週の始まりは何時だって月曜日:後編


 ぼやけた夏の影が老朽化した小学校の校舎に厳かな陰影を作り出していた。

 そういえばこんな場所だったけか、この場所は。

 外観を雑木林で囲まれ、外と一線を画すかのような静謐せいひつさ。昔は毎日ここに通っていた、なんて信じられなくなってしまうほどの趣だった。


「はー、懐かしいわねぇ。このぼろっちい建物」


 俺の心情なんてお構いなしに月日たんは、はぁーと感嘆の声をあげたのだった。そもそもどうして小学校をそれほど懐かしく思うのか、といえば単に地理的な問題だけなのだ。

 中学も、高校もこの小学校とは地形的に真逆の位置にある、だから特に寄る理由もないわけで、そうなればまぁ必然、足は遠のく。

 端的にまとめれば行く意味のない場所には行かない、というだけの話だ。

 手入れされていない校門へと手を掛ければそれは既に温かみを失ったただの鉄塊に成り下がっていた。


「つー、かさ。なんで月日たんのほうが俺よりも思い入れがあるみたいなセリフ吐いてるわけ?」


 腕を組んで、うんうんと頻りに頷く月日たんに思わず突っ込みを入れてしまった。


「だってだって、ココって修一が小さいころをずっと過ごしてた思い出の場所じゃない!」

「や、だからここは俺の思い出の場所であって月日たんの思い出の場所ではない……!」


 なんだその親御心は、と思わず突っ込みを入れる。しまった、二度も連続で突っ込みを入れてしまったではないか! まぁいいか。


「なっ、失礼なしつりぇいにゃー!」


 とても分かりやすく噛んだ。全くかわいい奴め。

 しかし、そんな恨めしい表情で見られても俺のせいでは全くないよ?


「あー、でも思い出すな。俺が初めて月日たんたちと会ったのは……、小学三年の時だよなぁ……」


 とりあえずこういう時はスルーしておくに限る。


「もう六、七年の付き合いになるのねぇ」


 しみじみと指折り数えて、それから最後にサムズアップを決めた月日たんはとてもいい笑顔をしていた。なんと切り替えが早いのか! 見習おう。


「しっかしさ、変わんないよなぁ」

「アタシたちのこと? そりゃ変わらないわよ! むしろ人間はなんでそんなにすぐ変わるのよ!」


 つい出た俺の独り言にわが意を得たりとでも言いたげに得意顔を作るのだった。なんて、なんてぷにっぷにのどや顔なのか! 許せる!


「や、だって人間は成長する生き物だし?」


 まぁそれはそれとして、というやつである。


「ムッキー! ムカつくわね……! 何それ、アタシたちは成長してないとでも言いたいわけぇ!?」

「ドウドウ、ドウドウ。落ち着こう、そうは言ってないって……!」


 身振り手振りを合わせて月日たんを宥めてみる。が、

「いーぃ? アタシたち妖精は成長しないんじゃなくって年を取らないの!」

 プンスカプリプリと頬を膨らませた月日たんが空中で地団太を踏むように何度も何度も足を動かす。思わずダンダンダン! とオノマトペをつけたくなったが自重した。


「おーけー、おーけー。いつまでも老けない永遠のロリっ子。それが月日たんってことだな!」


 取りあえずそっち系の茶化しは自重して、別の角度から茶化してみた。


「そうだけどっ! 言い方に問題があるでしょー!」


 ニギャーと叫びをあげた月日たんはひゅーんと一直線に頭目がけて突撃してきた。すかさず俺は避ける、危ない危ない。

 したらばボカッと後頭部を殴られた。いや、ボカッは言い過ぎたポカッか、もしくはホカッくらいだ。ん? ホカッだと温まった感じになんね? まぁいいか。

 つまりは、小さな妖精さんが俺の後頭部をポカポカと叩いているのだった。


 ので、

「不滅ロリの月日たん、割と最高じゃん。マジ勘弁してくれよ……!」

 目を見開き、いい笑顔でサムズアップしてみた。まぁ割と本心なところはあるがな!


「こ、コイツ……! ロ、ロリコンだァ――ッ!」


 思いのほか大きな叫び声が返ってきた。いや、俺以外には聞こえないからでかいもくそもないけどもさ。


「や、冗談……、冗談だから……! 真に受けないで……! ねぇ、あの? ねぇ……? 月日たん?」


 四割くらいしか本気じゃないってば!


「いや、いやぁ、いやよぉ。近寄らないでぇ……」


 つ、月日たんに嫌われたァ――!?

 俺はワナワナしながら月日たんへと近寄る、がジリジリと距離を測られ、全く近寄れないのだった。

 ほぁわぁ、本格的に嫌われたァ――!?

