第4話 剣より強し

 先日の「深夜に全裸で爆睡酔っ払い」事件があってから、夜間の人員の薄さについて考え直す必要がでてきた。幸い今回はただの酔っ払い騒動で済まされたが、これが本当にモンスター騒ぎともなれば、宿泊客の誘導などにも人手が不足していたのは明らかだった。

 そこで、おれは思い切って新たに従業員を雇い入れることにした。

 アナコムなどのギルドでは、ダンジョン内での仕事のあっせんなども請け負ってくれる。スタッフの募集をかけたところ、数人の応募がありその中から二人を採用することにした。彼らはこのギルドに登録している現役の冒険者ではあるが、今はおれとおなじようにこの地に生活の拠点を置いている。


 採用したうちのひとりはエルフ族の男性、ハリー。ジョブは最近チェンジしたらしく、現在はまだDランクの駆け出しの弓手アーチャーだ。体の線は細いし表情もあまり顔に出さないため、夜の仕事には向かないかとも思ったが、面接の際に「夜の仕事とかは、自信ある?」と聞くと、一寸の間もおかずに「大丈夫ですよ」と即答した。それに足る理由があるのだろうと感じたおれは、その直感を信じることにして彼を雇うことにし、夜間の食堂の給仕と客室管理を任せることにした。


 もうひとりもエルフ族でこちらは女性のタオ。

 以前に王宮仕えをしていたこともあるBランクの僧侶。こちらはさすがに気品に溢れていて、王宮仕えをしていたというその経歴に違わぬ丁寧で優美な身のこなし。なにより、その美しい萌黄色の潤いを湛えた瞳は常に笑顔を絶やすことがなく、その豊かな表情が気に入り、即採用した。

 あ、いや。決して顔がいいからで決めたのではないと断っておく。

 接客業において、自然な笑顔をもって相手と接することができるのは、それだけで素晴らしい能力の一つになりえるのだ。ウチには仕事の手際はいいが、機嫌がすぐ顔に出てしまうちょっと残ね……いや、なんでもない。

 とりあえず、タオには朝と昼の食堂での給仕と、出発手続チェックアウト後の部屋清掃ルームメイクを任せることにした。


 二人とも仕事を覚えるのもこなすのも早く、おれの直感どおりに大変優秀であったので、この宿屋の業務が見違えるように円滑になった。

 あのサツキがこのところ気持ち悪いくらいに機嫌が麗しいので、スタッフの増員には相当な効果があったのだとわかる。こんなことならば、もっと早くに人員を増やすべきだったと、今までのおれの苦労を思い、自分自身に対して悔悟の念を抱くほどだった。


 さて、二人が仕事にも慣れてきたある晩のこと。

 おれは夕食の片づけを終え、明日の到着客の確認と準備を整えると、夜間の業務をハリーに引き継ぎ、宿屋内にある自室に戻ることにした。

 ひとりで夜間業務をこなしていたときは、事務所の片隅にあるソファで仮眠していた。しかし、夜中であっても、宿泊客から「暑い」だの「寒い」だの「トイレが流れない」だのと、こちらの都合はおかまいなしにあれこれと注文が飛んできて、おちおち寝てもいられなかった。それに比べて、ハリーがフロントに立ってくれているというだけで、俺の心理的、精神的な負担は段違いによくなる。

 もちろん、何か緊急事態があれば内線管を通して呼び出しがかかるかもしれないが、それでも下らない問い合わせにいちいち叩き起こされなくて済むのだ。おれの心理メーターは一気に「ハッピー」を振り切って、ここは楽園シャングリラですかと、すっかり舞い上がってしまった。随分とハードルの低い楽園だ。


「それじゃあ、よろしく」

 ハリーに声をかけて足取りも軽く自室へむかい、久しぶりにその柔らかさを堪能するかのように、自分のベッドへと潜り込んだ。

 

 読みかけだった冒険譚の小説を読み進め、さてそろそろ眠ろうかとランプを消したところで、ハリーからの内線管で呼び出された。なんとなく予想はしていたけれど、思わずため息がこぼれた。

