グラウンドの決戦(後編)

「相変わらず、無茶苦茶だなぁ・・・・・・」

 一方的な血祭りが行われている戦場を遠目に眺めながら、平坂はぼそりとつぶやいた。大勢のギャラリーの中に混ざって、静かに観戦している。

 今朝の不良たちとの闘いの中で見せた意味不明の強さから「拳と拳がぶつかり合うような勝負に持ち込めれば鉄条に有利だろう」とは思っていた。しかし、まさか学園の治安維持部隊をこうも容易く蹴散らしてしまうとは・・・・・・新聞部の女が語った逸話は、やはり真実らしい。

「さっすが『粉骨砕身の鉄条るりり』! その鬼神のごとき勇猛さは高校でも健在ね!」

 ちなみに、その新聞部の女は平坂の横でカメラを構えていた。後で記事にでも載せるのだろうか、興奮気味に鼻を鳴らしながらシャッターを切りまくっている。

「『下克上の決闘』のときを思い出すわぁ~。あのときもこんな風に、返り討ちになった不良たちで一つの山ができてたのよ! でも地面に穴が空いてない分、今はまだ落ち着いてるわね」

「穴まで空けたんだ、彼女・・・・・・」

 しれっと眼鏡の女が口にした情報に、平坂は身震いしてしまう。いったい、どんな訓練を積んだらそんな怪物じみた芸当ができるようになるのだろうか。

「でも彼女、入学したときは普通の・・・・・・大人しいくらいの女の子だったよ?」

 少年の辟易した様子を察したのか、伊勢は自分の話に注釈を加えた。

「でも、半年くらい経った頃に不登校になっちゃったのよね~。それで、二年に進級してしばらく経った頃、久々に顔を見せたんだけど・・・・・・そうしたら、今みたいな風になったってわけ。ほんと、人って変わるものよね」

 にわかに信じがたい話だった。目の前で血みどろの惨劇を繰り広げている怪物じみた女にも、大人しいと形容されたり不登校に追い込まれたりした時期があったのか・・・・・・ていうか、その学校に来てない間に何があったんだろう、彼女?

 そこで、平坂はグラウンドの方に視線を戻した。

 どうやら、既に大方の決着はついてしまったようだ。あれだけ居たはずの風紀委員たちは全員、地面に突っ伏したり、山形に積み重なったりして気絶している・・・・・・残っているのはリーダーである塚田権太郎ただ一人だけだった。

「・・・・・・ふむ、思ったより早かったな。さすがは『粉骨砕身』と言ったところか」

 だが、部下を全て失ったはずの塚田が狼狽した様子はなかった。ただ冷静に、それどころか嬉々とした様子で状況を分析している。

「我が精鋭たちを単身、それも無傷で全滅させてしまうほどの力・・・・・・どうやら君も『アウェイク』だと見た」

「・・・・・・だから、何なんだそれ?」

 得意げに言い放った巨漢とは対照的に、鉄条の反応はやや困惑気味だった。

「今朝の不良の中にも同じことを言っていた奴が居たが・・・・・・いったい、何のことを言っているんだ? さっぱり分からんぞ」

「おいおい・・・・・・とぼけるのはやめにしたらどうだ? それほどの力、まさか知らないまま振るっているわけではあるまい?」

 相手の胡乱げな態度に巨漢は苛立ちを覚えたらしく、ほんの小さく舌打ちした。

 それを遠目で眺めていた平坂が、隣の新聞部の女の肩を叩く。

「ねえねえ伊勢さん。『アウェイク』って何なんですか?」

「あのさ、君・・・・・・アタシは便利な情報屋じゃないんだけど?」

「ごめんなさい、知らないんですね」

「新聞部の情報網を舐めないでくれる? それくらいの情報は入手済みよ」

 安い挑発で話を引き出すことに成功し、平坂は内心でガッツポーズを決める。

 不承不承といった様子で、伊勢は解説を始めた。


『アウェイク』。

 平たく言えば、それは超人的な能力に目覚めた人間の総称である。まったく原因は分からないのだが、近年、この地域では、普通の少年少女が何の前触れもなく特殊な能力を覚醒させるという事例が後を絶たないらしい。詳しいことはまだ研究中だが、一説では、覚醒した能力は大なり小なり「本人の性格」に由来した形態をしているのだという。


「・・・・・・全身全霊をもって、あらゆる障害を粉砕するその剛腕・・・・・・まさしく『粉骨砕身』と呼ぶに相応しいではないか。いやいや、敵ながら感心せずには居られんぞ」

「・・・・・・知らん」

 塚田にしては珍しく言葉通りの賞賛だったが、それを鉄条が受け取ることはなかった。不愉快と敵意に顔を滲ませて、吐き捨てるように告げる。

「私はいつだって、学校の風紀を正すものとしての任を全うしているだけだ・・・・・・そんなことより、まだ続けるつもりなのか? 大人しく負けを認めれば、そこの手下どものようにするのだけは勘弁してやるが?」

「・・・・・・どうやら、今度は君の方が私を侮っているようだな」

 そう言いながら、塚田は分厚い手のひらを地面に付けた。まるで陸上の選手がスタートラインで準備するように小さく身をかがめる。

「私はさっき『君も』アウェイクだと言ったのだ・・・・・・戯れ言は、俺様の一撃を受けてから吐いてもらおうか!」

 次の瞬間、塚田の姿がグラウンドから消えた。

 それと同時に、骨と骨とが衝突する鈍い音が響き渡った。直前まで鉄条の間合いの外に立っていたはずの巨漢の剛拳が、とっさに庇った彼女の腕に一撃を食らわせたのである。

 今まであらゆる攻撃をかわしてきた鉄条が、初めて相手の攻撃を受けた!

