第19話 不死者 Z その肆

 杏里の首筋の血管が浮き上がり、不自然に脈打ち始めた。苦痛にゆがむ小さな顔に汗が噴き出ている。

「う、ぐ、あ、ああっ……!」

「杏里ちゃん、杏里ちゃん!」

 田中は杏里を抱き上げた。だらりと垂れた両腕と、力の入っていない人体の重みが田中の中の焦燥を膨らませた。

 死なせるものか。田中は己に言い聞かせるように呟いた。

「仮死にだって、させるものか……!」

 ところが、最悪の事態は重なるものだった。

「田中、さんっ……う、うし、ろ!」

 杏里が弱弱しく指した方向には、十数人の仮死者が田中たちに向かってふらつく足取りで近づいていた。

 原因は恐らく、

「――この血か!」

 田中の目の前には杏里の首筋から垂れたらしい血の跡が点々と続いていた。仮死者たちはこの血を辿ってやってきたようだった。垂れている血を舐めている者もいる。血の先には肉があると本能的に悟っているのかもしれない。

「どうすれば……どうしたら……?」

 だが、現状で彼ができることは皆無だった。死んでいるものを殺す事は出来ない。仮死状態の「彼ら」に打てる手は思い浮かんでいなかった。

 

「……待てよ、と同じことができるなら」


 田中は以前、怨霊の類と思われる動く骸骨に襲われたことを思い出した。その時は、血に頼った。自身の力の源が、血である事は理解していた。田中は窮地に立つと、血を活用した戦い方をしていた。あの時も、血を骸骨に浴びせて対処した。

(血を使えば、なんとかなるか?)

 田中は右手を一瞥して、小さく首を振る。

(いや……ダメだ。それだと結局殺してしまうことになる。仮死どころじゃない、本当に命を奪ってしまう)

 正解を求めて視線がさまよう。

 しかし現実はもう待ってはくれなかった。

「た、たた、たな、か、さ、さん……ご、めん、な、さい」

 少女の声は、これ以上になく震えていた。

「杏里ちゃん!」

「だ……め、です。わ、わた、しは……もう」

 杏里の身体が、不規則に痙攣していた。「彼ら」と同じになるまで、もう間もないのが田中にも分かった。

 見れば、「彼ら」もあと十メートル近くにまで近づいていた。

「にげ、て、く、くく、くだ、さぃ」

「逃げるわけないだろう! 僕は、君を見捨てない!」

 田中は咆哮した。

「絶対諦めない。最後の最後まで、絶対にだ!」

 その言葉に、杏里が目を見開いた時、

「……うっ!?」

 田中の首が掴まれていた。

 

「……っぐ、あっ……ああっ……!」

「た、たな、か、さ……ご、ごめ……」

 手の力が強まる。片手が右肩に移動した。

 杏里が起き上がり、迅速に、的確に、田中の首筋に顔を寄せる。開いた口から犬歯が光った。

 その一瞬。

 田中は耳元で確かに声を聞いた。








「たすけて」










 ヒーローは、何をするべきかを理解した。


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