火曜日、何する? そうだ投票だ!


「シュウ、朝だぞ。おっきろー」

「うっ、ぐェ――――ッ!」


 寝ぼけ眼だった俺に、何かとてつもない衝撃が襲い掛かってきた。

 な、なんだ――!? 訳が、分からない……、よ……。


「おー、起きないのかー? ならもう一回……、」

「だ、ダメ……。待ってダメだから……。ダメだ、それはダメ、火日かじつたん待って……」


 あまりにも物騒な一言が聞こえてきたので俺はもう思わず飛び起きた。

 ようやくわかってきたぞ、痛みの元がどこなのか。腹部だ。恐らくだけど、俺は火日たんの強烈な頭突きを喰らってたまらず飛び起きた、とそういうことなのだろう。


「げほっ、げほっげほっ、手加減……、火日たん、少しは手加減をしてくれ……」

「そんなことより火だぞー、火気が足りない。今日は雨だからパワーが足りないんだ……。だからロウソクだー! 火を燈せー!」


 猛烈な腹部の痛みがようやくと治まってきたので、頭をあげて火日たんのほうへと視線を振れば、なるほど萎れていた。

 真っ赤な逆毛がトレードマークの火曜日の妖精、火日たん。雨が降ると逆毛がしなびてしおしおの赤いワカメみたいになってしまうのだ。


「つかぬことを聞くけどさ、俺に拒否権は?」

「全アタイ連盟総選挙の結果、満場一致で認めないって! だから早くろうそくに灯をー!」


 なんだその謎の選挙委員会は……。どうやら民主主義は独裁者に敗北したらしい。つまり俺の敗北だった。戦わないうちに負けていた。


「ハイハイ分かったよ。って、また随分と萎れてるな……」


 ため息をつきつつ火日たんの頭をなでたらとってもしなしなしていた。

 ので、机の引き出しからストックのろうそくとマッチを取り出してサクッと火をつけた。


 すると、

「あぁ、火だよぉ。火だよぉ、暖かいー」

 火日たんは火の近くへと寄って、ほわわぁと表情を緩める。徐々に逆毛にふさふさ感が戻って来始めたようだ。


「俺は朝っぱらから火を焚かされて若干暑いのだが?」

「シュウは我慢してくれー!」

「こ、コイツ、横暴だァ――!」


 流石妖精であるケラケラ笑っていやがる! いや、妖精だってこんなのばっかりってわけじゃないけどさぁ!


「仕方ないそれじゃあ決選投票をしてやろう! 択は、そうだな、シュウが我慢するか、それともシュウが我慢するか、だ!」

「それじゃあ、最初から一択じゃねーか!? いいよ、分かったよ! そんな無駄投票されるくらいなら、おとなしく我慢するよ!」


 全く以て横暴な謎投票である、ちくしょう。

 ちなみに、全妖精中二番目にフリーダムで、三番目にマイペースなのがこの火日たんなのだ。つまり、上には上がいる。


「修一? 早く仕度しちゃいなさーい!」という母上のお言葉に気が付けば時刻は既に七時半を回っていて、だから急いで準備をして学校へと向かったのだった。

 天気予報を見なくても、窓さえ開けなくとも、火日たんの髪の様子で今現在リアルタイムで雨が降っていることが分かるからありがたい。というか火日たんの髪の様子で大よその天気が分かるのだ。まぁ火曜日限定なのは玉に瑕だけども。




「おう、木村。今日はまた一段と疲れてるな?」


 一日分の授業を全て終えたので机の上でへばっていたら、顔だけさわやか野郎の佐藤が声をかけてきた。意外と人のことを良く見ている奴である、女子にもてるのも納得だった。


「いや、ちょっと色々あってな……」

「そうか! 今日は雨でグラウンドが使えんから室内運動なんだ! あっ、部活入れとは言わんぞ?」


 いつもの通りに濁して言った。また何かとてつもない勘違いをされるかと思って身構えたが、特に何もなくて思わず拍子抜けした。


「そっか、それは助かる」

「だがな! 運動するのは楽しいぞ! 一緒にやっていこうじゃねぇか!」

「や、なんで俺が野球部に混じらんといけないのさ」


 どうやら佐藤の巧妙な罠だったらしい。

 や、どんな罠だよ。


「一緒にトレーニングをすればお前も気が変わるかと思ってだな!」

「いやー、無理だな。だから俺はもう帰るな。また明日ー」


 謎の罠を華麗にスルーする男、それが俺こと木村修一だ! や、これじゃあただのやな奴だな、まぁいいか。


「お、おぉい!?」


 なんとも珍妙な佐藤の驚き声が聞こえたが背面越しに適当に手を振ってさっさと逃げる。ちょっと悪いかなとも思うが、いつものことだしな。


「アタイはああいうの好きだぞー! 一緒にトレーニングしてやればいいじゃんかー?」


 カバンの底から這い出てきた火日たんがなんとも呑気にそんなことを言うのだが、そもそもにおいて、俺が部活に入らないのは火日たんたちフリーダム勢のことを考えてのことなんだよなぁ、と思ったり思わなかったりした。

