これからは、そういう『設定』で!
なつみ@中二病
第1話 第一幕ノ一
全てが色あせて見える世界。
しかしそれはただの日常。
いつも通りの日常。
そんな灰色の世界の断片を、君の声が鋭く切り取る。
それは覆い貼られたトーンを鋭いカッターで切り裂いたように。
「焼きそばパン」
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みなさんは、ぱしりという言葉をご存知だろうか。強い人や偉い人の命令で使い走りする人のこと、だそうだ。まあ、つまり今の俺のことだ。
例えばここに、焼きそばパンがある。ぱしりをやらせている、命令している側の人間は、どうも焼きそばパンを買いに行かせる習性があるのだと最近の俺は確信している。これはある種の儀式のようなもので、ステレオタイプのようなもので、焼きそばパンを買いに行かせることによって、命令する側は、ぱしらせているというアイデンティティを保っているのではないか? と、俺はそう思うわけだ。
そしてぱしられている人間も、自分が命令に従うことによって己のキャラクターを守っているのでは、と、そう思う今日この頃。これ以上言うとまるで俺がいじめを肯定して助長しているのではないかと思われるので、このへんでやめておこう。ちなみにうちの学校にいじめはありません! たぶん。とまあ、俺が何を言いたいのかと言うと、ぱしりとして焼きそばパンを買いに行かされている俺は、どうしようもなく作りものっぽいというか、設定じみているというか。世の中にはそういうものがたくさん転がっていると思う。
運動が得意だ、甘いものが好き、あの二人は付き合っている。それは先天的な理由だったり、後天的な理由だったりはあるけれど、結果や現象や趣向や関係に、名前がつけられたってそれだけのことではあるけれど、それっていうのは『設定』って呼べるんじゃあないかって。
ちなみに俺の設定は、平凡で、無気力で、どこにでもいるような若者だ。物語の主人公になるような、そんな劇的なタイプの人間じゃあない。だから、今から始まる物語の主人公は、決して俺なんかではなく、一人の女子。女の子。俺はその子の物語のただの語り部だと思ってもらって構わない。ちなみに俺が誰のぱしりかっていうと、その主人公の女子なわけだが。そんなこんなで、物語は、俺が焼きそばパンを買いに行かされている、今この瞬間のシーンから始まる。
これからは、そういう設定で。
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山田洋(やまだ ひろし)は校内を駆け回っていた。
女王、神崎真姫(こうざき まき)の命を受け。
焼きそばパンを買って来てというその一言に文字通り踊らされ、彼は校内を駆けずり回っているのである。
パンの他にも彼女の要望はある。
ジュース、お菓子、筆記用具、ノート、教科書、誰かのマンガ、その他もろもろ。
その全てを揃える為に山田は学校中を走り回り、人を回り、目を回している。
まるでそれは借り物競争だ。
いろんな人にぶつかりながら、物々交換もありながら、山田は戦利品を抱えてゴールの教室にたどり着く。
教室のドアを開けると、そこには光が射していた。
比喩などではない。が、実際に窓からの光というわけでもない。
そこには、輝くべくして輝く、女王の姿があった。
彼女の名前は神崎真姫。
この学園のアイドルだ。
容姿端麗、眉目秀麗、明眸皓歯、羞花閉月。
美人や華人や麗人を形容する全ての言葉は彼女を形作る為に生まれたとも思える。そんな存在だ。
山田が走りまわっている間に、彼女の周りには人が集まっていた。
何人かの男子には交際を迫られている。
こんな短時間に──と、山田は嘆息する。
神崎真姫はモテる。
どれくらいモテるかというと、彼女が歩くとこれだけの人が集まってくる程に。
例えば昼休み、学校の中庭を歩いただけで、
みんなが噂をしている。
女子たちはみんな「あの子かわいい」「お人形さんみたい」「綺麗な子。どこのクラスだろう」
男子たちもみんな「マジかわいくね?」「あんな子が彼女になってくれたらなあ」「めちゃくちゃかわいー」「彼氏とかいるのかな」
みんながちやほやする。
ランチに誘ったり、デートに誘ったり、
人だかりの中、神崎が歩き、オーラをまき散らすとみんなが倒れる。
モーゼが海を割ったかのごとく、人の有無が道を作られていた。
山田は一言、
「おまたせ」
「遅いっ!」
神崎は腰に手をあてて、かんかんになって言う。
その足元には人間でできた山がそびえ立っている。
そんな中、人間の海と山を割り、一人の男が現れる。
学校イチのイケメン、持杉実(モテスギ ミノル)である。
「やあ神崎さん。君は今日も美しいな」
「あら、クラスの人気物で成績優秀、スポーツ万能、顔はそこそこイケメンの持杉実くん、おはよう」
「おはよう神崎さん。しかし君は間違っているよ。僕は、クラスの人気者で成績優秀、スポーツ万能、顔もかなりイケメンの、持杉実だ」
「あらごめんなさい。クラスの人気者で成績優秀、スポーツ万能、顔はまあまあイケメンの持杉実くん、おはよう」
「だから違うよ。僕はクラスの人気者で成績優秀、スポーツ万能で」
「もういいよ」
「もういいか」
「ところで何の用かしら、持杉くん」
「何の用とは心外だな、神崎さん。僕は朝の挨拶を君にしただけだよ。それと、先日のデートのお誘いの返事を聞こうと思ってね」
「あら、その件については丁重にお断りしたはずだけど?」
「おいおい、そいつはつれないんじゃないかい、神崎さん。君はこんな虫みたいな男とはつるんでいるのに、僕とのデートは了承してくれないだなんて」
「・・・・・・」
「こいつはあたしのシモベよ」
「・・・・・・」
「ほほう、さすがは崇高なる神崎さん。奴隷制度なんて概念が存在しないこの世の中で、シモベをつき従えているだなんて。君は本当に素敵だなあ」
「時間や労働において、人間はすべからく何かの奴隷であるとあたしは思っているけどね。ところで持杉くん、授業が始まるから、この話はもうお終いにしてもらえるかしら?」
「それじゃあ、解答は保留ってことでいいのかな?」
「保留も何もないわ。あたし、あなたと付き合うつもりも、デートするつもりもないから」
神崎は乱暴に山田の手から焼きそばパンを奪う。
踵を返し、その場を去る。
去り際に、きっと山田を睨み付ける。
持杉は神崎の背を見送りながら、
「神崎さん、君はなんて素敵なんだ。きっと僕が、振り向かせてみせる。手に入れてみせる」
持杉、去ろうとするが、山田の姿が目に留まる。
「山田くん、君は何か勘違いしているようだが、君は神崎さんにとって特別なんかじゃあない。──君は、神崎さんには似合わない」
「・・・・・・」
持杉、去る。
取り残された山田。
教室は先ほどまでのきらびやかさはない。
まるで光源を失ったかのように、うすぼんやりとした空気が漂っていた。
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