第5話 決勝へ向けて


        ◇


 ただただ天井から大きな布が覆い被さるだけの整備テント。

 観客席からは隔離された場所に設置するここも、決勝戦を残す頃になれば、まばらにスペースができてくる。

 負けた重機とその乗り手や、それに携わる整備士たちが撤去、撤退し始めるからだ。


 今はのびのびとユンボーの出し入れが可能で、大型重機の車庫入れもストレスレス。大会開幕時は、そりゃーギチギチのコミコミで苦労したもんだ。


 そんなこんなで、サラとの一戦を終えた俺=ユンボーは、サックリと整備テントへ戻ってこれた。


「頬ずりはダメなのです!」


 俺の手からエリッタのもふもふ尻尾が、りゅるんと巻きながら逃亡。


「いいじゃん、いいじゃん。すりすりしてもいいじゃん」


「ダメなものはダメなのです!」


 小学生くらいにも見えなくはないエリッタから、高校生くらいには見えるだろう俺がお叱りを受ける図は情けなく思える。

 だがしかし、だ。

 エリッタからのそれならば、甘んじて受けようではないか! 怒っているエリッタも可愛いぞ。


「来訪者のタクミくんには理解できんだろうが、儂ら獣人の尻尾への頬ずりは特別じゃて、エリッタにはまだまだ早いかのう」


 そう声を掛けてきたエリッタの爺ちゃんが、「どれ、儂のを」と萎れた尻尾を向けてきた。

 ごめんなさいして、続く整備の話には耳を傾けた。


「ユン坊の履帯が緩かったりせんかね」


「大丈夫っすよ。今まで通りでいいすっよ」


「タクミくんは下部機体の操作が頻繁じゃからのう。ちょっとした違和感でも、遠慮せず言ってくれて構わんのじゃよ」


「うーん。……遠慮はないっすよ」


 エリッタの爺ちゃんはいい人であるが、こと重機のこととなると細かいというか、少し鬱陶しくなる。

 それになんというか、その割には重機のことをあまり分かっていない。

 本職が鍛冶屋で、重機に携わるようになったのも五年くらいだからというのもあるかも知れないけど、俺はそんじょそこらの素人重機乗りではないのである。


 もちろん俺に機械的な詳しい知識はないけどさ、小さい頃から遊びがてら触れていた重機のことは誰よりも詳しいと自負できる。

 履帯の話にしたって、あんまりテンションかけて貼ると切れやすくなるんだよね。

 鉄のベルトも繋目はそんなに強度がないので、調整を誤ると簡単に鉄の帯は切れるものなのだ。

 だから俺は下手に調整してもらいたくなくて、平気と言うのだけれど。


「――反応が悪いと思うのじゃが、ちょっと感度を上げてみようかのう」


 あれこれ、続く整備の話。

 エリッタの爺ちゃんに悪気はないのも分かるし、重機バトルに一生懸命なのも分かる。

 けど、いつも思うことだが、肝心なことが頭にないようだ。


「大丈夫っすよ。俺の技術があれば、誰よりも上手くユンボーを動かすことができるんっすから、問題ないない」


 ひらひら手を振り、そのままエリッタの爺ちゃんとの会話をフェードアウトさせた。

 そこへ、くるんともふもふ尻尾を巻く獣人じゅうじん影。


「タクミくんは、ちゃんとお爺ちゃんの話を聞かないといけないのですよー」


「あーエリッタ。違う違う。サラから手紙貝もらったからさ、そっちを聞かなくちゃと思っててさ」


「じゃあ、サラさんからの手紙を聞いたら、敵状偵察なのですよ」


「あー悪い。それいいや。どうせ誰が相手だろうと俺には勝利の道しかないわけだし。俺の信条は当たって砕けろで相手を砕け、だからさ」


 今までもそうやってエリッタ達に勝利をプレゼントしてきた俺なのだ。

 変に気合を入れて望むと返って悪い結果になったりするからな。

 それに、いい加減俺の腕、そして何者にも屈しないその度胸を信頼して欲しいものでもある。


「なのでエリッタ、もふもふさせて」


「なので、の意味が不明なのですよ、もうっ」


 傍らにあった尻尾が、ひょいと逃げていった。





 例えば、タブレットでメールを送った場合、そこにテキスト以外の画像や音を添付できる。

 これは俺の暮らしていた世界の技術の一端だ。


 今暮らす魔法文明があるここには、こういった電子メールはない。

 代わるものとしては魔法手紙メール

 郵便屋さんがいないようなので、たぶん、クロ猫と一緒にほうきに乗った魔女少女が配っているんだろうと思うこっちの手紙には、文字はもちろん、『魔法』の技術で声や音を録音したり、香りなんかを添えることができるらしい。


