第11話 食べられません

 このダンジョン世界の食料事情ってのは、外界そとのせかいと大差ないと思ってもらっても、まぁ、差支えはない。

 ダンジョン内には魔獣モンスターと呼ばれる魔法生物ばかりが棲息していると思われがちだが、実際にはダンジョン内は外界の環境がそっくりそのまま、コピーされてきているため、植物はもちろん、ごく一般的な野生生物だって存在する。中には外界から家畜や野菜類を持ち込んで、育てている農家だってあるほどだ。

 ただ、ダンジョン世界を拠点に生活する者はそれほど多くない。そのため、外界のような大規模生産農家はほとんどいないので、食料の多くは外界からの物資輸送に頼っているのが現実だ。

 それで、ウチの宿といえばダンジョンの中の港町から離れた田舎にあるため、野菜や山菜類は豊富だ。おまけに、周囲が山や森に囲まれているので、イノシシやシカといった獣も頻繁に現れる。それを仕留めるのは料理長であるダンカンだ。彼は、宿の料理長であるとともに、かつては世界中のダンジョンに潜り、魔獣捕獲ミッションをクリアしてきたSランクの獣戦士バーサーカーでもある。

 彼が自ら調達してきたシシ肉やシカ肉を使ったジビエ料理は、この宿の名物にもなっている。



「あ、あの……ダメな食材があるんですけど、対応ってしてもらえるんですか?」

 カワセミのような魔法生物、伝羽でんわで予約してきた男は心配そうにそうたずねた。

 おれは顔の見えない相手に安心感を与えられるよう、努めて陽気な声で応対する。

「もちろん大丈夫ですよ。ご安心ください。何かアレルギーをお持ちですか?」

 おれの問いかけに男は「あ、いえ……」と、歯切れ悪い声でこたえる。


「その、食品アレルギーではないんですが、牛とか豚とかが食べられないんです」

「では菜食主義ベジタリアンでしょうか?」

「いえ、そうではなく。あの、宗教なんですが……」

 おずおずと男がこたえる。伝羽の前でおれは小首を傾げた。

「宗教……ですか? それって、どういった……」


 いまだに要領を得ないおれと、伝羽口の客との噛み合わないやり取りを聞いていたタオが、「代わりましょうか?」と聞いてきたので、おれはあっさりと伝羽の前の席を彼女にゆずった。

 姿勢良く座ったタオは柔らかな心地のよい声で伝羽にむかって話しかける。王国専属アナウンサーばりの美声だ。


「お待たせして申し訳ありません。係代わりました。私お世話係をしているタオと申します。お客様がおっしゃる食材というのは、不浄食材のことでしょうか」

「そう、そうなんです」

「お客様はアスラン教でいらっしゃるのですね?」

「ああ、そうなんですよ! 良かった、知っている人がいて!」


 おれには耳馴染みのない宗教だったが、さすがはBランクの僧侶だけあってタオは宗教にも精通しているらしかった。

 後で聞いた話だが、アスラン教というのは外界そとのせかいの、一部の地域で信仰されている宗教なのだという。タオ曰く、とても厳しい戒律があり、口にしてはいけない食材があったり、毎日決まった時間にお祈りをしなければならなかったり、さらに年に一度、一週間ほどの断食までもするのだそうだ。

 おれたち一般人からすれば、なんの罰ゲームだと思いたくなる信仰なのだが、子供の頃からそれが普通の彼らにとって、信仰は苦痛なものではなく、むしろ今を生き、来世でも幸せになるための救いなのだそうだ。

 タオはアスラン教の男にむかって、丁寧に説明をする。


「お客様、申し訳ありませんが、この宿では完全な許可食材を取り扱わないので、不浄食材以外の食材の使用はお客様の判断となります。申告いただいたものを除外いたしますが、いかがいたしますか?」

「とりあえず、ダメなものは牛と豚、犬、虎。鳥類ならキツツキもだめですが、他にはどんな食材が取り扱われますか?」


 豚はともかく、犬とか虎、キツツキを調理したことはない。

 ないはず。

 たぶん……


「わかりました。ではワニはいかがでしょう?」

「わ、ワニですか……? たぶんだめだと思います。するどい牙がある生き物を口にすることはだめです」

「カエルはどうですか?」

「カエル!? カエルが出るのですか?」

「まれに鶏の代用食材として」

「に、鶏は大丈夫です。でも闘鶏はだめです! カエルはちょっと…」

「ではヘビは? もしくはウミヘビ」

「ヘビ!? ウミヘビ!?」

「少し小骨がありますが淡白で美味しいですよ」

「あの、す、すみません!」

「もしくは動物系がダメなようでしたら蜂の子とかイナゴ、ワームやマイマイなどの……」

「ちょちょ、ちょっとまて!」


 真剣な顔をして伝羽にむかって話しかけているタオに、ストップをかけた。

「タオ、後半は完全にゲテモノ食材のオンパレードなんだが……」

 タオはきょとんとしておれを見上げたが、案の定、伝羽の通信はきれていた。ようやく事情を察知し、タオは顔を真っ赤にして縮こまった。


「す、すみません……先日、料理長シェフから食材についていろいろと教えていただいたものですから、つい……」


 どうやら、先日の食堂でのマチルダとの一件があってから、タオは予約の際には食材の確認もとるようにしたらしく、ダンカンに食材についていろいろと教わったらしい。

 ダンカンにしてみたら、すこしからかうつもりで、ちょっとした茶目っ気を出しつもりなのだろうが、真面目で勉強熱心な彼女はそれを額面通りに受け取ったようだ。

 まったく、ダンカンの余計な入れ知恵のおかげで、大事な客を一人逃してしまった。ダンカンには猛省を促したい。


 その日の夕食後。おれは厨房でダンカンにちょっとした皮肉を込めていってやった。

「ダンカンがジビエ料理得意なのは承知なんだが、さすがに虎なんてのは食材にならないよなぁ」

「うーん…ぞうでずねぇ……」

 ダンカンは腕組みをすると、ノイズまじりでディストーションのきいた魔獣の咆哮みたいな唸り声を上げた。


「……ま、五日ごにぢほど時間じがんをもらえれば何どが……」


 できるんかーい!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る