 もう外面など気にするべくもなく、俺はみっともなく月日たんを追いかけまわす。ちなみにこれ、傍かたみると高校生が一人でグルグル回って怪しい動きをしているようにしか見えないんだぜ? 泣ける。


「ぜぇ、はぁ。ぜぇ、はぁ……!」

「ぜぇぜぇ、フフーン! つ、捕まらないんだからねつかまりゃないんだかりゃね!」


 月日たんも疲れてが出たと見える。噛んじゃって恥ずかしくて赤くなってるのかわいいなおい! 俺がそんなことを内心で考えていたら、たじっとまたしても僅かに距離を取られた。くそぅ、月日たんは心でも読むのかァ――!


「分かった、分かったよ……! チョコパフェで、チョコパフェで手を打とう……! 手作りのチョコパフェで……!」


 えぇい畜生、この手は使いたくなかったが仕方がない!


「チョ、チョコパフェ……。い、いやよ! 変質者ロリコン! 変態! そんなチョコ、チョコパフェなんかで、チョコパフェ食べたい……、違う! チョコパフェで買収なんてされない……、されないんだから―!」


 ゆらゆらと揺らいでいるのが声色で丸わかりなのだぞ、月日たんよ……!



 それから俺たちは揃って大型スーパーへと寄って、それから自宅へと帰り着いた。

 月曜特売などという珍しいものに遭遇したのでバニラとチョコレートアイスのお徳用複合パックを普段の三割引きで購入することに成功し、お財布が危機に陥ることをどうにか免れたのである。めでたしめでたし。


 そして、

「んー、チョコパフェおいしい――! 流石ね、ロリコン!」

 ロリコンという不名誉な渾名を頂戴した俺は、だけれど月日たんのご機嫌を回復することに成功したのだった。


「そりゃよかったよ。手作りした甲斐があるってもんだ……! けど、さ。ロリコンはやめよう?」


 おいしいと言われて鼻高々な訳だけれども、そもそもパフェの材料はほとんど出来合いなので、やったことといえばバナナを切り分けるのとホイップクリームを作ったくらいであとはパフェグラスに適当に盛り付けただけなので、意外とお手軽なのだ。盛り付けるのは面倒くさいがな!

 俺の苦労を知ってか知らずか、いいや知るまいな、な月日たんは細長いパフェ用のスプーンを器用に使っておいしそうにパフェを頬張って舌鼓を打っていた。


「んー、そうねぇ。それじゃ、ホラ! ロリコンの修一! なんてどうかしら? 二つ名みたいで格好良くない?」


 あっ、ほっぺにクリームつけてやがる。や、やや、違うって。そんな軽口みたいに言われても、流石にそれは承服しかねるよ?


「ロ、ロリコンじゃねーし?!」


 思わず狼狽えて声が震えてしまった。


「わーかったわよぉ。それじゃあアレ見せてくれたら許したげる」

「あれ?」


 俺が、疑問を込めて繰り返せばもそもそとパフェを頬張りながらアレアレ、アレよ、アレ。とあれしか言わないのだった。なんだこれ、新手の詐欺かなんかか? アレアレ詐欺。何を詐欺るんだか分かったもんじゃねーな。


「アレよ、アレ! ウヒヒ、ゲヒヒヒ」


 ついに、アレといい過ぎて月日たんは壊れてしまった! 月日たんは悪い顔を浮かべている! 月日たんは悪い月日たんになってしまった! で、アレって何なんだ。


「で、あれってなんだー?」


 まぁスルーするんだけど。


「アンタの卒業アルバムよ」

「えっ、卒アル? 俺の? というか、いつの? てかなんで?」


 月日たんの思考の連なりが全く以て全然全く良く分からなかった。


「ほんっ、とーに修一は鳥頭ねぇ! この流れなら小学校の時の卒業アルバムに決まってるじゃないの!」

「そりゃー、まーそーだろうけどさ……」


 決めつけて間違ってたら恥ずかしいじゃん?

 という言葉はグッと飲み込んで、本棚へと寄っていく。

 うむ、わが本棚ながら見事な乱雑っぷりだ。さて、大きい本も文庫本もこう雑多に詰め込んであるとどれがどれか分からんなぁ。卒アルならでかい筈だしとりあえず、でかい本を当たればいいか。

 しかし、我ながら本当に酷い本棚だ。


「探せないからあとで整理しよ……」


 こりゃだめだ、と思わず自戒した。

 そして、俺は恐らくお目当てのものを見つけた。


「や、けどさ……、なんか今更見るのは恥ずかしい……」


 思わずつぶやいてしまう。


「これからずっとロリコン修一って呼ばれるのと、おとなしく一時の羞恥に耐えるのと、どっちがいぃい?」

「ぐっ……!」


 バッチリ聞かれていた。そんなつぶやきにさえ反応してくるなんて、月日たん恐ろしい子……!

 もう、こいつは献上するしかないらしい。

 ロリ女王様!


「んふふふ、手間かけさせるんじゃないわよー!」


 なんと見事なシンクロだろうか。完全に勝ち誇って得意げになっておりますな。その鼻っ柱へし折ってやりたい……!


