第4話 サラ=ブレッド②
『腕試し』とは重機乗りの間で呼び合う俗称で、互いの”
シャキンと伸ばされた白銀のアームが、大気を上下に分断するかのようにして旋回する。
横から迫る鉤爪のようなブレッドのバケット。それを、俺も旋回打撃となる横薙ぎ攻撃で真正面から受ける。
右からの打撃を迎え撃つ左の打撃だ。
激しい衝突音に大気が揺れると、
やはり俺の機体の方が塩梅が悪い。
野球バット理論からすると、腕の長いブレッドはユンボーよりも打撃力が上だ。
「――っう、マジか!?」
数度の腕試しの後、今度は綺麗にバケット同士を打ち鳴らし合った俺とサラ。
サラの方のバケットが振り抜かれれば、ユンボーがくりんと回転、コンクリの上を滑るようにして外側の土フィールドまで弾き出されてしまう。
俺の耳をつんざく大歓声。
「ブースト切れか!?」
手元を見れば、点滅する赤いランプ。
効果時間に限界があり、強制的に解除されたブーストはしばらくは使用不可。
「……最大出力状態でも押し切れなかったからな。どうすっか」
目の前の透明板越しに見据えた白銀のブレッドは、私が勝者だと言わんばかりに、悠然とキュラキュラ足を鳴らす。
俺はまだやれる、と上部機体を旋回し、腕試し続行をアピールする。
するとサラは、長さを活かした最大打撃を行うべく、アームを再びシャキーンだ。
加えて、一度の360度旋回で仕留めようとは思わなかったのか、足を進めながらに上部旋回を開始した。
一回、二回と白銀のアームが通過すれば、最大速度の横薙ぎが俺を襲う。
再び起きた激しい衝突。
刹那の金属の大声。そして、その声は悲鳴となる。
”
つまりは腕先と腕先が衝突した際に、俺の方が叩き折ったことになる。
俺は操縦室に掛けてあった無骨なマイクを手にする。
『あー、あー。マイクのテスト中』
外へと拡声される自分の大きな声を、つまみをいじりながら調整する。
今、俺と向き合うサラの機体は、”
そして、俺の方はアームの手首付近まで埋め尽くす、土を山盛りで積むバケット。
機体傍に掘られた穴がある。
俺がバケットを突っ込んで土をすくったからこの穴があるわけだが、獣騎闘技は重機の機能を使ってバトルするものだから特にルール上なんの問題もない。
それで俺はこの対決――”長さ”の威力に、”重さ”で対抗した。
言い換えれば、バット理論に対しての喧嘩漫画理論。
昔読んだ俺の姉貴が愛読する
更にそれは、重さ×気合いで繰り出す拳の破壊力が抜群になると言われている。
つまり土を握る
『サラっ、ドラグショベルの本質は掘削だ! 土を知る者がドラグを知る』
自分で言っててよく分からん決め台詞だが、自信満々で言い放った後だからどうにもならん。
とにかく、結果良ければすべて良し、だ。
一方的に殴られ続けられるのが嫌で、申し込んだ『腕試し』だったが、腕が折れてしまえばもう闘えまいて。
『それで、どうするサラ。続けるか?』
ブレッドの操縦席にて、金髪の長い髪が揺れ、白くて綺麗な手が操縦レバーから離れた。
向こうもマイクを手にするようだ。
『いいえ。白熱した獣騎闘技だったと思います。私に悔いはありません。タクミに、そして、この良き闘技を導いて下さった神キリシアに、感謝を捧げたいと思います』
会場にサラの晴れやかで綺麗な声が響き渡れば、大勢の観客からは拍手が贈られ、その後俺の名が勝者として告げられた。
闘技終了後すぐ、二機の大型重機は寄り添い合うようにして停まる。
ドラグショベルの場合、上部機体を少し回し、足場にできるよう出入り口の下に履帯を合わせてから停める方が、玄人っぽく見える。
すでに顔を見せている相手に合わせ、操縦席のドアを開けた俺はジェルの膜から飛び出し、よっと
足場は、子供の背丈は優に超える高さ。
対面側の白銀の
俺と同じく、その足の上にて佇む金髪少女が一人。
こっちじゃ16歳で成人扱いとか聞いているから、ちょっと大人びて感じる実家が由緒ある家柄のお嬢様サラ。
「皆さんの前では、あのような言葉を述べさせて頂きましたけれども、やっぱり負けてしまうと悔しいものですね」
ジェルの効果もあるのか、なびく長い髪がキラキラと輝く。
うーん、青空のような瞳に雲のような白い肌。そして、太陽のような笑顔。
やや男勝りのさっぱりとした彼女の性格がそうさせるのか、全然悔しそうには見えないサラは正真正銘の美少女だ。
だからこそ、もったいないこの装い。
服のセンスが悪いとかではなく、ある意味間違った知識からくる悲しい結果なのだろうが、少女は特攻服を纏う。
サラが着るこの服をこよなく愛する人たちと言えば、暴走族だな。
前全開の紺色の丈の長い上着が、サラの髪とともに風にパタパタ。
均等のとれた体躯。
胸元は白いサラシを巻いて、大事なところは隠している。
ふーむ。
晒しているオツパイは確実に良い物だと思われるが、サラシから圧迫されるそれはそれでなかなかどうして、乙なパイであるな。
と、あんまり胸元ばかり見ていてもあれですから、足元の足袋を確認したところで、
「本日は、エラく気合い入った格好してんな」
「私も本戦でもないのに、そう思いましたけれども、年に一度の格式ある獣騎闘技である以上は、正装で望むが良いかと思いまして」
「まったく、
昔の姉貴を思い出すから、俺、特攻服嫌いなんだよな。
折角のサラの美人度が半減だ。
しかしながら、ボリューミイ&半分くらしか隠せてない巻きはグッドです。
「それでタクミ。これは私からの贈り物です。どうか受け取って下さい」
ぽん、と放り出された物が放物線を描き俺の元へ飛んできた。
両手でがし、とチャッチした俺の手の中には、巻き貝が一つ乗る。
ただ、普通の食べたり、鑑賞したりする貝ではない。
花柄の模様に、魔法模様が刻まれる明らかに加工が施されるこれは。
「あーと、確か手紙貝だっけ」
「タクミ。それは私からの気持ちです。それではごきげんよう」
サラは金の綺麗な髪を翻しフレッドへと乗り込めば、優美に試合会場を後にした。
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