第16話 ボイスストーカー

 このダンジョン世界において不便さを感じることといえば、情報伝達速度の遅さではないかと思う。ジェシカの結婚式で外界そとのせかいに行ったとき、その世界の変わりっぷりに、ダンジョンに住んでいるおれのほうが異世界に迷い込んだ気分になったのもそのせいだ。

 とはいえ、まったく外界からの情報がないのかといえば、そうでもない。法螺貝のような形をした音声伝達装置、螺時音らじおは一方通行ながら、王国国営放送の受信が可能だし、伝羽でんわであれば、ダンジョン内外を問わず、任意の相手との双方向通信ができる。

 ただ、これらの起動には多少ではあるが魔導力を消費することになる。伝羽でんわについては、魔法生物なので、ダンジョン内にいる限りは、魔導力が消失する恐れはないのだが、螺時音は魔導力を消費するアイテムだ。起動させるには歪波石を装置内に取りつけねばならず、魔導力を使い切ると新しい歪波石に交換する必要がある。この費用が案外馬鹿にできない。

 そういうわけで、螺時音も常時つけっぱなしにはしておらず、緊急時や必要と思う時に短時間起動させるという使い方になる。そのため、ますます情報取得は遅れていくというわけだ。

 ん、夏休み魔法子ども伝羽相談は緊急なのかって? あれは、年に二回だけの特別番組だからいいのだ(おれは決してロリコンではない)。



 さて、実はこのところおれがずっと頭を悩ませている問題がある。いや、宿屋に関する面白い話のネタが浮かばないとかそういうことではなく、そのネタの提供者にほとほと困っているのだ。


 というのは、伝羽でんわを使った宿の予約回線に、このところ無言伝羽でんわが頻発しているのだ。

 おれが伝羽でんわを受けるとその通話相手は一言も言葉を発することがなく、何度か「聞こえますか?」と質問をすると、いきなり通信が切れるのだ。多いときはそれが日に数回かかってくる。

 そんな気味の悪い伝羽でんわがここ数週間ほど続いていて、さらにその無言伝羽でんわを受けるのはどういうことか、決まっておれかサツキばかりで、不思議なことにタオはその無言伝羽でんわに遭遇したことがないという。

 タイミングの問題なのだろうか?

 おれとサツキは日中、夜間に限らず伝羽でんわを受けるが、タオの出勤は原則日中であるから、タオの勤務時間中には必ずおれかサツキがいるはずである。しかし、なぜかタオだけが無言伝羽でんわに遭遇しないのだから、完全にミステリーだ。

 その無言伝羽でんわに困っているというのもそうなのだが、どっちかといえば、サツキがその伝羽でんわをとってしまうと、その後、途端に不機嫌になって、そのとばっちりをおれが食うことになる。

 犯人に告ぐ。

 まじで、本当に、心から勘弁してほしい。


 おれがうーんと唸っていると、サツキが勤務表を片手にやってきた。


「支配人、ちょっと見てください」

 そう言うと、サツキは机の上に二枚の紙を広げる。一枚目にはは日報から拾い上げたらしい無言伝羽でんわがかかってきた日時と回数が一覧になって書かれていて、もう一枚は今月の勤務表だった。サツキはその二枚の紙を指し示しながらいった。


「無言伝羽でんわがかかってきた日なんですが、支配人と私が二人とも出勤している日は、一回だけかかってますよね? 一方、タオと私、もしくはタオと支配人が出勤している日には無言伝羽でんわの回数が増えています」

「ふんふん、それで?」

「それなのにタオは無言伝羽でんわを受けていない。この意味するところが分かりますか?」

「いや、さっぱりわからん」


 おれが即答すると、サツキは深いため息をつく。


「いいですか、支配人。タオがいて、何度も無言伝羽でんわがかかっているのに、タオは無言伝羽でんわを受けていないということは、つまりタオはその無言伝羽でんわの相手と『会話』をしているということです!」


 三秒間の空白の後、俺はぽんと手をうった。


「はるほど! サツキ、頭いいなぁ!」

「支配人はちょっと頭弱いですね」

「うるさい! ということはこの無言伝羽でんわの犯人というのはタオ目当てに伝羽でんわをかけているということだな!」

「そうです。今日はタオが休みで、無言伝羽でんわは一回のみ。つまり、その無言伝羽でんわでこちらの会話や様子からタオが出勤しているかどうかを判断して、出勤していないとわかればその日は二度とかけてこないんです。

 一方、タオが出勤していると分かれば、彼女が伝羽でんわを受けるまで何度も何度も伝羽でんわをかけてきているわけです!」


 サツキは俺に向かってビシッと人差し指をむける。いや、俺は犯人じゃない、と思いつつも、彼女の洞察力には感心せずにはいられなかった。


「しかし、それが分かったとして、タオがしゃべっている相手から無言伝羽でんわの主を探すのは難しくないか?」

「タオに聞くのが早いでしょうね。怪しい伝羽でんわの相手がいないかとか、最近やたらとタオについて質問をしてくる変な客がいないかとか」

「そうだな。よし、それは明日タオに確認するとして、どうやってその相手を伝羽でんわさせないようにするかだな」

「私に良い案があるんですけど、ちょっと外してもいいですか?」


 サツキはそう言うと、悪戯を企む子どものような笑みを浮かべながら事務所を出て行った。


 翌日、俺がタオに聞き取りをすると、最近よく伝羽でんわのある客がいるらしいことがわかった。空いている日程だけを聞いて予約は取らなかったり、タオの出勤日の確認をされたりするという。ところが、相手も名前を告げないらしくタオも少し不審に思っていたようだった。


