第3話 サラ=ブレッド
◇
重機バトルの円形の闘技場は、二種類のバトルフィールドで構成される。
一つは、中央のコンクリフィールド。
実際にコンクリートなのか分からないが、白くて硬い大きな円の台が埋まっている。
上っ面だけのぞかせる平面の広さは、六畳一間の俺の部屋には到底収まらない大型重機が、十分に間合いを取って対峙しても戦えるくらいはある。
もう一つは、そのコンクリフィールドを囲む円状の土フィールド。
闘技場外まではかなり距離があり、とにかく広いのであるが、天候によってコンディションが激変するのが難点だろうか。
そんなこんなで準決勝開始直前、中央のコンクリフィールドを挟み、互いの入場口に白に銀を混ぜる品の良い重機と、年季の入った古めかしい色の重機が睨み合う。
「タクミくん、『ジェル』注入しますですよ」
操縦席のドアの向こうからエリッタのくぐもった声。
その後、取っ手部分の小窓がパカっと開いて、外からホースの口が接続されると透明の液体がドボドボ、ドボドボ、概ね四角い操縦室へ流し込まれていく。
最終的には、完全に重機乗りを包み込むことになる『ジェル』。
この『ジェル』と俺らが呼ぶ魔法の液体がないと、操縦者は大概バトルで大怪我をしていること間違いなし。
簡単にこの液体の役割は、重機乗りの生命を脅かすような衝撃をすべて吸収してくれる。
だから、たとえ操縦室が重機の直接攻撃を受けても、フレームが凹むくらいで、ぐしゃっと潰れることはない。
窓の役割をする前面と横を取り囲む透明板も、滅多に割れたりもしない。
それと振動は吸収しないので、外からの声は伝わるし、機体そのものの揺れは、ユンボーの調子を測るには必要不可欠だったりもする。
とにかく素晴らしく優れた、純水のように透明な魔法液体。それが『ジェル』だ。
ただまあ、衝撃を吸収してくれる前は液体なのかも分からないくらいに無色透明、肌触りもほとんどなく少し冷たい空気のようなものであるが、これが衝撃を蓄積し始めるとスライム化していく。
要はドロドロのネトネトの気色悪い感じになって、色もだんだん濁り、最終的には赤色に変色し、操縦室は視界ゼロの真っ赤っ赤になる。
こうなってしまうと戦闘が不可能になって、負けを宣告される。
俺らはこれを”ジェルレッド”とか、”赤目ちゃん”とかと呼んで、そうならないため『ジェル』に堪える操縦室へのダイレクトな攻撃はなるべく避けたり、無闇やたらに機体をボコスカ殴られ過ぎてダメージを蓄積させないようにする。
「はあ、この吸う瞬間が慣れないんだよな……」
もうアゴ付近まで満たされた液体。
酸素を供給する魔法の液体だから、肺に入れても問題はないのだが。
「すううう、吸え、吸うんだ俺っ。かっ、うごぼ……」
気体のように液体を”吸う”って、なかなか根性がいるのである。
キュラキュラと
既に闘技のゴングは打ち鳴らされている。
お約束というか、闘技場内の一番外から闘いがスタートするので、大概はゴングとともに中央のコンクリフィールドを目指してお互い歩を進める。
始めはゆっくり、
基本重機には、低速のカメマークギアと高速のウサギマークギア、この二つ間の前後レバーしか備わっていない。
ただし、
またギアと表現するも、正確には車やバイクのようなマニュアルギアの意味合いとは少々異なる。
自動車などが走る速度だけを上げるに対し、重機は出力そのものを上げるギアってところかな。
ギアを上げると、キャタの回転はもちろん馬力、旋回や腕の動作など”動き”そのもののがすべて向上する。
そんなわけで、頃合いだ。
俺は出力レバーをカメからウサギへフルスロットルっ。
キュラララララぐいーんで、加速重力が俺を更に座席へと押し付ける。
ぐんぐん迫る白銀の重機。
相手の――、サラの愛機は『ブレッド』とかパンみたいな名前だったか。
「おおお、らっ」
交差すれば、闘技場を湧かす一合の鉄の響き。
互いの下部機体は直進のまま、上体機体をぐるんと回して旋回打撃。
挨拶代わりの殴りが終われば、機体を滑らしながら”
今度は後進方向による前進で、
サラはこっちの人間で、かなり可愛い女子だ。
しかも、お嬢様ステータスを持ちーの、金髪美少女にもカテゴライズされる。
強いて言わなくても心トキメク相手。
