土曜日だ! 休みだ、勉強だ!


「ふわぁあぁ、もうこんな時間か……」


 とてもぐっすり眠った。一週間ぶりのとても良い目覚めだ。

 現在時刻は午前十一時少し前である。月に二回の土曜休みのうち今日は二回目なのだ。


「いつもお疲れ様です、修一」

「おはよ、土日たん。起こしてくれてもよかったんだけど?」


 俺の机の上で参考書を開いているポニテ黒髪黒目の土曜日妖精、土日つちひたんへとあいさつを返す。


「毎日毎日ハードな寝起きを強いられているのでちょっとしたご褒美ですよ」


 土日たんは柔らかく笑うとぱたんと参考書を閉じて俺のほうへと視線を動かした。


「それは助かる」

「それではどうします? あぁ、先に朝ごはん食べないとですかね」


 まるでどこかの麗人のような雰囲気だ。


「食べたら勉強手伝ってくれ」

「はい、喜んで」


 俺って割と情けないよなぁと思いつつも頭を下げて土日たんの助力を請えば、それはすんなりと可決された。



 六月、土曜の昼下がり。傾き始めた透明な日差しが窓から差し込む中、俺はペンを走らせていた。


「えぇと、ココは……?」


 ページをめくり問題を見ながら考える。

 じぃと、悩み手が止まった。


「ここはこうですね、重要なのはしっかり一つずつ整理することですよ」


 そうすると、ヒューと土日たんが寄ってきて、身の丈に合わないペンを操り丁寧に問題の解き方を教えてくれるのだ。


「分かってはいるんだけどな……、」

「大丈夫ですよ落ち着いて、一つずつ片づけていけば。分からなければ聞いてもらえれば私が何とか解説しますし」


 教わったとき方でトントントン、とペンを動かして問題を片づけていく。情けねぇなぁと内心で息を抜き、しかしまぁ手を貸してもらえるのも素直にありがたいしで、なんというか内心は複雑なのだ。


 だから、

「助かる、ありがとう」

 二言だけ伝えて、また問題を解くことに集中する。



 すでに日も暮れかかった夕方時。大きく一回上へと伸びて、それからべちゃと机へと突っ伏した。


「あー! 終わったぁ!」


 もういっそうぼぁーっと言ってやろうかと思ったが、自粛した。さすれば、土日たんの柔らかい微笑みがねぎらいの言葉を落としてくれた。


「お疲れ様でした」

「さてと、それじゃあコーヒータイムにしますかね」


 体勢を立て直してもう一度ぐぅっと背中を伸ばし、それからはぁと息を吐き出す。


「はい、終わった後はちゃんと頭を休めないとオーバーヒートしてしまいますからね」


 土日たんの言葉にうんうんうん、と頻りに頷き、立ち上がった。

 あくびをしながら部屋を出ていき、十分ほどで戻ってくる。

 両手で持ったお盆の上にアイスカフェオレを二つとちょっと高いチョコレートを計六個、乗せて持ってきた。

 何を隠そうコーヒーとチョコレートは土日たんの大好物なのである。


「なぁ、ずっと聞きたかったことあんだけど、聞いてもいい?」

「そうですねぇ、私に答えられる範囲であれば」


 四足の丸テーブルは既に押入れの中から引っ張り出して、部屋の真ん中へと設置してあるので、そこへとお盆を置き、それからどっかりと床へと座り込んだ。


「や、土日たんたちのことだし」

「私たちのこと、ですか?」


 土日たんは、はてとでも言いそうな様子だった。

 俺は小さく首を縦に振り、切り出す。


「そうそう、そのさ、曜日の妖精なのはまぁ分かってるんだけど……、そも妖精ってほかにもいたりすんの?」


 この二、三年、聞こう聞くまいか、聞きたい聞かざるべきかと、悶々と悩んでいたのだが、なんとなく良い機会の気がしたので、聞くべきかと意を決した。


「ほか……? ほかの妖精ですか……。うーん、そうですねぇ。それは分かりかねます」


 うーん、と顎に右手の人差し指を当てて考えてから小さく息を吐き出し、結論をくれた。


「そっか、変なこと聞いて悪かった」


 妖精といえども、やはり関わりの薄い事柄についてはあまり多くは分からないらしい。それは人間と一緒なのだろう。


「いいえ、代わりと言っては何ですけれど、私たちの家と私たち自身について少しばかりお話しましょうか?」


 力になれなかったことを気にしているのか、土日たんがそう申し出た。


「あ、それ聞きたい。教えて教えて」

「あら、すごい食いつきですね」


 そう、なのだった。俺は割とみんなのことを何にも知らないのだ。



 土日たんから語られた、世界の在り方はとても興味深かった。


 一つ、この世界にはエーテルと呼ばれる近く不能な超力場が存在しているということ。


 一つ、エーテルとは、マナ、スピリット、エレメントの三種類からなる超常力場の集合体である。


 一つ、彼女たち曜日妖精が住まう妖精盤の動力はエーテル循環機構と呼ばれる現在でさえ再現不能な永久機関を内蔵しており、一度起動さえすれば動力が途切れることはないという。


 一つ、その中で妖精たちは一緒くたに眠っているような状態で、お互いの姿かたちを確認することは叶わない。しかしそれでも意思疎通は可能なようで特に不便はないのだという。本人たち的にいえばどうやらそれは概念通話というものらしい、がやってることはいわゆるチャットツールと大差ないとのことである。


 一つ、彼女たち曜日妖精は人に影響を受けやすいらしいとのことだった。特に人の感情や言葉には強く影響を受けて、ともすれば強烈に変化してしまう可能性も否めないという。



「なるほどなぁ、そんななってるんだ」


 難しくてなんだか四割くらいしか理解できなかった気がするけども、なんにせよ面白い話だった。


「えぇ、ですのでその実は私たち自身はお互い姿を知らないんですよ」


 土日たんはうふふ、と笑いながら少しだけ寂しそうな表情を見せる。

 少なくとも俺はそう思ったので、シレッと話題を逸らしておこう。


「なぁ、そういえばさ、週刊妖精盤ってなんか隠しシステムとかないの?」

「隠し機能、ですか? 私たちはどちらかというと縛られてる身ですからねぇ……。もしそれが出来るとすれば……、修一のほうじゃないかしら」


 うーん、と土日たんは思案しながら冗談めかして笑った。


「つまり、俺の思いがみんなに届くとき、奇跡が起きる?」


 ほほう、俺の愛が奇跡を起こすのか! それはいいことを聞いた!


「うふふ、愛情なら皆さんに届いていますよ」

「て、照れること言うなぁ……」


 さすがは真のしっかり者、攻撃力が違うのである。


「私たちはいつも感謝してますから、こちらこそ、ありがとう、です」


 そして連射性能も良好だった。

 もはや打つ手なしで俺はただただ、ひたすら照れさせられたのだった。


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