「そうなんですよ、私も少し怖いなとは思っていたんですが、明確に悪いことをされているわけではないので、何とも対処しづらくて、支配人に相談しようと思っていたところなんです」


 困り顔でタオが言うと、サツキが彼女の肩に手を回した。今日は休みのはずなのに、彼女のためだといって、作戦遂行のために事務所にやってきたらしい。サツキとはついさっき作戦会議を終えたところだ。


「いい、もう一度確認だけど、タオはいつも通りに仕事をして、その怪しい相手から伝羽でんわがかかってきたら、なるべく話を引き延ばす。支配人はとった相手が無言伝羽でんわだったら、何とかうまいことやってタオに代わってもらうようにしてください。それで、私に合図をくれたら、あとはさっきいった通りね。スタンバイできたら今度は私が合図するから」

「わかりました。よろしくお願いします」


 サツキはニヒヒ……と、歯を見せて笑い声を漏らす。彼女の中では成功の筋書きがはっきり見えているようだ。


 ――ヒーヒョロロロ……


 ちょうどそのタイミングで伝羽でんわが鳴った。一瞬、タオと顔を見合わせて、おれは静かにあごを引いてうなずく。まずおれが伝羽でんわに出ることにした。


「はい、アマンデイの宿ですが……」

『……』


 無言伝羽でんわだ。サツキに目配せをすると、サツキはうなずいて事務所を飛び出していった。

 おれは少しでも話を引き延ばし、かつタオに伝羽でんわをつなぐ必要があった。そこで、伝羽でんわの前で、ひとつ小芝居を打つことにした。


「あれ? また無言だなぁ。最近多いんだよなぁ、困ったなぁ。タオ! おれちょっとお客さんが呼んでるんだけど、事務所番をしていてもらっていもいいか?」


 はっきりいって棒読みの下手くそな演技だったが、これで相手は次に伝羽でんわをかければタオが出ると認識して、もう一度伝羽でんわをかけてくるはずだった。

 案の定、無言伝羽でんわは切れていた。

 しばらくの間をおいて、ふたたび伝羽でんわが鳴り響く。おれとタオは目を合わせてうなずき、今度はタオが対応に出た。


「はい、アマンデイの宿屋、タオがご用件を承ります」

『ああ、タオさん。また空いている日を知りたいのだが、今、時間は大丈夫かい?』

「はい、ご希望をお伺いいたします」


 美しい声で対応をするタオ。確かに、この声に一目惚れ、いや一耳惚れしてしまう輩がいても不思議ではないなぁ、と感心しているとサツキが厨房から戻ってきてニヤリと笑い、親指と人差し指でわっかを作って準備完了のサインを送った。タオもうなずいてサインを了解し、この相手が無言伝羽でんわの主だとジェスチャーを送った。


「はい、ではご希望のお日にちをお調べしますので、しばらくお待ちくださいませ……くしゅんっ!」


 伝羽でんわを保留するついでに可愛らしいくしゃみを一つ。

 タオの声のストーカーにはたまらないだろうと思いつつ、おれたちは大急ぎで厨房へと駆け込んだ。


 三分後、おれとサツキとタオ、そしてダンカンで大笑いしながら、作戦の成功をハイタッチでお祝いした。

 保留にした伝羽でんわはダンカンの厨房の伝羽でんわに転送され、ダンカンはサツキが用意したセリフを読み上げたのだが、思いの外、ダンカンがいい役者ぶりを披露したため、おれたちは笑いをこらえるのに必死だった。


「ごめんなざいね、わだじ、オーグぞぐどのハーフだがら、この時期はブダグザブタクサ花粉がふんに弱ぐで……ぞれで、来週らいじゅう予定よでいでじたね」

『タ、タオさん……オーク族なんですか?』

「オーグぞぐどエルフぞぐのハーフなんでず。ブダグザブタクサ花粉がふん

むど、喉がれでじまうんでず」


 と、ダンカンが一芝居うったところで伝羽でんわは切れた。


 さすがに今回は無言伝羽でんわという業務に支障がでる内容だったために、おれたちは無理やり事を解決させようとしたが、本来ならばしっかりと対話しないといけないなぁ、と若干の反省もした。まあ、これがストーカーにはいい薬になってくれていればと願う。


 ちなみに、タオのファンになっていただくことについてはまったくもって大歓迎なのである。彼女の対応の素晴らしさに感激していただけるお客様も多いのだ。

 ただ、星の銀貨五枚をちゃんと支払って宿泊していただければ、宿屋の主人としては幸いなのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る