Episode of weekly's

週の始まりは何時だって月曜日:前編


修一しゅういちぃー? ――――、朝――。起――――って、ばぁ!」


 声が聞こえる、ような気がする。

 体が揺すぶられた気もした。

 だけど、まだ眠いんだ。もう少し、もう少し、あと八時間くらい眠っていたいんだ……。


「修一ぃー、――――、よー。――――、朝――ん作って――!」


 あぁ、なんだかタオルケットを剥された気がする。だけど、俺は屈さないぞ、まだまだ眠るのだ。

 ゆさゆさゆさゆさ、ゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさ。

 ゆさゆさゆさゆさ。


「うぅ、ん。あー、もう朝か。おはよ、月日つきひたん……」


 あぁ、抜けていってしまった、眠気さんさようなら。こんにちは覚醒さん。

 あーでもやっぱりねむぃ。

 ふわぁぁ、と特大のあくびが肺のあたりからやってきた。俺はそれを噛み、噛み、噛み殺し損ねて間抜け面と共に大あくびを発したのだった。

 悔しい、でもあくびには勝てなかったよ。

 目じりの涙を抑えて、それから改めて瞬きをする。

 俺の周りをヒュンヒュンと飛び回る不機嫌そうな銀髪の美少女(1/1スケールでペットボトルよりもやや大きい程度だ)、その出で立ちはまるで月を思わせる。否、思わせるというものではない、月日たんは正真正銘『月』なのだ。


 そう、何を隠そう月日つきひたんは月曜日の妖精なのである。

 もう一度言おう、月日つきひたんは月曜日の妖精である。



Tukihitan came!

 Not the word boredom in the dictionary of Tukihitan



「もぉー! おはよ、じゃないわよぉ! いっつもいっつも、なんだってそんなに朝に弱いわけ!? ほぉらぁ、朝ごはんー!」


 プリプリとご立腹の月日たんが頭の周りをブンブン飛び回って、なんだがそれが、あまり現実に思えなかった。


「ん、んんー、あー、あぁ、ん……」


 寝ぼけた頭で「朝ごはんね、今から準備するからちょっと待ってて」と言おうとしたのだけれど、呂律が全然回らなかった。

 だからしょうがなく、立ち上がって顔を洗ってからキッチンで朝飯の準備をしようと思うのだけど、うまく歩けない。

 体が思うように動かないのだ。あっちへふらふら、こっちへふらふら。

 あぁ、朝は本当に眠いなぁ。


「って修一、アンタまだ寝ぼけてるわねぇ!? 早く起きなさいってばぁ! アタシの朝ごはんを作るのよぉー!」


 月日たん曰くどうやら俺は寝ぼけているらしかった。



 結局キチンと目が覚めるまでに幾ばくかの時間を要し、気が付いた時には朝ごはんを大急ぎで食べないと学校に間に合わない時間になっていましたとさ。めでたしめでたし。って、全然めでたくねーな!



「ん、ぅぁー。終わったー!」


 午後の授業が終わって、やっと放課後になった。いや違うぞ、俺は別に学校が嫌いとかそういうことは全くないぞ。ただ、息が抜けたというだけで……。えぇい、だから、息が抜けただけだってば!

 ふと窓の外を見てみれば空はどんよりとした灰色をしていて、なんというかまぁアレだった。梅雨らしい空模様だった。


「おー、木村っ! お前なんで部活入んねぇんだよ?」


 突如バシーンと背中を叩かれた。びっくりした。

 まぁ声で分かるのだが一応振り向いて相手の顔を確認する。予想通りの五分刈り頭にやけにさわやかな笑顔。そしてがっしりとした長身。つまり、というかやはりというか、まぁ佐藤だった。


「俺にも色々事情ってやつがあるんだよ」


 さわやか熱血という、お前どこの少女漫画から抜け出してきたヒーローだよ、と突っ込みを入れたくなる男に弁明する。


「事情って、主にアタシたちのことよねぇー?」


 したらば、なんと佐藤ではなく月日たんから返答が来るのであった。いや、このタイミングで割って入られてもお相手できませんからね。つまり好き放題言いっぱなしに出来るということか! 畜生、己覚えておれよ。


「なんだよ、事情って……?」


 月日たんに遅れること僅か一秒。ベシベシベシ、ベシベシベシベシベシ! と佐藤は俺の頭を叩いてくる。この、人の背中とか頭とかを所かまわず叩く癖は何とかならんのですかね。