しかも年齢も俺と近く、愛想もいいから話しやすいし、なかなかどうしてお近づきになりたい女子だ。
だがしかしだ。
そんなサラも、多種多様の美少女達が迎えてくれる俺の
「顔馴染みだからって容赦はしねかんなっ。俺には魂を
白銀と古ぼけた色が合わさる。
今度は、組み合う二機の重機。
下部旋回と上部旋回をこなし、アームの打撃を繰り出して本格的な闘技を始める。
会場の声援が一気に高まった。
重機が熱を帯びれば帯びるほどに、観客たちの体も
俺達重機乗りには『獣騎闘技』以外に仕事がある。
ざっくり、モンスター退治。
特にこちらから好んで退治しに向かうことはないが、要請があればその付近の重機乗りが集まる。
依頼内容のほとんどが、「村が魔物に襲われている助けて」。
数台の重機がこぞって被害に遭う村などへ行けば、そりゃもうヒーローのご登場並みに、待ってましたの大歓迎だ。
集団で人里を襲うモンスター。
時に100近い集団も見かけたが、なあーに、重機軍団の前では千切られては投げられての存在でしかない。
傍から見れば蹂躙、の勢いで駆逐できる。
ただ、たまーに
そして、モンスターを一掃した後は、本来の重機として俺達は活躍する。
荒らされた村の瓦礫の撤去とか、路地の整地とかだ。
時には、村の子供を
んでもって、そんなサラにいいように扱われる現在の俺=ユンボー。
「こんにゃろ」
コンクリフィールド上、取っ組み合いの間合いを一度切られてからは、なかなか近寄らせてもらえない。
イメージとしては、こっちがダッシュしようとするところに額に手をつかれ、いなされる感じ。
向かってくる俺を、長いアームを伸ばし、先っちょのバケットでコツンと突く。そして、突きつつ後進回り込み&俺が伸ばす
お世辞なしに、重機バトルの重機乗りとしてはいい腕だ。
それで、重機の腕の位置としては、上部機体のほぼ中央から生えるから、操縦席の右左が正しいのかもしれないが、重機のアームには右利きと左利きがある。
一番多い右利きの場合、操縦席の右側で上腕(アームの付け根)が上下する。
操縦席を守る盾の役割をしてくれるそれではあるが、操縦者の死角を生む要因にもなる。
だから、利き腕が違う者同士が闘う場合は、死角の取り合い奪い合いが闘いの流れに含まれてくる。
サラ=ブレッドは、俺と同じ右利き。
お互いが死角を取ろうとすれば、お互いが相手を見づらくなるので、死角の駆け引きは生じ難い。
つまりは対等。だからこそ、アームの長さの違いによるアドバンテージが如実に現れる。
向こうはこっちの機体に触れられるが、俺の
「うが、うが」
ガン、ガン、と突かれるようにして叩かれる。
エクステによる追加重量によるものか(大会には重機の重さ制限がある。大きい方が有利だからな)、または、先端にかかる荷重を考慮してなのか。
サラの腕の先端のバケットのサイズは小さい。
こっちの半分以下の細長い鉤爪のようなタイプだ。
またガツン、ガツン。威力はそうないが手数が多い。
反撃してもこっちのは届かない……。
「うーん、困った。なんだかんだで、ネトってきたような気がする。このままだと赤目ちゃんになっちまうなあ」
今すぐってわけではないが、ジェルレッドへは着実に近づいていっている。
「サラなら観客も興奮するだろうが、俺のスライムに包まれる様なんて、誰得って感じだつーの」
俺はガリガリっとコンクリをひしめかせ、後退。
さあ、攻めて来いと受け身で相手の重機を待つ。
当然ながら、サラは自機の手が届く最大攻撃範囲まで
旋回からの横払い攻撃が俺を襲う。
「ちぇええ、ストおおおっ」
ガキン――と互いのアームが弾け合う。
サラの腕に、俺の旋回攻撃をぶち当てたっ。
バケット打撃は、機体本体には届かなくても、相手のアームには届く。
またサラが旋回攻撃をしてきたので、同じく俺も旋回して腕をぶつけ合う。
パワーの差か、俺の方が弾ける腕に機体を引きづられてしまう――がしかし、
「どうだサラ!? どうする!?」
白銀の重機がアームが水平に長く伸びる。
”誘い”にノってきた。
「よし、『腕試し』合戦と行こうぜ、ユンボーっ」
俺はコックピットの丸ボッチを引き、ブーストに火を入れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます