第17話 不死者 Z その弐

「あー、さっむ……もうじき春だってのに何で雪なんか降るかなー、へっきし!」

 デパート沿いの歩道を歩く男の底の厚い靴が歩道に残る雪を踏み潰す度に、軽やかな音を鳴らしていた。手にはコンビニの袋。缶の重みで袋は僅かに伸びている。

「ま、そういう日に飲むコーヒーは格別なんだよなー……あ?」

 雪を踏み潰す音をかき消したのは、何者かが男の目前に落下した音だった。風船の破裂音を思い起こさせるその音は、通りのビル群やマンションによって小さくだが反響した。一瞬の静寂の後、

「み、見ちまった……」

 男は額に手を当てた。そしてややふらつきながらも、持ち合わせているありったけの正義感と関心を引き出して、歩道に顔面から落ちた白いコートを着た人物に近づいた。勿論、ピクリとも動かない。既に頭部の辺りの雪は赤く染まり始めていた。

「だ、大丈夫ですかー…………大丈夫なわけないかー……」

 二メートルほど離れた場所から声をかけていた、次の瞬間。

 鮮血を顔じゅうから噴き出しながら、肉塊になりかけていたその人物は起き上がった。



「――遅かったか!」

 田中がデパートを出ると、既に数人の犠牲者がいた。道を徘徊するその姿は最早常人のそれを逸脱していた。うめき声をあげながら、動くものに向かって歩く「彼ら」は皆、身体の一部を屠られていた。

「いい、いでぇ、よぉおお……」

 「彼ら」の一人が、右肩を抑えながら田中の前に歩いてきた。吊り下げられた右手に、ビニール袋をぶら下げている。男の虚ろな眼が田中に向けられた。

「たぁー、たぁーす、けてぇ、くぅれよぉおお……」

 肩に添えられていた真っ赤な左手が田中に伸びた。

「いでぇ、し……はらがああ、へる……んだよおぉおぉお!」

 それは、無意識の狂気。

 田中は一度だけ、一瞬だけ、目を伏せた。

「ごめんなさい」

 懐に潜り込み、手のひらを当てる。しかし、

「あ、ぁああー……」

「え?」

 男は何事もなかった様子で口をだらんと開け、田中の腕を掴んだ。慌てて腕を振り払い距離をとる。

 田中は、さっきサトウが言っていた言葉を思い出した。


『これまでかなり研究させてもらっていたのですよ。貴方は既に死んでいる者には、直接触れても抹殺できなかった……』

『これを打つと仮死状態になり、人の肉を欲するようになります……』


「そうか、仮死状態……! 既に死んでいるから、殺せないのか!」

 同時に、ある種の恐怖を田中は理解した。

「この人たちは生きている。死なせちゃいけないんだ。仮死だから、いつか薬が切れれば元に戻る……はずだ」

 つい先程、自分は殺人を行おうとしていた。

 田中は力を振るう中で忘れかけていた恐ろしさを思い出した。

「う、ああ、あ、あ、あ」

 そして男はついに両手を上げて田中に歩み寄り始めた。




「どうすればいいんだ……?」

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