「痛いからな、お前は力が強いから、結構割と痛いかんな! この、ミスターぞんざい野郎!」


「お前足早いんだから陸上部にでも入れよ! 走るの気持ちいいぜ?」


 俺の渾身の悪口は完全無欠にスルーされた。


「や、だからな……。こっちにも色々事情ってのがあるんだよ……」


 佐藤の連打をカバンでガードしつつ、ため息交じりにもう一度そう告げる。


「だーかーらー、なんだっての、その事情ってのはさー?」

「や、お前には言えないことだけど?」

「お、お前もしかして……!?」


 益体のない問答だなぁなどと思っていれば、佐藤は何故か驚愕の表情を浮かべていた。何故に?


「あ、あぁ……?」


 いったい何だというのか。


「もしや病気の妹がいて、しかも余命があと三か月しかないし、ずっと病気がちだったから友達もいない。だからせめて自分だけでもずっとそばにいてやらないといけない……。そんな事情があったんだな……。悪かったよ……、無理に部活入れなんて言ってさ……、軽率だった、ごめんな?」


 全く訳が分からないよ。

 や違う、一から十まで間違ってる。


「病気の妹はいないけど、誰の目にも見えないかわいらしい妖精さんはソバにいるわね」


 訳も分からずクラッシュ寸前の頭にそっと月日たんの甘言が入り込んできて、思わず同意の言葉を吐き出しそうになる。が、寸でのところで飲み込んだ。

 視線で月日たんをねめつけてみれば、悪戯っぽい笑顔を浮かべていた。なんて愛い奴だろうね、こいつぅ!


「いや、そんな妹はいないが……、というか、俺は一人っ子だぞ?」


 俺のずっこけ具合を反映するかのようにズレた眼鏡を直し、ため息と共に佐藤の肩を軽く叩いてみた。

 一人で勝手に震えていた佐藤は、何故かとても憤慨していた。何故だ。

 カッと奴の両目が見開かれた。


「お、俺の悲しみの涙を返せェ――ッ!」


 いや、お前が勝手に勘違いしたんだろって、突っ込みを入れたかったのだが奴はとても運動神経が良く、一瞬のうちにすでに教室から走り去っていってしまったのである。

 何か、すごい勢いを感じた。何かは良く分からなかったけれど、確かにすごい勢いを感じたのだ。


 だから、

「……、いや、勝手な勘違いじゃねーか……」

 思わずひとりごちてしまった。


「ほーんと、あの人はいつも面白いわね!」


 ケラケラ笑う月日たんとは対照的に俺は思わず嘆息を吐き出す。

 さて、俺も帰るかな。と思い、カバンを手にして教室を後にするのだった。



「ねっ、修一、小学校行ってみない?」


 どんよりとした曇り空の下、帰路を歩いていると突如月日たんがそんなことを言い出した。クルクルと前を飛ぶ姿は何とも楽しそうだ。


「ん? なんだって今更小学校に?」


 はて、と考えながら理由を尋ねてみる。


「だってホラ、取り壊しになるって話じゃない」

「あぁ、そういえばそうだったな。けど、なんで知ってんの?」


 少し前を飛んでいた月日たんが俺の顔の傍へと寄ってきて目の前で小さな頬を膨らませる。見えない、そこ来られると前が見えない! 危ない、危険が危ない!


「もー! 先週修一が話してたんでしょうが! もう、なんなの? この鳥頭ぁ!」

「あー、ハイハイ。鳥頭でございますよー」


 何故か憤慨している月日たんはスルーしよう。


「むっきー、ムカつく……!」


 俺のそっけない態度にまたしても腹を立てたのか、空中で必死にたたら踏んでいた。そんなに激しく動くと一張羅のワンピースからパンツが見えるぞー。とか思ったのだけど、そういえば、妖精ってはいてるんだろうか? いや、待ってほしい別に興味があるわけじゃないし、そもそも妖精がはいてようがはいていまいが俺には関係ない。関係ないったらないからな!


「ほいほい、んじゃ行くかー」

「って、ちょっと置いてくんじゃないわよぉ!」


 何か、煩悩的な良く分からないものを頭の中から追い出して、俺はさっさと指定された目的地へと向かうことにする。

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