第17話 右と左
さて、問題です。右という言葉を、別の表現を用いて説明しなさい。
いっとき、こんな出題が流行ったことがある。別にひっかけ問題だとか、とんちクイズの類というわけではなく、右という概念を、別の言葉に置き換えて定義できるかというただそれだけのことだ。これが意外と難しい。
そもそも、なぜこんな問題が流行ったかというと、ここ最近、なんちゃら世界から転生してくる勇者が結構いるとかいう話で、「もし、その転生者が俺たちと概念が全く異なる世界から来たとして、右へ行けといって、右をどう説明すればいいんだ?」という、もしも話が発端だったと思う。
実際のところ、その転生勇者とやらは、女神様だかにチート(?)とかいう能力をもらって、言葉はおろか、おっそろしいまでの能力を身につけてやってくるらしいので、おれたちが心配するようなことは何もなかったというオチだが。
ところで、チートってなんだろうな。
まあ、それはいい。
結局、さっきの「右」の概念の答えはといえば、実は正しい答えはまだないのだという。
というのも、おれたちの世界では「真昼の太陽に向かって、日が沈む方角が右」といわれているが、そのなんちゃら世界では、真昼の太陽に向かって左に日が沈むかもしれないし、そもそも、太陽という概念すらないかもしれない。
なんだか哲学的で難しい話になってしまった。
ところで、右が存在するならば、その対極は? という話にもなる。いわずと知れたことだが、この世界では右の反対は左だ。そして、この右と左というものは、しばしばひとつの論点に対して、ふたつの意見が真逆の立場であることを表現するために用いられる。いわゆる右派、左派というやつだ。
たとえば、この国では国王が首長となる王国議会制度をとっているが、当然ながら議会には親国王派と反国王派が存在し対立している。おれは久しく
最も身近なところでは「犬派」と「猫派」。従順で理知的、おまけに甘え上手な犬が好きな者と、孤高でかつ楽天家、しかも見事なまでのツンデレ属性の猫が好きな者。この両者が話を始めると、一向に終わりが見えず、うんざりとさせられる。近年では猫派が優勢らしいが、そんなことをいえば、今度は犬派から総バッシングをくらうハメになる。
そう、この対立の一番怖いのは、なかなか中立の立場を認めてもらえず、なぜか知らんがどちらが正しいか、という審判を求められる点にあるのだ。
右と左の対立はなにも
かさが肉厚で旨みが濃厚な「きのこ」こそが村の特産品だというきのこ農家と、歯ごたえがありどこを食べてもおいしい「たけのこ」こそが村一番の特産品である、と主張するたけのこ農家が長年にわたり、対立しているのだ。
彼らはお互いの主張を曲げることを知らないので、どちらがより美味しいのかを声高に叫ぶのみで、相手の良いところを認めようとせず、やがて、その抗争は村を真っ二つに分断し、いつしか「きのこたけのこ戦争」と呼ばれる争いに発展して、今現在も村民たちは醜い泥仕合を繰り広げているのだ。
この右派、左派の存在はそれに関わる人数が多くなればなるほど、より明確化するのであるが、なぜかこの寂れた田舎の宿でも激しい右派、左派問題が勃発していた。
ことの発端は、昼間の団体客の昼食だった。
先週、とあるギルドから四十人分の昼食の依頼を受けたのだが、到着から出発まであまり時間がないので、簡単に済ませられる昼食を用意して欲しい、と頼まれた。
料理長のダンカンに相談したところ、「カレーライス」というスパイスで具材を炒め煮にして、それを炊いた米にかけて食べる料理であれば、一度にたくさん作れるし、準備も早く済ませられるからということになった。
ちなみに、ウチのカレーにはシシ肉が使われているのだが、これがまたいい出汁が出て、なかなかの美味なのだ。宿では毎週、黄金の暦にはダンカン特製のシシ肉カレーが夕食に出るのだが、これが思いのほか好評で、わざわざその日をめがけて泊まりに来る客もいるほどだ。
カレーという料理は、レシピや材料などは違えど、様々な国で国民食として愛されている料理で、世界中から冒険者が集うダンジョンにあっては、こうしたシンプルな家庭料理が、ふと郷里を思い起こさせるきっかけにもなるらしい。
そういうわけで、つい今しがた、食事を終えた団体客を見送り、片付けを手伝おうと食堂までやってきたところ、中でハリーとタオが何やらいい争っているのだ。
「ハリー、あなたずっと間違っていましたよ」
「何をいってるんだよ、間違ってるのはタオの方だろ!」
二人にしては珍しく険悪なムードである。お互いにムッとした表情で相手のことを睨みつけている。
正直、あまり関わりたくはないが、立場上、無視するわけにはいかない。おれは二人の間に割って入ると、タオにむかって問いかける。
「ちょっと落ち着け、二人とも何を揉めてるんだ?」
「支配人! 聞いてくださいよ! ハリーったらカレーライスをお出しするのに、ルウを左向きにして置くんですよ?!」
「は?」
「いやいや、右にルウの方がおかしいだろう? カレー、ライス、だぜ? ルウが左でライスが右に決まってるじゃないか!」
「何?」
「違いますよ! 右利きの方が多いのですから、ルウをすくいやすいように右に置くんです!」
「馬鹿いうなよ、すくうのはライスだろう? そもそも、ルウが右にあると袖の長い人は汚してしまうじゃないか!」
二人の議論はヒートアップしていく。まさかこんなくだらない、「
「支配人はどちらが正しいと思われますかっ!?」
声を揃えて二人がおれを見た。
わが身に突然降りかかる火の粉。これは慎重に返事をしないと、内部分裂の危機に陥りかねない。まさに終わりの見えない「きのこたけのこ戦争」の様相である。
「そうだなぁ、うーん……」
答えあぐねていると、戻りが遅いおれの様子を伺いにサツキがやってきた。
「支配人、片付けサボって何してるんですか?」
「あ、いや。サボってたわけでは……」
いい淀む俺に不審がる視線を投げかけるサツキ。そんな彼女にタオが同じ質問を投げかけた。
「サツキさん! カレーのルウは右に置きますか? それとも左ですか?」
「はあ? 何いってんの? ルウは手前が正しいんじゃない」
まさかの第三勢力「すぎのこ」の登場。
「さ、サツキさんまで何をいってるんですか!」
「だって、右利きの人もいれば、左利きの人もいるでしょ? どっちかに偏ったら、反対側から差別だっていわれるじゃない」
「でも、舟形の細長いお皿では、ルウを手前にしたらお皿を縦にしなくちゃならないじゃないですか!」
「え、カレーって丸い皿で出すでしょ?」
「違います、舟形です!!」
さっきまでいがみ合っていたタオとハリーが声を合わせてサツキに反論する。そういえば、二人は同じ村の出身だったな。たぶん、そこではそういう形の器に盛りつけるのが定番なのだろう。
というか、カレールウの向きの対立から、今度はカレーを入れる皿の対立に変わってしまって、事態はさらに混迷を深めているのだが……
そのうち、入れる具材についてとか、使う肉とかで揉めそうだな……
おれはすぅっと存在感を消しつつ、いい争う三人から逃げるように食堂を出て事務所に戻った。
右と左の言い争いには加わらない。これがおれのファイナルアンサーだ。
ん、本当のおれの意見?
まあ、正直どうでもいいんだけれど、あえていうならば、「ルウはソースポットに別置き派」だな。
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