第2話 第一幕ノ二

神崎真姫(こうざき まき)──


彼女について語るのであれば、俺は彼女のことを棘と表現する。


棘……まず名前がとげとげしい。さきに、まき。

まるで鋭利な刃物ではないか。


そしてその印象は、彼女の異能──能力に起因する。


俺はそれを次のように称する。


言の覇ことのは』と『言の刃ことのは


言の覇は人間を言葉で支配する能力。


言の刃は言葉で人間を傷つける能力。


つまり、俺が何を言いたいかというと──


 /


「まて、お前の妄想に付き合ってられない」


「まあ聴けよ親友。俺の仮説を」


「黙れ中二病。あと、親友じゃない」



 /


  山田は立ちつくしたまま。


  モブたちが現れて、殴り合いのケンカを始める。

  まるでヤンキーの抗争のような、戦国時代の合戦のような、そんな争い。


  山田は立ちつくしたまま。


  神崎が現れる。


「まったく、愚民どもはタイヘンね。何をもめているのかしら」


  神崎、なんだかキラキラとしたオーラを全開にする。


「『跪きなさい』」


  神崎の言葉に世界が圧縮され、彼らの行動が収束していく。

  これが彼女の影響力。


  全員が跪く。


「『仲直りなさい』」


  全員が握手をして仲直り。


「うん、いい子たちね。さあ、みなのもの、散りなさい!」


「あんた何者なのよっ!?」


  おつかれさまですと、山田がタオルを差し出す。


「ふむ、苦しゅうない。下がっていいわよ」

「・・・・・・」


  山田、はける。


  空気が変わり、普通の芝居が始まる。


  教室で、放課後で、机があって、椅子に座って会話しているような、そんな感じ。


 神崎の親友である藤村が神崎のことをじとーっと見ながら、


「あんたって、なんていうかすごいわよね」


 神崎はきょとんとした顔で返す。


「なにが?」

「なんていうか、ほんとに学園の女王って感じ」

「なによそれ。あたし、顔かわいいから、みんなちやほやしてるだけだって」

「自分で言っちゃうところがほんとに怖いよなあ」

「全く、愚民共はしょうがないわよねー。あたしの顔しか見てないんだから。

   でも、ちやほやされるのって、か・い・か・んっ」

「こわいわー。性格悪いわー」

「美しければ全てが許されるわ。まあ、唯一の欠点があるとすれば、私につり合う男がいないってことね」

「この自信はどこから来るのだろう・・・。つり合う条件って具体的には?」

「ふんっ。男は顔よ顔。あたしのレベルについて来れる男子を募集中よっ」

「男は顔なんて言ってるなんて、あんたもまだ子供よねえ」

「だ、だったら男に必要なのはなんだっていうのよ!?」

「え? ──将来性?」

「こわっ! 女ってこわっ! 経済力とか包容力とか言う女は結構いるけど、『将来性』の一言に全てが凝縮されてる気がする」

「まあ、これも一般論ってことでよろしく」

「藤村って彼氏いるんだよね」

「まーね」

「イケメンではないけど、なんか、男前って感じだよね」

「んー、誉め言葉として受け取っておこう。うん」

「ま、藤村くらいにはちょうどいいレベルの男なんじゃないの?」

「あたし、ときどきなんであんたの友達やってるのかわかんなくなるよ・・・

   神崎は彼氏作らないの?」

「あたし、どうせ付き合うなら完璧な男がいいのっ。だってあたしのこの美貌につり合う男じゃないと、なんか悪いじゃない?」

「何に悪いんだよ、何に。高校1年の頃は男とっかえひっかえだったじゃない。最近おとなしいね」

「あの頃は若かったのよ」

「今でも十分若いだろうが」

「もうあたしは女を安売りしないの。昔の男どもも、このあたしと付き合えたことを光栄に思うべきだわ」

「うん、なんであんたみたいなのがモテるのか、不思議でならんわ」

「男なんてシモベよシモベ! おーっほっほ!!」

「世界って不公平だなー」

「なんなのよ! 何その彼氏持ちの余裕は」

「は?」

「なに、あたしの方が女としてランクが高いはずなのに、彼氏の有無でこの敗北感」

「あんたねー・・・」

「これが『彼氏ステータス』! 恋人がいたら勝ち組的な若者の発想!」

「はいはい。神崎もさ、本当の恋をしたらきっと変わるよ。というか、気になる人いるんじゃないの?」

「は? なんで?」

「だってあの神崎が最近なんかおとなしいじゃん。これで大人しいってのが恐ろしいんだけど」

「なに言ってんのよ」

「最近さ、山田と仲いいよね」

「はあっ!?」

「いや、なんか最近よく一緒にいるし」

「ば、ばっかじゃないの? あんな普通の男のどこがいいんだか!

