『粉骨砕身』の伝説

 一年前までの県立府木玉中学校は、いわゆる不良校だった。

 教師陣ですら手を付けられぬ悪党たちが我が物顔で校内を闊歩し、善良な生徒たちは悲鳴さえあげられない・・・・・・それでも学舎に赴かなければならない状況を「生き地獄」と形容した生徒すら居る。

 そんな母校を変えようと立ち上がったのが、鉄条るりりだった。

 不良グループの台頭により形骸化して久しかった風紀委員長の役職に、唐突に彼女は立候補したのである。もちろん、対立候補など一人も居ない。それどころが選挙の所信表明の場にさえ一人も来なかった。ただの茶番・・・・・・そのときはまだ、誰もがそう思っていたからだ。

 だが、鉄条るりりは大真面目だった。

 就任するやいなや、彼女は有名無実だった風紀委員の仕事を実際に行い始めたのだ。校門での身だしなみのチェックや非行の取り締まり、割れた窓ガラスの修繕まで、綱紀粛正の範疇に含まれるありとあらゆることを一人で行った。

 当然、反発を買った。当時、府木玉中は不良グループの天下だったのだ。そんな中で、こともあろうか風紀の引き締めなど許されるわけがない。彼女が何かをする度に、不良たちは難癖をつけて突っかかっり、非行に拍車をかけたりした。

 そんな不良たちを、鉄条るりりは一人残らず血祭りに上げた。

 校舎を荒らす者、非行に走る者、風紀の引き締めに反発する者・・・・・・彼女に綱紀粛正の障害となると判断された者は、一人の例外もなく鉄拳の餌食とされたのである。

 そのあまりの凶暴さを危険視して、当時は三つの勢力に分かれていたはずの不良グループがついには連合を組んだ。風紀委員長たった一人に対して、学校中の不良を終結させて立ち向かったのである。

 が、結果は返り討ち。

 後に「下克上の決闘」と呼ばれる全面衝突は、鉄条ただ一人の勝利に終わった。その日、校庭には死屍累々の不良たちが積み上がって一つの山が出来上がったという。「アンシャンレジームは崩れ去った!」と、その様を指差して言った生徒も居たという。

 ともかく、その決闘以来、鉄条るりりに逆らう人間は校内に一人も居なくなった。かつて不良の巣窟だった府木玉中も、彼女の意向が強く反映された清廉潔白の県立中学校として生まれ変わったのだ。

 そのように、風紀委員長として身を粉にして働き、それ以上に不良たちの肋骨を砕きすぎた彼女のことを、周りの皆は畏敬の念を込めてこう呼んだ。

『粉骨砕身』鉄条るりりと。



「・・・・・・そんなわけで、手のつけられなかった不良校を拳一つで改革した鉄条るりりの手腕は学校関係者の間では一つの伝説なのよ。噂では、その手腕を買われて高校に推薦入学したっていう話もあるくらい」

 一通り武勇伝を語り終えたところで、その語り部であった伊勢は得意げに鼻を鳴らした。その態度から、彼女の中には歴史の証人としての自負が少なからずあるらしい。

 しかし、それを聞き終えた平坂は対照的に唖然としていた。言葉を失ったまま、眼球だけを動かして隣の席を見ている。

 まさか自分が平凡な学校生活を送っている間に、そんな血飛沫にまみれた学園バトルに身を投じていた同い年の人間が居たとは・・・・・・世界って広い。

「・・・・・・その話は外野から見ていた連中が面白おかしく語っているに過ぎん。私は自分の職務を全うしただけだ」

 ただ、当の武勇伝の主人公、鉄条るりりは讃えられた栄光をあまり良く思っていないようだった。当事者としては色々と複雑な感情があるのかも知れない(あるいは、語り部によってだいぶ脚色されているのかも)。

「・・・・・・すごい人なんだね、鉄条さんって」

「ん? いや、それほどでもないぞ」

 その平坂の言葉にはだいぶ複雑な感情が含まれていたのが、鉄条がそれに気づいた様子はなかった。単純に賞賛として受け取ったらしく、照れくさそうにしている。

「ていうか、高校に推薦入学ってマジな話なの?」

「それは本当だ」

 当たり前の事実を告げるように、鉄条はあっさりと言った。

「ここの理事長から『是非とも我が校の綱紀粛正をしてもらいたい』と熱心勧誘されてな・・・・・・それで三年間、風紀委員長を務めることを条件に入学を許可された。まあ、他に行くあてもなかったし、ちょうどいいと思って乗っかった」

「・・・・・・世の中って不公平だ」

 この世の不幸を一身に背負ったような顔で、平坂は力なく机に突っ伏した。

 自分のような平凡な学生たちがコツコツと受験勉強に励んでいる横で、秀でた人間は持ち前の能力で特別枠を勝ち取って難なく進学を決める・・・・・・勉学の場ですらこうなのだから、やるせない。しかも、まさか風紀委員長にまでスポーツ推薦のような枠が認められているとは・・・・・・

「ん、ちょっと待って。おかしくない?」

 だが、平坂は話している内に、彼女の話に違和感を覚えた。

「風紀委員長みたいな役職って、普通は二年の終わり頃に選挙で選ばれるものじゃないの? そんな風に新入生を任命しちゃったら、色々と問題があるんじゃ・・・・・・」

「だから、私は特別に認められたと言っているだろう?」

 おそらく鉄条は、また平坂に悪感情を向けられていると思ったのだろう。だが、今回に限って言えば、彼の疑問は文字通りの意味だった。

「君が特別でも、学校の制度が特別だとは限らないって話をしてるんだよ。もしも去年、普通に役員選挙が行われていたら、今、上の学年には普通の選挙で選ばれた風紀委員長が居るはずじゃ・・・・・・」

「その通りだぁ!」

 猛獣の咆哮のような怒号と共に、教室の扉が蹴破られた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る