木曜日は幸福ですか? どちらかというと満腹です
はっきり言おう。目覚めは最悪だった。最初俺は頭が痛いのだと思ったのだ。
頭のてっぺんに鈍痛がするから風邪でもひいたか、なんて思ったのだ。この時点ではまだ微睡んでいたから仕方ない。
「なぁ
そうなのだ、この目の前にいるショートウェーブの茶髪に茶目の妖精、
どれくらい食いしん坊かというと、朝グースカ寝ているときにいきなり頭部へと噛みついてきて、直で頭皮から髪の毛を喰らいつくそうとしてくるくらいには食いしん坊なのだ。毎週、朝からハゲの心配をしなくてはならなくなるのだ。いくら何でもこれは見放せない。だって、そうだろう? 重大で若ハゲになんてなりたくない……!
「そんなこと言ったって、しゅうちゃんが起きて朝ごはんを作ってくれないのが悪い」
「や、だからな! 髪を食べようとするのはヤメロと……!」
「そんなの知らないもーん。しゅうちゃんが朝起きればいいんだよ。あたしにご飯を作ってくれればそれで何にも問題なーい!」
ぐぎぎぎ、確かに俺は朝に弱いが……、だからと言って、こんな無慈悲な毛根へのダイレクトアタック許してなるものだ……!
「だーからなっ! 起きられないのは確かに俺の非だ。だけどッ……! 髪をかじるのはやめてくれって!」
「ケーチ」
「ケチじゃないっ! 何なの? 木日たんは俺を禿げさせたいの? 十円玉ハゲ作らしたいの!?」
「じゃーさ、あたしにかじられる前に自分で起きればいいんじゃない?」
ド正論なので全く反論できなかった。完全敗北だった。
全妖精中最もマイペースで、かつ最もフリーダムな木曜日の妖精、木日たんに完膚なきまでに言い負かされた。
ち、ちっくしょー!
そして、そんなやり取りを続けていたために結局俺は朝飯をこしらえる時間など全く無くなっていたのに気が付いたのは出かける時刻の十五分前なのである。
つまり、今日もまた木日たんは朝ごはんが食べられなくってご機嫌斜めになったのだった。
俺が大慌てで校門をくぐったら、丁度部活の朝練が終わったらしい佐藤と鉢合わせた。
「おう、おはよ……、ってどうした木村なんで朝からんなに疲れた顔してんだ……?」
「あぁ、佐藤か、おはよ。まぁちょっとバタバタしててな……」
細かい気配りが出来る男、佐藤。これが女子にもてる最大の理由なのだろう。
や、俺は女子じゃないからそんな気を回してくれなくってもいい。
授業が終わり、荷物をまとめ終えた俺は、ふぅと息を吐き出して備える。
「今日もまた早い帰り支度――」
背中を叩こうとしてきた佐藤の手をひらりと交わして、向き直った俺は、まくしたてた。
「なぁ、お前朝飯は普段どれくらい食べる? ついでに晩飯の量も教えてくれ!」
「お、おう、なんだよ急に?」
やべぇ、つい必死になりすぎて佐藤に引かれた。これはえらいこっちゃ!
「や、悪い。ちょっとさ、あー家族が結構大飯ぐらいなんだけど、ほかの人はどのくらいが標準的なのかなって思ってさ……」
ため息を吐きつつ事情を話す。
「大飯ぐらいとは失礼な!」
ベシベシベシベシベシ! と木日たんが俺の頭に取り付いてアホほど叩いてくるけど、この際これはスルーしよう。
「そういうことなら……、俺は朝は大体茶わん二杯とおかずとみそ汁だな、夜は茶わん三杯とその日の献立だ」
思い出すように眉間にしわを寄せながら佐藤は答えてくれた。答えにくい質問に答えてくれてありがとうな……。
「そっか、ありがとな。つかぬことを聞くが、お前より食べるやつって知ってるか?」
「いや、それはちょっと分からねぇなぁ」
「だよな……」
まぁそれでも十分過ぎる収穫だった。
「つかぬことを聞くが、そのお前の家族はどれくらい食うんだ?」
「あー、お前の倍くらいだな……」
どう計算しても倍である。
「は? マジ? 冗談じゃなく?」
明らかに盛ってると思われてる。まぁ仕方ない。
「冗談だったらよかったんだけどな……」
きっと今佐藤の頭の中にある俺の家族像はとんでもない巨漢になっていることだろう。実物は、三十センチ程度の大きさでお前の倍飯を食うんだぜ、わけわからねぇよ。
「それ体重に問題はないのか? ちゃんと消化器官働いてるんだよな……?」
「俺にとってもスゲー謎だけど、割とまぁ普通なんだ……」
思わず俺と佐藤は神妙な表情を浮かべてうなずき合ってしまった。ちなみにいまだに俺の頭は木日たんによってベシベシベシベシベシ! とされている。
「まぁその、なんだ! ガンバレ!」
どうやら佐藤は本能で悟ったらしい。手を出してはいけない案件だと。俺もそう思うので、仕方何しに背中を見送り、それからため息を吐き出してカバンを掴んだ。
野球部でがっしりした体格の運動万能選手に食事量で引かれるとか相当だぞ、木日たんよ。
「しゅうちゃんのご飯はおいしいかんねー、そのくらいペロリっ」
なんという、マイペースか。ただただため息を吐き出すしかなった。
恒例の寄り道スーパータイムである。
現在買い物かごの中へとひたすら根菜とイモ類を詰め込んでいる真っ最中である。
「ゴボウとニンジンとダイコンとカブと、それからジャガイモとサツマイモと、レンコンとあとはねー」
ぼっこぼっこ、手当たり次第に根菜を突っ込み、イモを放り投げるのである。
「カボチャも買うかなぁ」
「カボチャよりあれがいい、ナガイモ! あとトロロ! スイートポテトと金平! 金平!」
なぜ、木日たんはこんなにも根菜が好きなのだろうか。やっぱり木曜日の妖精だからか、いや、きっと関係ないに違いない。
何はともあれ、木日たんは根菜とお芋が大好きなのだ。
「米足りるかな?」
「買っといたほうがいいよ、あたしいっぱい食べる!」
思わず呟いたら、元気印なマイペースボイスがそう歌った。
「そうかい……」
もう呆れる以外に打つ手はないのだった。
ふるう、鍋をふるう。
煮る、コトコト煮込む。
蒸かす、じっくり蒸気で蒸かす。
家に帰りつき、本日の晩御飯も兼ねたお食事作りに励む。とても励む。
そうなのだ、毎週木曜日は大料理祭りなのだった。
主に木日たん一人のためにアホみたいな量を作る地獄のお祭りなのだった。
そして出来上がる数々の根菜料理、イモ料理、季節の料理にちょっとしたおやつ。もう何でもござれである。
「いっただっきまーす! 」
ぱくりっ、と勢いよく口へと含む木日たん。
「んー! おいしー!」
その表情はとてもとても幸せそうだった。
なので脱力して、まぁいいかと許してしまうのである。
甘々だなと思って、今更だなとため息を吐き出した。
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