第14話 機動怪獣 メカギャラガン
反対側のプールサイドに、どこから来たのか、銀色の巨体がそびえていた。瞳は赤く発光している。全長で五メートルはあろうかというその巨体の姿に、田中は見覚えがあった。
「あの時の怪獣! ……いや、違う。もっと大きかったはずだし、体の色も違う……でも、あの身体の形は間違いなく――!」
「うわああああああああああああああああ!」
「逃げろおおおおおおおおっ!」
人々の悲鳴で田中は我に返った。既に眼下は水から上がろうとする人でごった返していた。阿鼻叫喚が渦巻き、我先にと人が人を押しのける。プールから上がった人も、混乱した様子で走り回っている。急いでメガホンを口に当て、タワーの上から大声で避難を促した。
「落ち着いて、水から上がって下さい! 前の人を押さないで、落ち着いて行動してください! 上がった方はすぐに屋内へ!」
人の塊から対岸に視線を向けると、銀の怪獣は進行を開始していた。水中に飛び込むと、タワーと同じ高さまでしぶきが立ち上った。
「グギャアアアアアア!」
銀色の口内から放たれた咆哮に、集団の最後部にいた老人夫婦の足が止まってしまった。怪獣は二人に向かって首を伸ばし、その口を開いた。
抱き合った老夫婦に影が落ちた。
それは、必殺の男の影。
タワーから飛んだ田中は怪獣の頭部にしがみついた。
「早く逃げて!」
老夫婦は田中が言うが早いか、のろのろとだが歩き始めた。
怪獣は頭を振り回し、降って湧いた脅威を振り落とそうとした。
「グギャアアアアアア!」
「お願いだ、止まってくれ……!」
田中の指に入る力が増す。それに連れて怪獣の抵抗と咆哮が激しくなる。
やがて、瞳から赤い光が消えた。同時に、銀の怪獣の動きも止まる。田中は頭部から手を離し、プールに落ちる。直後、銀の怪獣も真横に倒れ、大波がプールサイドに押し寄せた。
しばらくして浮上した、田中の顔は険しかった。横たわる銀の遺体を見つめて呟いた。
「見られてしまったのはしょうが無いとして……一体、こいつは」
その時。
再び聞こえた悲鳴の方向を向いて――田中は一瞬固まった。
「なんだ、これ……」
そこは、さながら狩り場だった。先程倒したはずの銀の怪獣が、一瞬視認しただけで少なくとも十体、プールサイドを蹂躙していた。人々の行く先に立ちふさがり、熱線を吐いて逃げ場を絶つ。もはや逃走は不可能だった。田中の他のプールの監視員たちがあの老夫婦を背中に回しながらも、硬直していた。誰も田中など見ていなかった。
「これはさすがに想定外……」
すると、一番近くにいた怪獣が口を開いた。その口に光が集まっていく。
決断は早かった。
すぐさまプールサイドに上がり、熱線を吐く寸前の怪獣に拳を突き立てる。集約された光が爆ぜ、銀の頭部を吹き飛ばす。
一度だけ身を震わせて、怪獣が前のめりに倒れた。一斉に赤い瞳が田中に向き、攻撃対象に定める。
その間にも、田中は次の個体の腹部に拳を突き立てていた。さっきよりも、より強く。銀の巨体が、瞬く間にその身を揺らめかせて横たわる。
田中の拳は、殴れば殴るほど、血に染まっていく。それに伴って一撃の威力も上昇する。
(右、左、右、左、右――左右左、右左右左右左右!)
高速で動き回る田中は熱線の間を縫って怪獣に一撃を食らわせる。
既に足の裏の皮膚は裂け、肉で地を踏んでいた。
身体能力も、止めどなく上昇していた。熱線による反撃も、意味を成していなかった。
最後の一体の腹部が、ひしゃげた時、ついに田中は膝をついた。そこには、地に伏せて二度と動くことの無い、十数体の銀の超獣。
硬直していた人々は目の目に広がる光景と、その中心にいる男を凝視していた。事態を飲み込む事すら出来ていない彼らは、まだしばらく動けそうにはなかった。
「やっぱり……殴るのは……慣れないや」
血に染まった田中の拳が震えていた。拳で解決してしまった己の弱さに、震えていた。
だが、運命は彼をそこで立ち止まらせてはくれなかった。
「きゃあああああああああああああああああ!」
甲高い絶叫が響いた。方向は、小学生用の水深の浅いプール。銀色の巨体が彼方に見える。田中の脳裏に、ビート板を抱えた少女の姿が浮き上がった。
「…………間に合えええェッ!」
足の裏からは血がにじみ出ている。炎にあぶられているような激痛が走る。それでも田中は駆けた。一歩踏み出すごとに得られる、足が爆発しているかのような加速、加速、更に加速――!
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァッ!」
鉄砲玉の如く突き出した田中の拳が、怪獣の胴体を背中から貫いた。
最初に田中の目に映ったのは、しゃがみ込んで肩を寄せる小学生たちの前に立ち、両手を広げている樋口杏里だった。しかしその瞳は、何かを畏れて震えていた。
彼女の視線は――怪獣の腹を突き破り、血みどろで現れた田中に向けられていた。
田中は目を見開いた。杏里が何を畏れているのか、悟ってしまった。
「ごめん、これじゃ駄目だね」
次の瞬間、田中は血の池に倒れた。
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