「くっ!」

 思わず、鉄条は苦悶の声を漏らした。わずかコンマ数秒の間に距離を詰められたのが予想外だったのだろう。体勢を立て直すために一旦、身を退こうとする・・・・・・だが、塚田はそれを許さなかった。

「遅いわぁ!」

 目にもとまらぬ速度で接近した巨漢が、再び強烈な一撃を打ち付けてくる。鉄条はかろうじてそれを防いだものの、次から次へと繰り出される暴風雨のような連続パンチの前に、反撃の糸口を掴むことができない!

「ぬっはっはっはっは! さっきまでの威勢はどうしたぁ!」

 愉快そうに哄笑しながらも、塚田は決して攻撃の手を休めなかった。反撃手段を持たない弱者をいたぶるようにラッシュをかけていく。

「あ、あの人・・・・・・鉄条さんよりも動きが速い!?」

 そう叫んだのは、外野で観戦している平坂真生だ。目の前の光景が信じられないらしく、口をわなわなと震わせている。

 あっさりと勝負に乗ってきたことから、それなりに自分の腕に自信があるのだとは思っていた。しかし、まさかあの怪物じみた鉄条と張り合うほどの・・・・・・追い詰めるほどの実力があるなんて!

「『迅速処罰』・・・・・・それが塚田権太郎に付けられた二つ名よ」

 カメラを構えていた伊勢マリコが小さく呻いた。あくまでシャッターを切り続けながら、話を続ける。

「体制側の忠犬として反乱分子を鎮圧してきた塚田だけど、最も恐れられたのは手口の横暴さや問答無用ぶりじゃなく『見つけ次第、迅速に処罰する』ということだったそうよ・・・・・・まさか文字通りの意味だとは思わなかったけどね」

「つまり、物理的に速かったってことですね」

 何ともデタラメな男である・・・・・・というか、もしかしてこの学園ってそんなのばっかりなのだろうか?

「見たか『粉骨砕身』! これが俺様の『迅速処罰』だぁ!」

 そこで、塚田が地面に両手を付けて獣のように咆哮した。直後、圧倒的な速度で再び攻勢に入る。

「風紀委員長の任を負って以来、俺様は学園の秩序を守るために連日奔走してきた! 校長の忠実なる尖兵として、反乱分子の鎮圧を命じられれば即日・一掃! そんな敬虔なる俺様の中に目覚めた能力こそが、この『迅速処罰』なのだ! ぬっはっはっは!」

 相手の動きにピッタリと肉薄しつつ、巨漢は徐々に獲物を追い詰めていく。

 あまりに一方的な状況がそうさせるのだろう。その顔には勝ちを確信したような笑みが浮かんでいた。

「数多の不良の肋骨を砕いてきた鬼神だか何だか知らんが、その鈍間な足では俺様の速度には追いつけまい! 大人しく沈めぇ『粉骨砕身』!」

「・・・・・・なるほど。思ったよりも強いな、貴様」

 そこで、鉄条の顔色が変わった。

 同時に、身体の動きをピタリと止める。勝負を投げたか? 一方的な戦況を見せつけられていた観客の中には、そう考えた者も少なくなかった・・・・・・だが、彼女の表情は到底、諦めた人間のそれではなかった。むしろ、死地の中に活路の光を見いだした勇者のようでさえある。

「終わりだ!」

 巨漢の凶拳が、再び彼女の眼前に迫り・・・・・・

「・・・・・・ふんっ!」

 止まった。

 正確に言えば、塚田はなおも鉄条の顔面に一撃を食らわせようと踏ん張っている・・・・・・だが、ピッタリと合わせるように繰り出された彼女のストレートパンチが、剛拳の勢いを相殺したのだ。打ち抜いて伝わってきた衝撃に耐えられず、巨漢の身体が後ろにつんのめる。

「ぐっ! こしゃくなぁ・・・・・・!」

 どうやら調子に乗って単調な攻撃を繰り返しすぎてしまったようだ。だが、一度くらい見切られたところで、再び『迅速処罰』で加速すれば・・・・・・

 そのとき、塚田の腕を異変が襲った。

「あがっ! しまっ・・・・・・腕ぇ! 腕がぁ!」

 直前に鉄条と打ち合った方の腕を抱えながら、塚田は苦悶の声をあげた。骨の芯を揺さぶるような激痛が走ったのである。しかし、彼が狼狽したのは単なる痛みからではない。

「どうやら当たりだったようだな・・・・・・その『迅速処罰』とやら、地面に手を付けなければ使えないのだろう?」

「っ!?」

 その鉄条の指摘に、塚田の顔が見る見る血の気が引いていく。

「最初から妙な姿勢だとは思っていたが、『校長の忠実なる尖兵』という言葉でピンと来た。お前の能力の本質は『忠犬』・・・・・・つまり、四足歩行の犬だ」

 そう言って、鉄条は自分の手を地面に伏せた・・・・・・その格好は、先ほどから塚田が加速する前に見せていたのと同じ姿勢である。

「ならば話は単純だ。前足の一本・・・・・・つまり片方の腕を封じてやれば、もう自慢の速度を出すことはできない・・・・・・覚悟はいいか?」

「ひっ・・・・・・ひいぃ!」

 その鉄条の姿が、鬼か悪魔にでも見えたのだろうか。うろたえた塚田が、尻尾を巻いて逃げようとする・・・・・・だが『迅速処罰』を封じられた巨体は、その形の通り愚鈍だった。背を向ける暇もなく、すぐに肉薄されてしまう。

「鉄拳!」

 腹部にアッパーを食らった塚田が宙を舞った。

 すかさず、鉄条は十メートル以上は上空にある巨体に向かって跳躍する。

「制裁!」

 華麗な踵落としを食らった巨漢は、隕石のようにグラウンドの地面に墜落した。

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