第6話 男性の品格
二人の少女、
タオはおれの頼みに「私でお役に立てるのでしたら」と快諾してくれた。これがサツキだったら、二言三言じゃあすまないくらいに、不平不満が口をついて……っと危ない、うっかり余計なことをいえば倍返し、三倍返しだ。とにかくタオはいい子だ。
さて、おれと食堂に入るとタオは、食事中だった
「
タオは相手に警戒心を与えないようつとめて穏やかな声でいった。正直、相手が男ならば、この声だけでうっとりとして心を許してしまうことだろう。そのたおやかで美しい所作は、さすが王宮仕えをしていただけのことはある。
だが、目の前にいる二人は、そんなタオの所作にはまるで興味がないのか、つっけんどんな態度を貫いた。
「アタシらは別にいいけど、その間、あの人たちはどうするの?」
「彼らには宿の方でお酒をご用意しておきますので、こちらでしばらくお待ちいただければ。それほどお時間をとるつもりもありませんので」
タオは頭のいい子だ。相手のメリットをきちんと提示して交渉する術を心得ている。
「ふぅん、わかった。ねぇ、アンタたち、ちょっとここで酒飲んで待っててって! タダで良いって!」
と、二人の男に向かって大声でいった。
他のお客様もいる前でわざわざ大声でいうことではないだろうと、おれはこの若い女に少々イラっとさせられたが、せっかくの秘密兵器の投入であるため、大人気ない事はしないようにと自戒する。
「さっさと済ませたいし、今からでいいよ。行こ、
そういって
二人の若い女性は促されるまま、おれとタオの向かいのソファに座りその細い足を組んだ。いけないとわかってはいるが、つい視線がその動きを追う。
いや、その服装を注意しないといけないんだった。
「で? またアタシたちの服のこと? オジサン」
つまらなさそうに髪の毛をいじりながら
「
座ったままで、姿勢正しくタオは二人組にお辞儀をした。顔をあげると、すっと表情を引き締めた。
「率直に申し上げまして、おふたりのお召し物はこの宿でお過ごし頂くには、似つかわしくないと
タオは厳しい口調で結論からはっきりといった。いつものとろけるような柔らかな視線はそこにはなく、眉がぴっと引き締まり、凛とした力強い目を向けてしっかりと二人のことを見据えている。しかし、そこに二人を非難するような感情はおれには感じられなかった。むしろ生徒をたしなめる先生とでもいおうか、どこかに二人に対する愛情めいたものを感じるのは、おれの気のせいだろうか。
しかし
「はぁ、また? よくそんな同じ話何回も……」
「
「……なに?」
朱姫は怪訝そうにタオのほうを睨む。構わずにタオは呼吸を整えて話しはじめた。
「私はここで働く以前は外界で侍従職として仕えておりました。とはいっても、私は一番下の位でしたから、先輩方からは厳しく指導を受けていた立場です。先輩方はみな一様に凛として美しい方ばかりです。それは男性も女性も同じです」
「何がいいたいのかわかんない、アタシ頭悪いし」
「もう少し聞いてくださいますか? 王宮で働く侍従たちはなぜ、あのように美しい方ばかりなのか、私はずっと考えていました。できれば私もそうでありたいと思ってましたから。そして、これは自分なりの答えですが」
タオはふたりを交互に見る。
「美しくある努力をするからです」
「はぁ? 何言ってんの? そんなの当たり前じゃん! 王宮に仕える人間がそうでなくてなんなの?」
「美しく見られるためには、美しく見せる努力が必要なんです。姿勢、所作、言葉遣いから、着るものに至るまで、王宮で過ごすにふさわしい教養を身につけるからこそ、美しく見えます。今のおふたりはたしかに、女性的な美しさを誇示するために、そのようなお召し物をお召しになられていらっしゃるし、とても綺麗に手入れもなさっています」
「だめ、さっぱりわかんない。もう行こう