「どうした?」

「はい、上階で宿泊中の客がフロントにやってきて、廊下の一部を占拠して騒いでいる輩がいて、うるさくてゆっくりと休めない、なんとかしてくれということです」


 まぁ、よくあるような騒音の苦情だった。

 業務に慣れてきたとはいえ、客とのトラブルの解消は気の重い仕事だ。しかし、ハリーはおれに対処をお願いするのかと思いきや、

「とりあえず、僕の方で収めてしまっていいですか?」

 と随分と余裕のある様子でいった。

「わかった。だけど、ハリーひとりで大丈夫か気がかりだから、おれも一緒に行こう」

「わかりました。でも多分、支配人の出番はないと思いますけれど」

 彼は小さく笑ったようだった。どこからその余裕がくるのか、根拠はわからなかったが、とにもかくにも、おれはベッドを抜け出して、事務所で待つハリーと合流して、問題の三階へと向かった。


 問題の三階に到着するまでもなく、がやがやとした男たちの低い声が、廊下の端まで響いてきていた。階段を登りきった先で、廊下の一部を陣取り、四人の大男たちが馬鹿騒ぎをしていたのだ。

 大陸系の狩猟民族なのだろうが、浅黒い肌をした東洋系のガチムチな戦士ファイタータイプばかりで、どこからどう見ても、おれがケンカして勝てる相手ではなさそうだ。おれの心理メーターは「ハッピー」から一気に急降下し、「死にたい」を指し示した。


 しかし、ハリーはまったく臆することなく四人に近づいていくと、彼らに向かって

「他の客の迷惑になるから自室に戻ってくれないかな」

 と促した。

 しかし、男たちはハリーを一瞥しただけで、その言葉に反応することなく、再びその場でカードゲームに興じはじめた。

 よくよく見てみると、男たちはそのカードゲームに金を賭けているようだった。

 つまり、ギャンブルだ。

 宿の廊下の一角を占拠して、奴らは金を賭けて、その動きに一喜一憂しているのだ。


 そのことを確認するとハリーは再び男たちに割って入った。

「仲間内のギャンブルなんて、パーティ内の金が行き来するだけじやないか、それ、面白いのか?」

 すぐさま、男のうちのひとりが「テメェにゃ関係ねぇだろ」と、ドスの聞いた声でにらみを利かせたが、ハリーはかすかに口元を吊り上げただけで、いたって落ち着いた声で言った。

「他のお客様からの苦情もありますから、ここはどうでしょう、私と勝負してみませんか?」

「あん?」


 男たちが怪訝そうにハリーを見上げたが、ハリーは気にも留めず

「今から一階の食堂を開けましょう」

 と提案すると、別のガチガチマッチョが野太い声ですごんだ。

「おい、テメェが負けたら本当に金を払うんだろうな?」

「ええ、当然です、勝負ギャンブルですから」

 ハリーが飄々としてそう答えると、男たちは互いに顔を見合わせて、のろのろと立ち上がり、ハリーについて食堂までおりてきた。おれはその一番後ろについて、最後に食堂の中に一緒に入った。


 男たちの興じていたゲームは龍、星、太陽、鳥のマークにそれぞれ2〜10の番号とA、J、Q、Kの記号を振ったカードの合計52枚から五枚の札を取り、完成した役の強さを競う、いわゆるポーカーだった。


 ルールはどうするのかと男のうちの一人がたずねると、ハリーはテーブルの上に手際よくカードを配布ディールしながらいった。

「先程と条件は同じ。僕がディーラーをするんで、アンタたち四人はオレより強い役を作ったら勝ちだ」

「いいだろう」

 彼らは素直にカードを受け取り、ハリー対ガチムチ四人衆のゲームが始まった。


 さて、そこからのゲームの詳細について、ここでは割愛させていただくが、結論から言えば、ハリーの独壇場だった。


「テメェ、イカサマしやがったな!」


 ハリーの右隣に座っていた男が丸太のような腕でハリーの胸倉をぐいっと掴み、顔を真っ赤にしてすごんだ。それでもハリーは落ち着いた表情を浮かべている。


「そこまでいうならアンタがディーラーでも構わないぜ」

 そういって、ハリーはカードの束を男のひとりに差し出した。


 ちっ、と舌打ちをしてカードをふんだくった男が全員にカードを配る。

 全員がカードをドローし終えると、男たちはひとりを残してみなフォールドを宣言してゲームをおりた。

 残った男は自信満々でベットを宣言し、テーブルの上に金貨を放った。

 金属質の甲高い音を鳴らしてくるくると円周運動をしていた金貨が、徐々にその勢いが減衰していき、テーブルの上にぴたりととまった。

 男の賭け金は龍の金貨五枚。

 普通の感覚ならば、大の大人でもレイズに躊躇する額だ。

 しかし、ハリーは迷いなくレイズを宣言し、龍の金貨十枚に賭け金を吊りあげ、静かにテーブル上に積み重ねた金貨をおいた。


 ちなみに龍の金貨十枚はウチの一ヶ月間の売り上げに近い。こんな額の金貨を懐に持っているハリーに、むしろおれは目を疑いそうになる。おれの事務所の金庫は大丈夫だろうか? という妙な不安が頭をよぎった。


