第3話 これが東洋の秘術か
この世界には一般的に「
一つのダンジョンに、複数の魔導関が存在する場合もあるし、このアマンデイのように、外界との魔導関が一箇所しかないダンジョンも少なくはない。
この
ダンジョン世界も長い年月のあいだに様々なコミュニティが形成されており、魔導関のある付近や、次の階層に進むためのポイントの周辺には、人があつまりやすいため、町が形成される。町にはおれのような宿屋はもちろん、道具屋や酒場などがあって、冒険者たちの情報収集の場としてもさかえている。
ちなみにウチの宿屋はというと、この外界へつながる
とはいえ、長い冒険の途中、本来なら野宿を覚悟するような場所に宿屋があるというのは、冒険者にとってはありがたいものだ。
実際に、この宿屋には多くの冒険者が訪れる。年齢も
ちなみに、ギルドが採用するジョブシステムは、たいていランク分けされている。ミッションの成功度合によって、ジョブランクがアップしていく。ランクが高くなればなるほど、より報酬の高いミッションにチャレンジすることが可能になるし、新たにギルドでパーティを組む際も、ランクが高いほどマッチングの自由度が上がる。
様々な
この日、ウチに泊まりに来たのもまた珍しい客人だった。
あんたたちは「忍者」という
その
彼らは金で雇われるいわば傭兵で、隠密行動を得意とし、主に情報収集を目的とした諜報活動をする。闇に紛れて相手に気づかれないよう、単独で敵陣に乗り込んだり、逆に相手陣営の兵士に変装をして堂々と潜り込むこともあるという。ときには敵対する陣営の要人をその隠密能力を生かし暗殺することさえある。
つまり、スパイとアサシンを掛け合わせたようなジョブなのだ。
さらにいえば、彼らは秘術ともいえる「忍法」なるものを駆使して戦うというのだ。その忍法とは、自らを分身して相手を攻撃したり、敵の攻撃に変わり身をして欺き、その間に逃走したり、景色に紛れて追手の追跡をかわすなど、もはやイリュージョンとしか思えない、東洋の秘術なのだという。
スパイとアサシンにくわえてマジシャンまでこなす、まさにマーベラス。
当然ではあるが、本国での隠密行動という特異性から彼らが自身の素性を明かすことはないが、このダンジョン世界ではギルドに登録した段階でジョブ登録もせねばならないため、彼らは名前こそ偽名を名乗ってはいるものの、「忍者」としてパーティに参加する。そして「忍者」というジョブは、その希少性もあり非常に人気の高いジョブでもある。もし、ギルドで忍者に出会えたならば、一度彼らとパーティを組んでみることをおすすめする。
さて、話をこの宿に戻そう。
この日、外界からやってきた影虎(仮)は、Aランクの忍者で、誰とも組まず単独行動をしているらしかった。
彼の真っ黒の忍装束は、海と森のこの世界ではかえって目立っていたが、この東洋の神秘ともいうべき来訪者におれは胸が高鳴った。
忍者など、人生において何度も出会えるような相手ではないのだ。おれは、
「では影虎(仮)様、ご夕食は外で済まされるのですね」
「うむ、少し情報収集をしたくてな。この辺りで栄えている酒場はあるか?」
「それでしたら西の港ヤンゴーのあたりがいいでしょう。ここから少し離れていますが、そこならば人が集まりますから情報収集するならば最適でしょう」
「そうか、恩にきる」
黒い覆面のせいで声がこもっていた。もちろん顔はほとんど見えない。まあ、忍者という職業柄致し方ないのだろうが、それにしても暑くはないのだろうか?
そんなおれの疑問をよそに、全身真っ黒の(おそらく)男は、いったん部屋に入るとその足で酒場のある港へと出かけて行った。その晩、おれがカウンターで業務をしている間に、彼が帰ってくることはなかった。
深夜、宿泊客も寝静まったころ、おれは館内を巡回をするためにオイルランプを片手に事務所を出た。そして、ロビーに来たところで、ある異変に気付いた。
ロビーの真ん中に黒いものが落ちていた。近づき拾い上げると、それが衣服であるとわかった。そして、その真っ黒で軽くて薄いこの生地には見覚えがあった。
影虎(仮)氏が着ていた忍装束だ。
おれが事務所の中で仕事をしている間に戻ってきたのだろうか。そんな気配はしなかったが、さすがは忍者。いや。感心している場合ではない。
だいたい、なぜ彼の忍装束がこんなところに、まるで脱ぎ散らかしたように落ちているのだろうか。
自らへの問いかけに、おれはすぐにある答えを導き出した。
忍法「
ご存知だろうか?
忍者が敵に襲われた時に、自分の衣服を変わり身にして相手の気を逸らし、その間に逃げるというミスディレクション系マジックのような忍法だ。
だが、これがその空蝉の術だとするならば、影虎(仮)氏はこの場で何者かに襲われたということ。おれの頭に不安がよぎる。
そのとき、いまはもう閉めているはずの食堂の向こうから、轟々と低く唸る音が聞こえてきた。
おれの心臓がぎゅっと萎縮する。
もしかして、知らぬ間にモンスターが入り込んだのか?
この唸り声、ゴブリンならまだなんとかなるが、獣人族や竜人族ならやばい。
オーク族とのハーフで元
宿泊客の安全のためには、おれがまず様子を見ておかねばならない。
本当に危ないモンスターが侵入していたら、急いで客を避難させねば……
意を決して食堂の扉を体で押し開いて中を覗く。中から轟々と、定期的に唸り声が鳴り響いている。それはまるで巨大生物が呼吸しているように聞こえる。しかし、なぜか相手の姿は見えない。
ランプを手におれはゆっくりと食堂のなかを進む。
壁に映る椅子やテーブルの陰が、手に持ったランプの動きに合わせてモンスターのように揺れ動いた。
いよいよ唸り声が近くなり、
そこにいたのはゴブリンでも獣人でも、ましてや竜人でもなかった。ただ全裸の男が気持ちよさそうにいびきをかいて横たわっているだけであった。
翌朝、フロントに現れた影虎(仮)は平身低頭、ひたすら謝っていた。
実は彼は忍者ではなかった。ジョブを詐称していたのだ。
忍者を名乗ることで、珍しがって近づいてくる者に、酒の一杯でもおごってもらおうという浅はかなコスプレイヤーだった。
このアマンデイの住人たちは初めて見た忍者に興奮し、酒場に現れた影虎(仮)と延々と酒を酌み交わし、影虎(仮)もそれに気分を良くして、つい飲み過ぎたらしい。
泥酔した影虎(仮)は、ここを自分の家と勘違いして、風呂に入ろうと服を脱ぎ散らかした後、食堂に迷い込んだというわけだった。
おれは影虎(仮)に、ジョブチェンジをすることと、昨日奢らせた酒場の連中に酒を奢ってやること、そしてそこで真実を語り謝罪することを条件に、ギルドガードへの通報は勘弁してやると伝えると、影虎(仮)はあっさりとそれを受け入れた。
人を騙すのは良くないことだが、奴はチヤホヤされたいという、ひとときの欲をかいただけのこと。そしておれたちもまた、忍術という東洋の秘術のにかりそめの夢を見たのだから、今回はまあ、おあいこということにしておいてやろう。
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