立ち上がろうとする
「
その言葉におれはおもわず目を見開いて驚いた。
赤鬼族といえば、古くは人間族と世界の覇権をめぐって千年間も争っていた鬼族の中の最大勢力だ。長らく対立していた人間族と鬼族だったが、このダンジョン世界の解明のために、和平が締結された。それをきっかけに、種族間交流が急激に進み、外界の発展、ひいてはこのダンジョン世界の解明にもつながった。
その鬼族の姫が、なぜこんな
うろたえるおれを小馬鹿にした目で一瞥しつつ、
「何で知ってるの? アタシのこと……」
タオはそれまでの厳しい表情を崩し、砂糖菓子のようにふわりと甘い笑みをたたえていった。
「私は以前、王宮で
「それで? 国に連絡するの?」
「とんでもない。
「……男のためだよ」
「
結局そんなものかとおれは軽い失望を覚えた。どおりでパーティのメンバーがころころと変わるはずだ。ギルドでは見知らぬ男女でパーティを組むことも当然ある。それを結婚紹介所感覚で利用する馬鹿は少なからず存在するのだ。
タオも少し怪訝そうに首を傾げてみせた。
「それは男性の気をひくため……ということですか?」
「まあね。そもそも由緒ある家柄にも品格ある振る舞いにも興味なかったんだ。だから家を飛び出してギルドに登録してダンジョンに潜り込んだ。そこで
「そうなんですね。ところで、もうひとつよろしいですか?」
「何? まだあるの?」
「これで最後の質問です。
その場にいた全員が一斉にタオを見た。おれにはタオの言葉の意味がいまいちよくわからず、なにを突然いうのかと思ったのだが、どうやら目の前の二人にはその言葉の意味がはっきりと伝わったみたいだった。
蓮華は信じられない、とばかりに小さく首を振った。
「何であなた、わたしが男だとわかったの?」
「あなたにもお会いしましたね。
「まさか、こんな田舎の宿で素性がばれるとは思わなかったな……」
「やはり皇子でしたか。しかし
「わたしは……生まれながらに心と体が別の性別なの」
……性同一性障害、か。聞いたことはある。
男性の体で生まれてきたのに、女性の心を持ってる状態。
「夜叉族は長く男系の皇位継承者に恵まれなかったの。そんななか、ようやく生まれた男系の皇子が、実は女性になりたいだなんて、それこそ笑い
「つまり、
タオの真剣な眼差しに射抜かれたふたりは、顔を見合わせ、タオにむけて静かにうなずいた。
なんと、この二人にはそんな秘密があったとは。それを、思い込みとはいえ、二人のことを少しでも蔑んでしまったことを、深く反省した。
「おふたりのこと、とてもよくわかりました。ですが、やはりこの宿では、おふたり以外のお客様もお見えです。どうでしょう、私から提案があるのですが…」
そういうとタオはテーブルの上に身を乗り出して、二人にむかってその柔らかな笑顔を差し向けた。
翌朝、タオとともに食堂に現れた
この衣装はタオが以前宮仕えをしていたときに、
「私には勿体なくて着る機会がありませんでしたが、さすがは
二人は満更でもなさそうにお互いの姿を見て、「全然似合ってないよね!」と楽し気に笑いあった。
タオは二人の前に立ってまぶしそうにその萌黄色の目を細めると、歌うような優しい声で
「
驚いて頬を真っ赤に染めた
おれはこれまで、宿屋の人間が客人のプライベートに立ち入ることはご法度だと思っていた。しかし、こうやって相手の話をよく聞くことで初めて、相手とわかり合えることもあるのだと、今回ばかりはタオに教えられた。
彼女らは
「はい、またのお越しを心よりお待ちしています!」
タオはとびきりの笑顔でその奇妙な格好をした若い二人の女性を見送った。
ちなみにふたりが連れてきた細マッチョはただ酒を浴びるほど飲んで酔いつぶれ、呆れ返った
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