第5話 女性の品格
「なんでこんな
先日の一件で、ハリーが以前に有名カジノのディーラーをしていたことを知り、ごく素朴な疑問が湧いたおれは彼に問いかけた。有名カジノのディーラーとこの宿の給金じゃあ、天と地ほどの差がある。そもそも、
しかし、そんなおれの疑問に対して、ハリーは何を考えているのか読み取りにくい表情で、こともなげにさらりといった。
「ああ、それはタオについて来たんですよ」
「ついてきましたって何? 君たち知り合い?」
「幼馴染ですね」
「はぁ、それでその……君たちは付き合ってるのか?」
「いえ、全然。彼女が宮仕えの暇をもらって、冒険者としてアマンデイにやってきたんで、僕もそれについてここに来たんです。アマンデイは海と森ばかりだから、
ハリーのポーカーフェイスとは正反対に、おれはぽかんとした顔になった。
なんだ、この男? 何を考えてるのかさっぱりわからん。
とはいえ、ハリーが真面目で優秀であることには変わりがないので、特にことを深追いすることはせずに、おれはしばらく様子をみることにした。
さて、その翌朝。今度はおれは、出勤してきたタオに声をかけた。当然、ハリーの件について確認をするためだ。
「おはよう」
「おはようございます、支配人」
タオの声はまるで森の精霊の歌声のように心地が良い。どこかの誰かに……っと、危ねぇ。うっかり口を滑らせたら、おれの生命に関わる。
おれはブンブンと首をふって、雑念を弾き飛ばす。タオはその萌黄色の瞳を柔らかく細めて、笑顔を作ったまま小首をかしげた。
「ああ、何でもない。いきなりだけど、君とハリーは知り合いだとか? 彼から幼馴染と聞いたんだが」
「はい、彼とは出身が同じ村です。どういうわけか、彼とは旅先でよく会いますね。同じ職場は初めてですが」
この女は、ハリーが自分について回っていることには無自覚らしい。まあ、それほどヤツが人畜無害な存在なのかもしれないが。
「ちなみにハリーとパーティ組んだりとかは?」
「それはありませんでした。気づいたら、また会いましたね、という感じでしょうか?」
「そう、わかった。ありがとう」
タオは上品な微笑みを置き土産に朝食の準備に向かった。後ろで一つにまとめた髪からのぞく、彼女のぴんととがった耳がその存在を主張していた。
おれとタオのやりとりを見ていたサツキが、退屈そうにカウンターに肘をつきながら、「支配人」と声をかけてきた。
「何かあったんですか?」
サツキの問いかけに、おれは小さく嘆息してとりあえず仕入れた知識を口にする。
「うん、ハリーとタオが同じ村出身の知り合いだそうだ」
「へー、世界て狭いですね」
「いや、ハリーがタオを追っかけてきたらしいぞ」
「何それ、怖っ!」
「とりあえず、今のところ無害みたいだから、この二人については様子見だな」
大丈夫ですかねぇ、とサツキが息をついたと同時に、彼女は思い出したようにぽんとてを打った。
「あ、それはそうと、支配人。また例の二人組の女の名前で予約が入ってますよ」
「もしかして
「いえ。パーティは四人ですけど、男の方は二人とも変わっていますね」
「前回から2カ月でもうパーティチェンジ? 随分とペースが早いな。おれ、どうもあの二人は苦手なんだよなぁ……ちなみにその日の宿泊の状況は?」
サツキが予約台帳をめくりながら、うーんと唸る。状況的にこの宿にとって芳しくないのだろうと推察できる。
「この日は確認できているぶんだと戦士系が中心ですよ。かなり男臭いですね」
「そうか、また一波乱あるな」
「そうですね……」
サツキがじっと考え込む。おれも腕を組んでどうしたものか、と唸った。
この朱姫と蓮華のふたりは若い女性の冒険者で、このアマンデイへは頻繁に訪れているようで、そのたびに何故かこの宿にもやってくる。この宿からしてみればありがたい常連客なはずなのだが、では、この二人組の一体何がいけないのかというと……
おれがいうとアレなんだが、高いのだ。その……
露出度が。
若い女の子がほとんど下着のような姿でこの田舎の宿屋の中をウロウロするので、他の客からも「品がない!」というお叱りから、「紹介しろ」という無茶苦茶な要求まで、とにかく良くも悪くも周りのからの反応がすごく、その対応だけで一日振り回される羽目になるのだ。
宿屋というのは本来、客人のプライベートがしっかりと保たれる場所ではあるが、ロビーや食堂などは他の客とも居合わせる、いわば公共の場に近いわけで、当然そういった
宿を利用する者の暗黙のルールというのだろうか、やはり最低限の品位くらいは守って欲しいというのが主人であるおれの本音なのだが、どうしても男のおれにはこの手の客の扱いは苦手なのだ。
そのため、以前はサツキにこの二人をやんわりと諫めるようにと頼んでいたのだが、
「どうします? いっそのこと断る?」
「いや、さすがにそれはなぁ……」
大切な常連を逃してしまうのは惜しい気がする。かといって、その二人のせいで他の客が不快感を示し、この宿から離れてしまっては元も子もない。
「いうこと聞かないんじゃ、断ってもいいと思いますよ。生意気だし」
不満顔のサツキの言葉には耳を貸さずに、おれは腕組みして考える。そして思いついたのだ。
「そうだ、ウチにはもうひとりちゃんとした女子がいるではないか!」
「ちゃんとしたぁ?」
サツキが般若のような顔になって声を荒げるのを無視して、俺は食堂で朝食の手伝いをしているタオを呼びに行った。
さて数日後。予定通りに
十代の女の子とは思えない厚めの化粧で、アイラインが青くポイントされており、唇もたっぷり潤いあるジェルタイプでぷっくりと見せている。
首元には炎のように不思議な光を放つ紅玉のあしらわれた首飾りを身につけている。
その
一方の
南国リゾートでバカンスの雰囲気漂う彼女は、Bランクの
その二人が連れている男たちは細マッチョでシックスパッドばっきばきの
明らかに自分に陶酔しているようで、常に鏡をみて自分の髪型やら腹筋やらをチェックしてはニヤニヤしている。正直、反吐がでそうだ。
それで、予想通りというべきか、宿に遊女を呼んだ奴がいるなどといった噂がひろまり、夜の食堂は色に餓えた男どもで危険な状態になっていた。
ふたりににせめて館内では
仕方なく、早々と秘密兵器タオの投入と相成ったのだが、どうやら、ここで時間が来てしまったようだ。
そう、次回に持ち越しなのである。
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