第13話 夏休み子ども魔法伝羽相談室

「みなさん、こんにちは。今年も夏の特別企画、子ども魔法伝羽でんわ相談の時間がやってまいりました」


 磨き抜かれた宝玉のように艶のある女性のアナウンサーの声が螺時音ラジオから聞こえてくる。巻貝の置物のようなこれは、テレパス系魔法を利用した簡易通信装置で、ニュースや歌、時にはこうしたバラエティ系の番組などを放送するものだ。

 伝羽でんわと違い、双方向通話はできず、一方的に相手の音声を送りつけてくるだけの物なのだが、このド田舎にあっては貴重な情報取得源であり、娯楽でもある。


 夏になると子どもたちの学校が休みとなるため、こうした伝羽でんわを通じて子どもが螺時音ラジオに出演できる特別企画が放送されるのだ。

 テレパス系魔法を使った装置の番組に別のテレパス系魔法で出演するというちょっとワケのわからんことになっているが、自分の声が螺時音ラジオから流れるという、滅多にない貴重な経験ができるとあって、国営放送の中ではかなり人気が高い番組だ。


 おれはこのコーナーが好きで毎年楽しみにしている。いや、決してロリコンというわけではない。おれがなぜこの放送が好きなのかは、放送内容を聞いてもらえればきっとわかるはずだ。


「さて、今日は魔法についての質問を受け付けています。回答いただける先生は、賢者のライオネル・チャールズ先生です。先生よろしくおねがいします」

「よろしくお願いします」

「それでは最初のお友達です。おはようございます!」


 アナウンサーの呼びかけからややタイムラグがあり、こもった声が螺時音ラジオから流れる。


「……おはようございます」

「お名前とお年をどうぞ!」

「……アレサ・ルーズワットです。九歳です」


 新鮮な果実のように実に爽やかな女の子の声だ。いや、決してロリコンではない。


「はい、それではアレサちゃんの質問はなんですか?」


 またもや一瞬の間が開く。テレパス系魔法とはいえ、発動から到達までの時間がかかるのはごく当たり前の現象だ。


「あの。えっと、どうして、夏なのに、氷のまほうが使えるんですか?」

「はい、夏なのに氷の魔法が使えるのはどうしてか? という質問ですね。 アレサちゃんは氷の魔法を使っているところを見たことはありますか?」

「はい、あります」

「暑いときに氷の魔法が使えるのは不思議ですね。では、チャールズ先生に聞いてみましょう!」


 ここで、素人くさいおっさん登場。素人というのはあくまで放送媒体においてトークの素人ということであり、魔法についてはプロフェッショナルなわけだが。


「はい、アレサちゃん。こんにちわぁ」

「……おはようござ、あ、こんにちわ」

「アレサちゃんは、どういう時に氷の魔法をみたのかな?」

「えっと、お父さんがよっぱらって帰ってきたときに、お母さんがお父さんをこおらせました」

「どうやって凍らせたのかな?」

「えっと、実家に帰らせていただきますといったら、顔が真っ青になってこおりました」

「あー、それはまた別の魔法かなぁ? 他にはどんな時に氷の魔法をみたのかな?」

「えっと、怖い犬に追いかけられたときに、お母さんがまほうで氷のかべを作って、犬がぶつかってにげました」

「そうそう、そういうことだね。そのとき、お母さんが氷を作った時は夏だったのかな」

「夏でした」


 なるほどなるほど、とおっさんが一人納得するように唸る。そして、ここからはおっさんのターンが始まるのだ。


「じゃあ、アレサちゃんは、どういったときに氷ができるか知っていますか?」

「冬とかさむいときです」

「そうだね。でも、アレサちゃんのお母さんは夏の暑いときにも氷を作ってくれたんだね。不思議だねぇ」


 それを知りたいからわざわざ伝羽でんわで質問しているのだが。


「アレサちゃんは、氷は何でできているか知っていますか?」

「水」

「そう、水が冷えると氷になるんだね。じゃあ、空気の中には水が含まれていることはしっているかな?」

「……わかりません」

「わからないかな。これは水蒸気っていうんだよ。お湯を沸かすと白い湯気がでるよね。わかるかな? あれは水蒸気が冷えて目に見えている状態なんだよ。空気中の水蒸気はいってみれば水が気体になったものなんだね」

「……」

「氷の魔法では空気中の水蒸気を使うんだよ。何もない空間に氷が現れると思いがちだけど、あれは空気中の水蒸気が凍るんだよ。アレサちゃんは氷の結晶を見たことあるかな?」

「……ありません」

「ないかぁ。実はねぇ、氷の結晶というのは六角形に枝が生えたような形をしているんだよ。その結晶というは水の分子が規則正しく並んでいる理想的な状態で、この結晶が作られるスピードが融解するスピードを上回れば一気に水分子が結合して氷が作られるんだよ。そのためにはまず凍らせようとするエリアを空間魔法を使って一時的に閉鎖空間にして、さらにそこを真空状態にすることで、水分子を一気に沸騰させるんだ。アレサちゃんは気化熱というのはわかるかな?」

「……わかりません」

「じゃあねぇ、注射をしたことはある? 注射をするときにアルコールを塗るとすっと涼しくなるよね?」

「なります」

「あれが気化熱といって、液体が気体にかわるときに熱を奪うんだよ。つまり、真空状態で沸点が下がった状態で急激に沸騰すると気化熱によって閉鎖空間の温度が一気に凝固点を下回るんだ。そのときに空間内の水分子に衝撃を与えることで、瞬時に分子は理想的な配列に戻ろうとして氷の結晶化が促進されていき、さっき説明したみたいにして連鎖的に氷が形成され、一気に氷の壁ができるというわけなんだよ」

「……」

「ちょっと難しいけど、お母さんの魔法書にやり方の説明があると思うので、いちど読んでみてください」

「……はい」


 ここでふたたび美しい声の女性アナウンサーがアレサちゃんに話しかける。


「つまり、空間を囲って、一気に真空状態を作ることで、夏でも氷の塊が作れるということなんだって。わかりましたか?」

「……はい……」


 絶対わかってないな、これ。


「ぜひ、お母さんにやり方を聞いてみてくださいね。それじゃあ、お伝羽でんわありがとうございました!」

「……ありがとうございました」



「支配人。わたし、今の説明、何一つわかりませんでしたけど?」


 おれの隣で一緒に放送を聴いていたサツキがぼそっと呟いた。螺時音ラジオからはまた別のおともだちが、アナウンサーに促されて自己紹介をしているところだった。おれは乾いた笑いをひとつこぼして、肩をすくめてみせた。


「安心しろ。おれにもさっぱりわからん。これは純真な子供たちが理詰めと専門用語を駆使した大人に論破され、結論は『お母さんに聞いてみよう』『百科事典を見てみよう』に落ち着くという、毎回安定したトークバラエティなんだよ」

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