CrossHearts

刹那END

Prologue



 “生まれた時、私たちは神に誓わなければならない”。



 ある高校の屋上。そこで一人の女子高生が、屋上にいる、もう一人の人物に見つからないように、鳴りを潜めていた。

 彼女は、その高校の生徒であり、もう一人の屋上にいる男子高校生もまた、その高校の制服を着ていた。

 傍から見ると、屋上で彼女が彼に告白しようとしているようにも見えるが、彼女の表情からは、恐怖が滲み出ていた。



 “光を求めて抗うこと。闇には決して堕ちないこと”。



 何に対する恐怖なのか。それは彼女以外には誰も知り得ない。

 彼女は、その恐怖と必死に戦っていた。

 いつもならば、戦っても負けてしまう彼女だが、今回はそういうわけにはいかない。

 自分を変えるためには、自分を変えるきっかけの一歩を、踏み出さなければならないのだ。



 “しかし、人は弱い生き物で、この誓いを破ってしまう者もいる”。



 彼女は、手のひらにある、十字架の腕飾りを眺めた後、意思を固めるように、それを強く握り締める。屋上にいる人影に目を向けた。

 直接、男子を確認できたのは、右目だけで、彼女の左目は、今、眼帯で塞がれており、直視することはできない。



 “抗うことができず、求めていた光を失い、闇に縋りついてでも生きようとする”。



 彼女は、彼の背中を見つめながら走り出す。

 手に収まるほどの大きさの十字架をナイフに見立て、それが彼の背中に当たるまでの時間は一秒ほどだった。

 男子生徒の方は、背中に当たった時に、初めて彼女の存在に気付いたようで、振り向くと、目を見張った。



 “闇に呑まれてしまった人――――私たちはそれを――――”。



「これでおしまいです――――」


 彼女が呟いた瞬間、彼の背中に当たっていた十字架がその形状を保ったまま、大きさを変え、彼の体を突き刺す。

 十字架の形をした剣となったそれは、彼の体の心臓部分を貫いた。


「くっ……!」


 苦しそうな表情を浮かべる男は、口元から血を吐き出しながら、屋上に倒れこむ。

 同時に、刺さっていた剣は、体から抜けて、刃に大量の血を付着させながら、彼女の手に握られていた。

 彼女は、今まさに、殺人という罪を犯した、と、この状況だけ見れば、普通はそう思うだろう。

 だが、彼女が心臓を貫いた男は、人と呼べるようなものではなかった。


「狙う相手……間違えてんぞ……くそアマ……」


 心臓を貫かれても尚、口を開く男は、倒れた体を起こそうと、腕に力を入れる。


「どうして……どうして、まだ生きてるの……!?」


 たとえ人ではなかろうと、心臓を貫けば死ぬはずだった。だから彼女は、心臓のある場所を刃で貫いたのだ。

 死ぬと思っていたのに、男は口を開き、立ち上がろうとしている。

 目の前で見ていた彼女は、恐怖から、一歩、また一歩と、彼の元から退いていく。


「俺はなァ……神様から嫌われてんだよ」


 胸から大量の血を垂らしながらも立ち上がる。それはまさに人ではない異形のもの。

 彼女の中に生まれる恐怖。

 それは先ほどの恐怖とはまた別の、死に対する恐怖だった。

 死が彼女を包み込もうと、彼女の足を躓かせる。

 カランと音を立てて、屋上に転がった十字架の剣。

 彼女の見上げる先には、制服を血で真っ赤に染めた存在があった。


「どうして……」


「どうして……? そりゃあ、お前。心臓を神様以外の奴に捧げちまったからだろうなァ?」









 “――――悪魔と呼ぶ”。



















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