救(キュウ)
第15話 ヒーロー、披露、疲労
「今日はスタジオに特別ゲストがいらしています! 皆さんご存知、あの方です!」
しわ一つないスーツを着た男性がカメラに向かって笑顔を振りまく。
こういう人をアナウンサーと言うのか、キャスターと言うのか、袖で控える田中はぼんやりと考えた。
民放の放送局ならではの、明るさを前面に押し出したニュース番組は真っ先に生放送で田中を全国のお茶の間に映した。
「『必殺マン』の愛称を持つ、ヒーローの登場です! どうぞー!」
後ろを向くと、スタッフの方に照明の煌くステージを手のひらで示され、田中はプレゼントに欲しくなかった玩具を渡された子供のような顔をしてカメラの前に姿を現した。
拍手の音が鼓膜を破くのではないかと、この時田中は本気で心配した。
プールでの戦いから二日後の事だった。
田中は銭湯の扉を開けると、正太郎がいつだったのように番頭のおばちゃんが座っている台の上で漫画を読んでいた。
「あっ、田中さんだ!」
正太郎は田中の姿に気づくと漫画を閉じて駆け寄ってきた。
「ねえねえ、サイン書いてよ! サイン!」
生放送出演から、一か月後の事だった。
田中の帰宅を待っていたかのように、大家がアパートの前に箒を持って立っていた。掃除をしている体のようだが、見たところチリの山一つも見当たらない。毎日この調子だった。田中は胸のうちでため息をつきながらも会釈をした。
「どうも、大家さん」
「あら、田中君。お帰りなさい今日も戦ってきたの?」
「ええ、まあ」
「あら、凄いわねぇ。流石、『必殺マン』ねぇ、偉いわねぇ」
正直何が凄いのかは田中には理解できなかったし、この褒めまくる扱いも苦手だった。軽く頭を下げて退散しようとして、大家の脇をすり抜けた時だった。
「ありがとうね。こんなに沢山、悪を殺してくれて」
何気なくかけられた言葉が、田中にとっては楔になった。
田中が樋口杏里の姿を見かけなくなって、半年経った日の事だった。
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