 ハリーの余裕な態度に一瞬ひるんだ男だったが、「本当に払えるんだろうな?」と、低い声で言ってハリーの顔をじっと観察した。

「もちろんだ。ああ、ちなみにアンタがいくら賭け金をあげても僕はおりるつもりはないよ」

 いわゆるポーカーフェイスというのだろうか、どこにもスキのない表情のままハリーはそういって、男にレイズかフォールドを迫った。

 男は、ぐっと唾を飲み込みながらも、「龍の金貨二十枚だ」といって、金貨を乱暴にテーブルにおいて、賭け金を吊り上げるも、間をおかずにハリーは、

「レイズ。金貨四十枚」

 と、さらに金貨を積み増した。

 ここで男が狼狽した様子で

「本当におりないつもりか?」

 とたずねてきた。

「ああ、さっきも言っただろう? さあ、アンタはどうする。レイズのるか、フォールドそるか?」

 グッと息を呑んで男はじっと考え込んだ。

 大量の脂汗が流れ、テーブルの上にぽたぽたとおちた滴が小さなシミをつくっていった。そのまま、微動だにせず、長考していた男だったが、数分後、


「フォールドだ……」


 と、負けを宣言した。

 ハリーはにっこりと笑うと、

「それじゃあ、龍の金貨四十枚、よろしく」

 と男に右手を差し出した。男たち四人は全員、死んだ魚のような目をしてハリーを見つめていた。そこで、ようやくそのうちの一人が、震える声を絞り出すようにして、ハリーにたずねた。


「ところでテメェのハンドはなんだったんだ?」

「3と7のツーペア」

「なんじゃそりゃぁっ!」


 相手の男は自分のストレートフラッシュの手札をテーブルにたたきつけて叫んだ。男はハリーのブラフにまんまと引っかかったのだ。


「さあ、早く龍の金貨四十枚、払ってもらえますか?」

「おい、本気で持っていく気じゃないんだろう?」

「何いってるんだ。勝負ギャンブルなんだから、当然払ってもらうよ。それがルールだろう?」


 男たちはうろたえながらも、懇願するような目をむけて椅子から崩れるように床の上に膝をつき、そして両手をついた。


「頼む、勘弁してくれ! それに、宿屋の従業員が客からギャンブルで金を巻き上げたとあっては、お前らにも都合が悪いだろう?」


 そこで初めてハリーがおれのほうをみた。「どうします?」といった顔をしている。さて、どうしようか、おれも腕組をしたところで、ハリーは妙案を思いついたようにポンと手をたたいた。


「それじゃあ、こうしましょう。今から一枚の紙にアンタたち全員の名前を書いてもらう。それで、今回は見逃そう」


 そういうと、ハリーは翌日の朝食の準備がしてあった別のテーブルのランチョンペーパーを裏返し、そこにペンでさらさらと文字を書き綴っていった。

 それを書き上げると、ハリーは男たちにその紙を差し出した。

 四人の男たちは、その紙に書かれた文字を覗き込むと、声をそろえて読み上げた。


「今後、宿屋内でのギャンブル、その他の迷惑行為は一切いたしません。もし、違反をした場合は……龍の金貨四十枚を支払います……」

「ええ、そういうことで、これに名前を書いていただいた方から、順にお部屋に戻ってもらって結構ですよ」


 相変わらずポーカーフェイスのまま、ハリーはペンを差し出した。男たちはそのペンを受け取ると、不承不承その用紙に「テンゲン」「ハクメイ」「リュウエン」「キチュウ」と自らの署名を書き込んで、とぼとぼと階段をのぼっていった。その道中、彼らの誰一人として言葉を発することはなかった。


 事務所に戻ったおれは、ハリーに気になっていた事を聞いた。


「ハリー、もし君が負けてたらどうしたんだ?」

「もちろん払いましたよ。ああ、心配なく僕のポケットからで、宿の金庫は触ってませんよ。でも、負けることはありえませけどね」


 そういっておれの目の前でハリーが右手のひらをくるりとかえすと、何もなかったはずの右手に五枚のカードが順番通りに並んでいた。


 なるほど、ハリーが転職する以前のジョブは、外界の一流カジノでのディーラー、Sランクの勝負師ギャンブラーで、かつ手品師マジシャンだったのだ。

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