 用途を考えれば、どっちの世界のものも似たようなもの。

 だけど、元にしている技術がかなり異なる。


 『魔法』は電気と一緒で特殊な装置を介さないと目にできない魔力が必要になる。

 いかにも異世界ならではのこの魔法並びに魔力。


 それを使った最近流行りの手紙がこの手紙貝だ。

 便箋で文字を送るのと違い手紙貝は音声を留めて再生する使い方しかできないが、

綺麗な貝殻も贈れるとかで人気なんだろう……たぶんだけど。

 鉄、鉄、鉄と金属部品が転がりまくっているテント。

 その端で、鉄の箱を積み重ね作った簡易椅子に腰を据え、華やかな色使いの手紙貝を眺める。


「女子ってなんかこういうの好きそうだもな。……ええーと、通例だと確か、送り主の名前が鍵なんだよな……」


 魔法の一言で済ませしまうしかないが、受け取り側の声、つまり俺がサラの名を口にすることで手紙貝が開封される。

 差し出し人の名と受け取り側本人の声がないと中身は聞けないので、高度なセキュリティである。


「『サラ』」


 そう彼女の名を口にすれば、手にする手紙貝がぽわ~とほんのり光る。

 開封の条件などに趣向を凝らすこともできるらしいが、どうやらスタンダードな仕様の手紙貝だったようだ。

 

『これをタクミが聞いていると言うことは、私は闘技に負けたということになります。しかし、敗北を悟っていたからこの手紙貝を用意していたのではありません。己を越えてゆく者が現れたのなら、それを讃えるは敗者としての心得である。そのように私は考えていますので――』


 巻き貝の口からは、サラ本人となんら遜色ない録音された声音が流れる。

 そうして、続く獣騎闘技の美学的内容の口上。

 サラらしいと言えばそうだが、金髪お嬢様のイメージを損ねるような獣騎士道に俺の心はどこか冷ややかだ。


 なんだろう……。

 ちょっとばかり、『私を倒した強者タクミと重機について語りたいので、今度お食事にでも誘いたいですわ』なものが聞けるかなと期待してただけに、その手の好意話の気配が微塵も感じられない内容から、やはりサラだよなと変な虚しさをひしひし感じてしまう。


『――それでですね。理由をうかがう機会はありませんでしたけれど、タクミの来訪者でありながら獣騎へ対する真摯な熱意に一目置く 私は、激励を送りたく、タクミの世界の言葉で、それに相応しい言葉はないかと調べました。その格式ある言葉をこの手紙貝で贈らさせて頂きます』


