第12話 かわいい子には

 ダンジョン冒険ブームってのは老若男女問わず、幅広い世代に受け入れられているらしい。

 下手すりゃ外界そとのせかいのさらに別次元から、女神様だかなんだかの力でこの世界にやってくるというよくわからないヤツまでいて、最近ではダンジョンの存在意義ってのがどうも曖昧になっている気がしなくもない。

 かつて、このダンジョンは世界に厄災をもたらすものとして、恐れられていた。事実、外界にあるあらゆる国の王は、このダンジョン探索のために、世界各地から命知らずの冒険者を募ったのだ。それが、今ではギルドというダンジョン管理組織によって、ダンジョン自体が掌握されているような状況だ。もっとも、ダンジョンのすべてが解明されているわけではなく、いまでも高ランカーの冒険者たちは、超高難易度ミッションに挑戦し、いまだ解明されていない最奥部へと潜っているのだ。

 とはいえ、誰しもがそういった冒険を望んでいるわけではない。


 たとえば、ダンジョンには外界には存在しない様々な鉱物が眠っているといわれている。それらは、ルビーやサファイアといったきらきら光る「宝石」の原石ではない。今、外界で高値で取引されているのは、宝石よりもむしろ、魔導力を封じ込めることができる「歪波石わいはいし」という希少石レアストーンだ。あとで調べてわかったのだが、先日の、超高級宿で渡されたあの「寸魔導本すんまどうほん」も、この歪波石にテレパス系魔法の術式を封じて核として用いている。あとは、「ハイ、モノー」という呼び声で術式が解放されるように設計されているのだ。(おれにはまったく反応しやがらなかったが)

 ひとかけらの歪波石に、数十通りの術式を封じることができるといわれていて、この石のおかげで厳しい修行を積んだ魔導士でなくとも、魔法を発動することができるようになったという。当然、歪波石の需要は高く、交換レートもうなぎのぼり。今ではひとかけらの石が太陽の金貨に化けることだって当たり前のこと。

 こういったレアアイテムを探すためにダンジョンを旅しているものも少なくはない。そして、そうしたレアアイテムハンターはダンジョンを単独行動するものが大半だ。行動人数が多いほど、分け前が減ってしまうし、中には仲間を裏切ってアイテムを横取りする不届き者もいるからだ。



「お……お一人様でしょうか?」


 おれが話しかけているカウンターの向こう側に人影はない。

 かといっておれが独り言をいっているわけでも、ましてや幽霊の類いと話をしているわけでもない。

 カウンターの下に隠れてしまうくらい小さな客がやって来たのだ。まだ声変わりのしていない、幼い声がカウンターの下から響く。


「うん、一人だけど」

「えっと、ご旅行……でしょうか?」

「失礼な!」


 姿の見えない小さな客人は憤慨して声を荒げる。


「れっきとしたダンジョン冒険者だ。ギルド登録コードもあるぞ!」


 彼は背伸びをしてカウンターのうえにギルドの登録証をおいた。柔らかそうなくるんとした栗毛色の髪の毛がカウンター上にわずかに覗いた。


「で、では確認いたします」


 そういっておれは登録証に目を通して驚いた。そこには登録名『チック』とともに 『剣士ソードマン ランクB』と記載があった。


「これ、本物ですよね……」

「あたり前でしょ!」


 さっきから姿の見えない相手に怒られてばかりいる。しかしにわかには信じがたいことだった。ランクBといえば、幻獣捕獲ミッションにも参加できるほどの剣の達人だ。


「と、とにかく手続きをいたしますのでこちらの用紙に記入を…」


 カウンターの上に宿帳を差し出して気づく。これ、どうやって書いてもらうんだ?

 しかし次の瞬間、カウンターの下から細い腕が伸びて、宿帳の紙を手探りでつかむと、同様にカウンターに立てている羽根つきのペンも慣れた手つきで手にとった。

 下からごそごそと音がするので、おれがカウンターから身を乗り出して覗き込むと、少年は大理石の床の上に猫のように丸まって宿帳を記入していた。

 書き終わるとふたたび背伸びをしてカウンターの上に紙とペンを置いた。


「こんな質問失礼ですが、ご両親はどうなさっているのですか?」


 おれは宿帳を確認してファイルに挟み込むと、キーストッカーから部屋の鍵を抜き、カウンターに置く。またもやカウンターのしたから細い腕が伸びて器用に鍵をつかんだ。


「両親? 生きてるよ。フツーに仕事しているけど?」

「そうではなくて。あなたがこのようにダンジョンを冒険されていることはご存知でいるのですか?」

「あたりまえじゃん」


 三歩下がったチックの姿がようやく確認できた。

 身長は百二十センチメートルにも満たないような小柄なエルフの少年だった。猫のような丸くてそれでいて鋭い目元が印象的な瞳と、勝気にぴんと上を向いた耳が少年剣士のイメージにぴったりだった。


「そもそも、ダンジョンを旅させたのはお父さんだからね」

「え? そうなんですか?」

「おじさん、ナイフで指切ったことある?」


 唐突な質問におれは「は?」とぽかんとした顔になる。ずいぶんとアホな顔だったに違いない。


「だから、ナイフで怪我したことってない?」

「いや、ありますけど」

「痛いよね。血も出るし」

「ええ、まあ。そうですね」

「次から気をつけようと思うよね」

「そうですね」


 なんでおれが小さい子供に諭されているのだろう? 疑問符をいっぱい飛ばしながら、おれはチックの話を聞いていた。


「今の子供はそういう学びを奪われているとお父さんが言ってたよ。外界そとのせかいはいろいろと守られ過ぎているってね。あえて危険だと知っていてリスクをおかすことも、また大切な勉強なんだ、ってね」


 確かに、今の子供たちはいろいろと守られている。ダンジョンの外界そとのせかいなら尚更だ。危ないことを子供たちから遠ざけ、規制する。それに、魔導システムの整った今の外界では寸魔導本すんまどうほんで、たいていの知識や情報を得ることができるようになった。

 そういう魔導システム社会に慣れきった保護者たちのせいで、「本当の危険」を知る機会が失われているのは確かだ。しかし……


「リスクがでかすぎません……?」

「別に。今は管理組織ギルドのシステムがしっかりしてるから大丈夫だよ。多少の怪我はするかもしれないけど、拳闘やら戦馬車のほうがよっぽど危ないスポーツだし。それに、僕の目的は魔獣狩りモンスターハントじゃなくて、歪波石だからね。僕が歪波石を持って帰ったら、お父さんは龍の銀貨を五枚もくれるんだ!」

 待て待て! 普通、ひとかけらの歪波石で、太陽の金貨一枚分(竜の銀貨なら五十枚だ)は確実だぞ⁉ 親父の取り分が多すぎないか⁉

「あの……それで、大変だなぁとかは思わないんですか?」

「全然。冒険はリスクもあるけど、それ以上に得るものもあるんだ。学校じゃ習わないようなことがたくさんね」


 そういえば最近は十代の若い、というかおれにしてみれば、まだ子供にしか見えない冒険者も増えたように思う。

 彼らは彼らなりに様々な想いを抱えて冒険という果てのない旅をし、その旅の途中でいろんなことを学んでいるのかもしれない。おれが彼らと同じ年のころ、おれはなにをしていたのだろう。なにを目標に生きていたのだろう。

 そう思うと目の前の小さなエルフの少年が、急に大人びて見えた。

 明確な目標があって、それにむけて一生懸命に努力をするというのは、それだけで素晴らしいことだ。おれはこの少年剣士に心からの敬意を込めていった。


「では、チック様。明日からもまた冒険を続けるために、今日はこの宿でゆっくりお過ごしください。それで、今晩のお食事はいかがいたしましょうか?」


 少年の目にキラリと一番星のような光が灯る。チックはうれしそうに口元を弓の形にして元気にいった。


「お子様ランチ!」

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