 ので、とりあえずため息だけを吐き出す。


「なんだよー、シュウ! 言いたいことあるなら言えよなぁー!」


 校内でんなこと出来っこないでしょ。



 そして俺たちはまたしても帰り途中で大型スーパーに寄るのである。

 スーパーの中では火日たんを肩に乗せて売り場を歩く。なんでこんなことをするかというと、周りにバレないように口の中だけでしゃべって意思疎通をするためだ。


「分かってると思うけど、おとなしくしててくれよ?」

「分かってるー! 投票しなくってもアタイは分かってるよー! だから安心するといいぞー!」


 どんな投票だ、と思ったが、とりあえずスルーした。だけど、そもそもほんとに分かってんのかどうか、いつも微妙に怪しいのであった。


「あー、シュウ。ホラアレ、あの調味料買おう? ホラあの辛い奴! 新発売の辛い調味料!」


 ワチャワチャと肩の上で若干騒ぐ火日たんに頭を抱えそうになり、だけれどまぁ許容範囲許容範囲、と自分に言い聞かせていくつかの調味料を手に取った。

 そのどれもが、アホみたいに高いスコヴィル値を叩きだしていた。


「火日たん以外は食べられんからダメ」


 口の中だけでつぶやき、辛そうな瓶詰を棚に戻して俺は両手の人差し指でバッテンを作る。


「じゃアレ、デスソース一瓶だけー! スプーンで掬って食べるからー」


 まぁ確かにあれくらいの量なら火日たんだけでもダメにする前に食べきれるなー、と思って、それに手を伸ばす。

 すると、火日たんがムニムニと俺の頬を引っ張った。ちょっと痛い、ちょっと気持ち良い。


「どうしたのさ、火日たん?」

「やっぱりアッチにする……!」


 らんと目を輝かせて、カップ麺の山を指さすのだった。

 そこには、『新発売、神様サエ死ネル 激辛カップラーメン』という、恐ろしいキャッチコピーの新商品が山と陳列されていた。


「あぁ、ちょっと前にネットで話題になってた『神死ネラーメン』か」


 辛すぎて、食べた人が病院送りにされたという曰くつきの激辛ラーメンだった。

 果たしてこのうずたかい山はきちんと売りさばけるのだろうか、と若干心配になったが、まぁ関係ないかと思いなおす。キャッチ酷いし平気だろ、と。


「あれならいいだろ!? ちゃんとアタイが一回で食べきるから! ちゃんと汁まで飲むから! 後始末とか考えなくっていいぞ!」


 ウニウニと俺のほっぺたを頻りに引っ張り揺り動かす火日たん。ねぇ、痛いんだけども。


「いや、流石に汁は飲めねぇんじゃねぇかな……」


 ため息をつきつつその高い山のようなカップ麺の中から一つ取り出して買い物かごに突っ込んだ。

 会計するときに店員さんに驚愕の目で見られたのは忘れることにしたい。



 帰り着いた俺と火日たんは早速お湯を沸かしてカップ麺へと注いだ。

 ウッキウキした様子の火日たんは小さなフォークに(人間用として小さなという意味で、妖精的に表現すれば身長と大差ない大業物だ)頬ずりをして今か今かと三分経つのを待っていた。


 そして、念願の三分が過ぎたので火日たんにかわって俺が蓋を開けた。


 真っ先に飛び込んできた色はもう何かがおかしかった。一般的な表現をすれば、それは赤に相違ないと思う。ただ、もうなんというか、赤いというよりも辛いと表現したくなる代物だったのだ。赤色ではなく、もうなんというか辛色という新色であり、新概念のような気がした。

 視覚に圧倒された直後に襲い来るのは、はやり、違うやはりニオイだ。それが鼻腔を通り抜けたその瞬間、俺は叫んだ。


「いっ、てぇ――――!?」


 鼻を押さえて瞬きをする、目がシパシパした。


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 辛い匂い、ではない。ニオイが辛い、でもない。ただただ、ニオイが痛かった。ダメだった。訳が分からなかった。

 だというのに、

 ずるずる、ぞぞぞっ。ずるずる、ぞぞぞっ。

 という音が聞こえてきた。


「うわっ、辛いっ! おいしい、死にそう! 辛い! おいしい! ヤバイ、シュウこれヤバイ!」


 キャッキャとはしゃぎながらそれを食べる火日たんは何か得体のしれない恐ろしいものに見えたのだった。いや、彼女はまぁ普段もこんなものではあるのだけれども。

 取りあえずいうことがあるとすれば、そうだな、火日たんが嬉しそうで何よりです。


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