 ここで間断なく流れていたサラの流暢りゅうちょうな喋りが止まった。

 いわゆるタメの時間だ。


『ナムアミダブツ。霊験あらたかな神のご加護を賜る言葉とうかがっています。タクミの世界の神に、そして神キリシアの名の下に、我が同胞タクミよ、ナムアミダブツです』


「……サラ、気持ちだけは受け取っとくよ」


 ある意味人を送る言葉ではあるけれど、まだまだ俺には贈っちゃいけない言葉だよな。


「まあ、当人はすんごい励ましの意味があると思って使ってんだろうから文句はないけどさ」


 うーん。今ひとつ釈然としない美少女からの手紙となった。





 サラからの微妙な内容の手紙を聞いた後のことだ。

 それを払拭するかの如く、狭苦しくも穏やかな雰囲気のテントの中に、俺とエリッタの二人っきりの時間が訪れる。

 エリッタの爺ちゃんは知り合いに専用工具を借りに行ったまま戻ってくる気配がない。

 そう、今この時この瞬間は、妄想込みで俺の部屋に遊びに来た獣っ娘とイチャイチャしている時間とも言い換えられる、至福の時なのだ。


 しかしながら、楽しい時間が過ぎるのは早いもので、俺がエリッタにあんなことやこんなことをする前に、テント出入り口の布がバサリと捲られる。

 エリッタの爺ちゃんが戻ってきた。そう思ったのだが、そこに現れたのは三人のガタイの良いオセロな男達。

 んで、悲しいかな、重機乗りをやっていると同じ匂いに敏感になるのか、すぐに「あ、こいつ重機乗りだ」ってのが分かってしまう。


 三人の真ん中にいる、白のタンクトップマッチョが重機乗り。

 両サイドの黒のタンクトップお付きマッチョを、まったくそうは見えないが整備士とするなら、たぶんどこぞの重機チームが訪ねて来たってことになる。


 とにもかくにも、この訪問者のお陰で俺とエリッタのスイートな時間は終了のベルを鳴らしたのは事実だ。


「せっかくエリッタと、『あっち向いてホイ大会あわよくばあっち向いてモフ大会』を予定していたのに」


「あの、やっぱりアイアンペッカーのボブさんですよね!? ボブさんですよね、そうなのです!」


 ブツクサ文句を吐いていた俺の隣から、飛び出すようにして駆け寄るエリッタ。

 白タンクトップのおっさんを、テレビタレントとでも遭遇したかのような態度で出迎えている。

 キャイキャイとはしゃぐエリッタの様は微笑ましく思うが、そこのマッチョのおっさんのお陰で、俺達の至福の時間が途絶えたことは留意してもらいたい。


「何、エリッタの知り合いなの、そのおっさん」


「タクミくん、アイアンペッカーのボブさんなのですよ! 本物ですよ、本物っ。

毎年本戦に出場なされている大、大、大人気のジュウキスターさんなのです!」


 振り返るエリッタの顔は、自分のことのように喜ぶ顔でした。

 それを見て、そちらのデッカイマッチョが、なんかすごいおっさんだと言うのは理解した。

 確かに、『アイアンペッカー』の通り名は俺の耳にも覚えのある響だ。

 それはそれとして、特に嫉妬なんてものはしていないけど、してはいないけど、なぜか今の俺の心は平静ではないようだ。

 いや、冷静に自分の気持ちを分析できているから平静なのか?


「ふーん、そうなんだ……」


「突然、お邪魔してソーリー。彼女の言う通り、そこそこのネームバリューで重機乗りをやっているボブだ」


 面長顔が、のしのし近づいてくる。

 魔法翻訳が働く世界で、日本人の俺にいかにもな外国人っぽく喋るとは、結構器用なマッチョだ……などと感心していると、目の前には太い腕が突き出された。

 先で開くその手は握手を求めるようだ。


「決勝戦の相手を知らないとは、ユーはなかなかに肝がビックな少年のようだ」


「悪気はないんすけどね。俺、本戦のてっぺんしか興味ないんで」


 そう啖呵を切れば、ガシっとシェークなハンドだ。

 そしたら、強烈な握力で握り返される。

 こんにゃろ。舐めんなよ。

 男はマッチョがすべてじゃないってところろろろおおお、


「ふんむー、痛い痛い痛いつーのっ」


「それで、アイアンペッカーのボブさんが、このようなところにどうしたのでございますのでしょうか」


 エリッタの尋ねにより、俺の左手が加減を知らない馬鹿力マッチョの万力から解放された。


「そうだね。敵情視察といったところかな。直接敵陣へアタックする敵情視察もあったものじゃないけれどね。わっはっはっ」


 ボブが大きく笑えば、お付きの黒色マッチョも笑う。

 ウザい。

 そして、どうしてお前たちは、ただ笑うだけの為に腰に手を当てる。


「タクミ、私は対戦相手、つまりユーに尋ねたいことがあって直接ここへ来た」


 先程までとは明らかに違うボブマッチョの眼差しが、呼ぶ名とともに俺を捉える。

 真摯と言わざるをえない、真っ直ぐな視線が俺の顔をのぞく。


「君はなぜに獣騎闘技で闘う。なぜに重機を駆る。その想いを私に教えてくれないか」

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