第20話 不死者 Z その伍
「たすけて」
ヒーローは、何をするべきかを理解した。
首筋を噛みつかれる寸前、田中は杏里を勢いよく抱きしめた。右手は杏里の頭に、左手は腰に。
「!?」
空振りした杏里の顎が、田中の肩の上に乗る。杏里が顔を動かす前に、すかさず田中が首を傾けて、腕と肩と頭で杏里の頭の動きを封じた。
「う、ううっ、う~っ!」
もがく杏里は田中の背中に爪を立てて抵抗するが、彼は腕の力を緩めはしなかった。
「……もう、終わりにしよう」
目前に迫る「彼ら」を見つめて、田中は優しく告げた。
「滅ぼす事に、意味は無い。無に帰しても、何も生まれない。それは根本的な解決にはなっていないから。この力は、これが限界なんだ」
田中は腕の中の少女の背中をしばらく眺めた。小さな背中だった。この背中に、何を背負っているのだろう。
(本当に意味を成すのは、これからの僕たちの未来だ。僕はこの娘を守って、この背中に背負わす荷物を一つでも減らせれば、それ以上は望まない)
「彼ら」が二人に手を伸ばした。杏里のポニーテールに何十もの赤い手が迫る。
(だから、これが僕の答えだ)
田中は目を閉じた。直後、身体全体に赤い光が覆い始めた。
そして。
田中の身体から赤い光が放たれた。
それはいつかの、田中が浴びた赤い光と同じだった。それが今、この瞬間に放出できることは田中自身も理解してはいなかった。完全な賭けだった。
それでも。身体が、血が、対応した。田中の心に答えた。
円状に放たれた赤い光は一瞬にして駐車場を突き抜けた。
赤い光は瞬時に拡散し、町のあらゆる場所を瞬時に駆けた。
デパート、プール、墓地、路地裏、川辺、空き地、銭湯、大通り。
杏里と「彼ら」は勿論、町の全ての人々が自身の身体を赤い光が透過した。あまり一瞬の事で、気が付いた者は少なかったが。
しかし、誰しもが胸の中に温かいものを感じ、立ち止まった。車を運転していた者ですら、運転を止めた。
異変はすぐに起こった。
「あっ…………」
杏里の首筋から緑色の煙が立ち上ると同時に消滅し、彼女は意識を失った。
「彼ら」も同様だった。手を伸ばしたまま、次々と「彼ら」が倒れていく。町に残っていた「彼ら」も倒れた。
町は僅かの間、静寂に包まれた。
「…………ん」
目を覚ました樋口杏里は、自分が駐車場にいる理由を数秒間思いだせずに瞬いていた。
そして息をのんで立ち上がると、慌てて周囲を見渡した。そこには倒れている人々の姿があったが、その顔は穏やかであった。先刻の自分と同じく意識を一時的に失っているだけだと杏里は察した。
だが、彼女が見つけたかったのは彼らではなかった。
駐車場の端へ歩くと、鉄筋の隙間から町が見えた。鉄骨にしがみついて、杏里は叫んだ。
「田中さああああぁーん!」
彼女の声は、雪解けの始まった静かな町に響き渡った。
誰も、返事はしなかった。
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