   あいつはただのシモベよ! アッシーくんよ! ベンリーくんよ!

   なんでも言う事きくから、だから傍に置いてるだけだもん」

「ふーん。それにしてはなんか焦って、気にしすぎのように見えるけど?」

「ば、ばっかじゃないの!?

   それに、あいつを傍に置いているのは、見張ってるだけであって──」

「なに?」

「なんでもない! この話はおしまいよ」



  /


  場面は演劇部の部室。


  島村は変なポーズで立っている。


  雑誌を読みながらくつろいでいる山田。


  持杉に言われた言葉を反芻する山田は小声でひとりごちる。


「そんなことは言われなくてもわかってるっつーの」


  ポーズを変えながら口を開く島村。


「そうだわ、会話劇をしましょう」

「は?」

「島村桃子(しまむらとうこ)はそう言って、優雅に立ちあがった」

「いや、もう立ってるし。部長、確かにここは演劇部で、あなたと俺は演劇部員だけど、どうしてそれが急に会話劇を始めるって話になるんですか」

「わかっていないわね、山田くん。こういう日常の中で稽古を行ってこそ、鍛えられるのだと私は思うの。島村桃子はそう言って山田洋(やまだひろし)を見降ろした」

「喋り方うぜー。とがきをいちいち口にするような面倒くさいキャラにいつからなったんだよ、うちの部長は」

「いま、さっきよ。そう言って島村桃子は──」

「で、会話劇とはいったい何をするんですか、部長様」

「そうね。今日の議題はずばり、「男女間の友情は成立するか」、よ」

「へえ」

「リアクションが薄いわね。まるで女の友情のようだわ」

「うん、ごめん、意味がわからない」

「今のは、「女の友情はハムより薄い」という言葉の引用をリアクションの薄さとかけたのだわ」

「そんな言葉は知らないし、わかりにくいわ! というかそもそも、女の友情はハムより薄いんですかっ!?」

「うすいわ」

「認めたっ!?」

「まあ、往々にしてそういうものよ。まあ、男の友情もあまり変わらないのだけれど」

「そ、そんなことはねえよ。男の友情っていえば、例えば──」

「それはさておき」

「さておくなよ」

「もうすでに会話劇は始まっているのだけれど」

「はあ。俺にはただの雑談のようにしか思えないけどな」

「そこよ。その雑談をいかにおもしろおかしく表現できるか、それは演劇部の我々の手にかかっているのだわ」

「それでですか。さっきから部長が妙なポーズを取りながら話していらっしゃったのは」

「そうよ。そう言って島村桃子は不敵な笑みを浮かべた」

「うぜええ」

「ところで、元々の議題に立ち戻るのだけれど、山田くん、君はどう思う?

   男女間に友情は成立すると思う?」

「まあ、一般的には成立すると思いますよ」

「へえ。一般的には、ね。詳しく聞こうかしら。そう言って島村桃子は──」

「(手で制しながら)まあ、詳しく語るほどの内容ではないんですけどね、まあ、男と女って違う生き物なわけじゃないですか」

「ええ、まあ。そういう見方もあるわね」

「それでいて、恋愛関係に発展する場合とそうでない場合がある。俺は恋愛とか別に経験がないからよくわからないんだけど、恋愛に発展しない段階があるってことは、それは通常の他の人間関係が成り立ってるってことでしょ? それはつまり、友情という人間関係が立っていれば、それはもう、友情と言うほかに呼びようがないのでは?」

「なるほどね」

「部長、ポーズがうざいです。真面目に聞く気がないのなら、この話題はもう終わりにしませんか?」

「そうね。確かに私のポーズはうざいわ」

「そっちに食いつくんですか」

「でもそれは、私一人が奇妙なポーズを取りながら、動きをキメながら喋っているからであって、山田くん、君も同じようにポーズを取っていればそれはそれとして成立するから、君も早くポーズを取りながら言葉を発しなさい」

