして、ミッションに参加してほしいんだが」

「ミッションに? それは一体なんの……」

 タオは意外そうに声のトーンを一段あげた。おれはちょっとだけ笑いを含んだ声でその問いにこたえる。


「ダンジョン・リポーターだ」


 そのあとのおれの説明でタオは理解したようだ。さすが、王宮付きをしていただけあって、機転がきく。これがサツキだったら、こうはいかないだろう。もっとも、彼女がこんな面倒な案件に手を貸してくれるかといえば、答えはノーだろう。

 ともかく、あとはタオがミッションを完了させて戻ってくるまで、アニタの要求をうまくはぐらかして時間を稼ぐ必要があるが、おれの予想が正しければ、彼女にちょっとしたキーワードを伝えれば、執拗に連絡をしてくることはなくなるはずだ。

 


 タオがおれの頼み事をすべてこなして宿に戻ってきたのは、それから四日後だった。


「ただいま戻りました」

「おお、おかえり。どうだった?」

「支配人のいう通りでした。アニタ様は魔法省への登録があるの賢者ではありませんでした。それと、例の魔法衣ローブも、王国にある貸し衣装店からアニタ様に貸し出されたものだということも判明しました」

「やっぱりな」

 おれは満足してうなずく。


「ですが、どうして支配人はアニタ様が正規の賢者ではないと思われたのですか?」

「タオは冒険者としてダンジョンを旅したことがあるからわかるだろうけれど、もしダンジョン探索中に魔獣モンスターと戦闘になったとして、自分の魔法衣ローブに傷がつくからといって、相手の攻撃を別の方法で防ごうと思うか?」

「いえ、魔法衣ローブは魔力が封じられていて、高い防御性能がありますから、普通ならば魔法衣ローブで身を守ろうとします」

「そうだ。魔法省の指定校を卒業した者であれば、そう教わっているし、魔法衣ローブに傷がつくことを極度に嫌うというのは奇妙だ。魔法衣ローブの修復を専門に扱う職人がいるのも、修復の依頼が多いから仕事が成り立つってことだ。なのに、アニタがそうした修繕の方法を知らないってのも変だろう。それで、アニタは魔法省の指定校を卒業した賢者ではなく、見せかけの職としてギルドに登録しているだけの、いってみれば『ファッション賢者』じゃないかって思ったんだ」

「なるほど! そういうわけだったのですね」


 感心したようにタオは両手を合わせた。

「だから支配人は、魔法衣ローブのレンタルをしている店がないかを調べてほしいといわれたのですね」

「ああ。指定校の卒業者じゃないものが魔法衣ローブを入手しようとするなら、どこかでレプリカを購入するか、借りるしかない。アニタはおれが彼女の魔法衣ローブを預かっている間、別のものを借りたといっていた。それでピンときた。おそらくは、そういう店が存在するのだと」

「貸し衣装店で確認していただいたところ、間違いなく彼女が借りたものだったようです。貸出しに際しての諸条件を確認しましたら、破損の際は実費支払いとの条件で借り受けていらっしゃいましたので、本来でしたら今回のケースでは、彼女が直接、衣裳店に対して破損時の手続きを取る必要があったようです。しかし、それを隠蔽しようとしたことで、彼女へのペナルティを課すとのことでした。それと、宿が修復を依頼した方は、もともとこの貸し衣装店とのお取引もされているようで、修復については問題なく、むしろ貸し衣装店の店主は恐縮されておられました」

「ありがとう、助かったよタオ。これで魔法衣ローブも無事、所有者に返却できたし、アニタにはそう伝えておこう」


 ことがうまく運んで、思わず笑みをこぼすおれに、タオは心配そうにたずねた。


「しかし、支配人。本当にこれでよかったのでしょうか? もしかしたら、アニタ様はこの宿を酷評するダンジョン・リポートを作成するかもしれません」

「そのためにタオにギルドに行ってもらったんだ」


 おれは机の上に一枚の紙を置いた。

 それは、今朝、ヤンゴーにあるアナコムの出張所で入手したダンジョン・リポートだ。作成者はタオ。タイトルには『ダンジョン探索とは情報の確認にあらず! 自分だけの発見こそがダンジョンの魅力!』とあった。


 実は、おれがタオにお願いしていたのは、彼女にダンジョン・リポートを作成して、アナコムに投稿してもらうことだった。

 タオは外界そとのせかいでは王宮付きとして働き、その後は冒険者としてダンジョンを旅して、今ではおれの宿で多くの冒険者たちと触れ合う機会をもっている。知見の深いタオだからこそわかるダンジョンの魅力を、リポートにしてもらったのだ。


 タオの記事にある通り『冒険』っていうのは、人気の記事に書いてある事実を確認しにいくことじゃない。

 むしろ自分の足で歩き、新たな発見をしてこそ、そこに感動が生まれる。

 彼女の記事はこの三日間で千人以上の購読があり、一気に人気リポートランキングのトップになった。タオのおかげで、その記事を見た冒険者から、ウチの宿への問い合わせも増えるというオマケまでついてきた。


「こんな拙い記事で、アニタ様の抑止につながるのでしょうか?」

「アニタは多分、おれの対応への不満を記事にするだろう。でもアニタを止める必要はない。好きに書かせてやればいいさ」


 アニタの書く記事は彼女の主観であって、彼女にとって悪い宿だからイコールそれが悪い宿であるとはならない。こういう記事には悪い評判もあれば、いい評判もあるのが当たり前だ。むしろ、提灯記事ばかりの店のほうが、よっぽど怪しい。

 幸いにも、ウチは常連客の多い宿だ。少々の悪評ぐらいで離れるような客じゃない。むしろ、アニタの記事は、彼女のような変な新規客を遠ざける、いいフィルターになるかもしれない。


 そう思えば、おれはアニタにもちょっとは感謝しなきゃいけないのかもな。

 もっとも、貸し衣装店から彼女への『半年間の衣装貸出し禁止』のペナルティーによって、彼女が「ファッション賢者」を続けられなくなる可能性の方が高いんだけどな。

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