「この月日たんどうしてくれようか……!」

「あら、どうしたのかしらぁ。ロ・リ・コ・ンっ!」


 度重なる精神攻撃に俺の精神がだんだんささくれだって来るのである。


「違わい!」


 ちょっと強めに否定する。そうすると、どういうわけか月日たんから返答が全くかえって来なかった。ちょっと強く言い過ぎたか……? なんて思って卒アルの背中に指を掛けたままで振り返ってみれば、そこに全く動かなくなった妖精さんがいたのである。


「ね、ねぇロリコンの修一さん……!」

「だからロリコン違う、言っとろーが!」


 器用に一瞬だけ視線を動かして、そしてまたすぐに元の位置に視線を戻してしまう。声は震えているしいったい何があったのかと、俺もその視線を追いかけた。

 銀色の妖精さんを真っ青にしたのはなんと黒光りするアイツであった。


「そ、そうね、ロリコンじゃない修一さん……! あの、あのね……! 早く、あいつを何とかしてェ――――ッ!」


 月日たんは完全無欠にヤツが、Gから始まる黒い奴が、苦手なのであった。


「あー、なるほど。ゴキ――」

「言うんじゃなわよぉ! その名前を出すんじゃないわよぉ――!」


 段々お目目がグルグルしてきて、青い顔がいっそ赤くなってきた月日たんが名前を呼ぼうとした瞬間にすっ飛んできた。すっ飛んできて俺の口を塞いでくれやがった。しかし、口を塞ぐその間も奴から目を離さないようにしていてとても殊勝な心掛けだなと思った。や、問題なのはそっちではなく、俺の口が月日たんのおしりと膝と背中と首と後頭部で塞がれていることだった。


「ムグ、モガモガムガマガガマガ」


 もはや口だけでなく、鼻の穴も視界も塞がれているのである。柔らかぷにぷに妖精さん、だけどもとっても苦しいよ。


「く、ぐるじい……」


 鼻の穴も塞がれるととてもじゃないけど息が出来ないのである。


「あっご、ごめん。でも違うのよ、早くアレを、アレをなんとかしなさいよー!?」


 色々何か大変なことになっている月日たんだったけれど、俺にとってはまぁ別にゴキブリさんくらいは大したことでもない。


 ので、

「んじゃちょっと、装備取ってくるから見張っててくれなー」

 チリトリとスプレーを取りにいったん部屋を出ることにした。


「ちょ、ちょっとぉ――!? イヤヨォー!? こんん、ああぁぁ、へやに黒いのと二人なんてぇ――!?」


 バタン。何やら部屋の中から叫び声が聞こえてきたけれど、何大したこともないだろう。

 それから、あれーどこやったっけぇ? と、なりつつも物置の中から目当ての神器チリトリとスプレー缶を持ち出して、自室へと戻ってきた。


「お待たせー。二人きりのランデブーは楽しかったかー?」


 茶化してみれば、

「こ、ここ、こここここ、この人でなしぃー! ううぅぅう、最低よぉ、最低最低っ! 最っ低ぃっ!」

 もうなんかとてもとてもいっぱいいっぱいだった。


 悪いことしたかなと思いつつも、思い切りロリコン呼ばわりされたしその仕返しってことでまぁいいかと、勝手に納得しておこうと思う。

 カサカサと動く、ようなこともなくただゆらゆらと黒く長い触角を動かしているゴキブリくん(バイコーン)に近づいてシャカシャカと缶を振り、全然関係方向へと試しに吹かしてみる。プシューッ! と勢いよく白い霧が噴き出してきた。

 よしよし、使えるな。

 一度、ゴキブリとは関係ない方向へとスプレーを吹かし、そのまま一気に真上へともっていく。こうするとスプレーの勢いでゴキブリくん(バイコーン)がどっかに飛んで行ってしまうのを防ぐことができるのだ! 

 さて、しばらくかけっぱなしにして、頃合いを見図れば、もうすっかりゴキブリくん(バイコーン)は真っ白けっけになっていた。

 こんなに真っ白に凍っていても氷が解けると生き返るんだから不思議だよなぁ……。生命力強すぎだろ……。

 素手で触れば凍傷になってしまうので、チリトリでサクッと拾い上げて窓からぽいと捨て去った。


「うぅぅぅぅ、怖かったんだから――! びえぇぇぇぇん!」


 月日たんまさかのマジ泣きにちょびっと困惑して、それから罪悪感が半端なかった。


「ごめんごめん、ちょっと意地悪だったなー」


 泣き止まない月日たんの頭をなでながら、俺は何度も何度も謝った。

 それでも泣き止まないので、仕方なしに、気をそらす作戦に出る。


「ほらほらごめんごめん、よしよし、俺が悪かったよほーら、ほら、コレ見せるから、ホラ勘弁してなー?」


 取り出しかけのアルバムを引っ張り出してお供えする。

 そうすると、ケロッと泣き止んで機嫌が直るのだった。月日たんマジチョロイ。


「うわ、みんな小さいわね。なつかしー。うわぁー修一身長ちいさー! あ、こんな事あったわねぇ!」


 そこには本当に懐かしい写真ばかりが写っていて、日付いっぱいノスタルジックな気分にさせられたのだった。


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