「部長、うざいです」

「ぶっちゃけ、私一人だけこんなポーズを取らされて、恥ずかしいのだわ」

「ぶっちゃけた!?」

「山田くん、君は、私に──女に恥をかかせるつもり?」

「違います! それなんか意味が違いますから!」

「これは部長命令よ、山田くん、ポーズを取りながら言葉を発しなさい」


  ・・・ぽく、ぽく、ぽく、ちーん。


  山田、突然ポーズをキメながら、


「部長、僕には無理です」

「いい動きね、山田くん。惚れ直してしまいそうだわ」

「もともと惚れてないだろうが!」

「それもなかなかにいいポーズだわ。私のキメポーズコレクションに入れてあげてもいいわ」

「そんなコレクションあったんすか!?」

「次回公演は、変なポーズコレクション集よ!」

「なにーっ!?」

「それでは突然ですが、歌っていただきましょう、

   郷ひろみで、GOLD FINGER’99 」


  音楽がかかる。


  島村が合図すると、スタッフがスタンドマイクをセットする。


  スタッフが何人か出てきて山田をマイクの前にセットする。


「って、俺が歌うのーっ!?」


  歌が始まる。歌う山田。ノリノリである。


  島村はうしろで、全然関係ない動き。

  あんまり目立たないけど、リズムには合ってる。


  サビになるとスタッフが何人も出てくる。

  スタッフのくせになんかちょっと派手な格好。


  あちちあち、と全員で踊る。

  動きにキレがありすぎてうける。


  島村は相変わらずなんか違う動き。

  でもとりあえずリズムには合ってる。


  アップサイド、インサイド、アウト、動きにキレがありすぎ。


  みんな動きが綺麗にあってる。山田が一番目立っている。



  歌の一番が終わると曲がぴたっと止む。


「なんだこの茶番は!?」

「君だってノリノリだったじゃない! そう言って島村は踊り疲れた汗を拭った」

「このバックダンサーさんたちはなんですか!?」

「よく見なさい、演劇部のみんなじゃない!」

「お前らなにやってんのこれーっ!?」

「よし、諸君、ありがとう。もう帰っていいから。はい、解散!」


  だらだらと雑談しながらはけるスタッフたち。


「ほら、だらだらしない、てきぱきはける!」

「はけるとか言うなっ!」

「ふむ、やはり私は君のそういうところが好きなのだわ」

「そういうところって?」

「聞きわけのいいところ」

「・・・それってどういう」

「君は私が言った通りにポーズを取って、私が言った通りに歌い始めた。

   こんなに聞きわけのいい子は他にはいないわ」

「・・・・・・」

「君には自己がない。私にはそう感じられる。歌ではアチチアチなどと言っていたけれど、それは歌詞にそうあるから言っているのであって、誰かに言わされているのであって、君にはそんな、熱い熱情があるようには私には思えない。きっと君は、今のように、ずっと他人の決定に従って生きて来たのだろうね」

「・・・・・・」

「厳しいことを言うようだけれど、私は君の聞きわけのいいところは好きだけれど、周りに流されるだけで自分自身を持たない君は嫌いなのだわ」

「・・・叱咤激励の言葉、ありがとうございます。あなたのように、そういうことを言ってくれる人がいるっていうのはとても幸せなことだと思います。

   でもね、俺にだって自分の意思くらいはありますよ。さっきの話、男女間に友情は成立するかって話。一般的には成立すると思います。でも、俺には当てはまらない。俺、惚れっぽいんですよ。女子ってだけで、気になるし、優しくされたら、すぐに好きになる。部長とも、きっとずっと二人っきりでいたら、女性として好きになっちゃいますよ」


  ホラ貝のぶおおんという大きな音がする。


「げ、神崎が呼んでる。じゃあ部長、俺、行かなきゃいけないんで」

「最近は、お姫様に振り回されているようね」

「ええ、まあ」

「部活にはいつでも戻ってきていいし、困ったことがあったら言ってくれていいわよ」

「その言葉、ありがたくちょうだいしておきます。ただ、俺は最初から演劇部員じゃないっ!! 仮入部2年目の幽霊部員だ! そしてあなたに振り回され続けてるだけのただの普通の男子だ!」

「はっはっは! そういえばそうだったわね。ときに山田くん、神崎さんを演劇部に誘ってみてはくれないかしら。彼女の美貌は我々にこそ必要なのよ」

「いちおう言ってはみますけど、絶対に入らないと思いますよ」


  ホラ貝の音がこだまする。


「やべっ。それじゃあ、島村先輩」

「ん」


  山田、走って部室を飛び出す。


  ホラ貝のぶおおんって音。


「しつけえよ! 聞こえてるよ!」


  島村、優雅にポーズをキメながら、


「よし、それでは演劇部員諸君、次回公演、アチチアチの稽古の再開なのだわ!

   ん? なに? そんな曲古くて、部員の誰も知りません? 部長って、いま何歳なんですか? ──はははは、そんなの推して知るべしとしかいう他ないじゃあない。

   島村桃子はそう言って高らかに笑いながら踵を返したのであった。

   おーっほっほ!! おーっほっほ!!」



  /


  場面は教室。


  山田が駆けて来る。


  神崎の手にはでっかいホラ貝。


「ごめん、神崎!」

「──遅いっ!!」



  暗転


  第一幕、完。

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