絶対殺すマン。

第10話 怪刀 ランマ

　刀の切っ先が田中の左肩に振り下ろされた。シャツを切り裂き、肉が割れる。

「ぐああああああああっ！」

　鮮血を吹き出す肩を抑えて田中が砂利に膝をつく。

「田中さん！」

「……来ちゃだめだ！」

　痛みを押し殺す田中の必死の叫びに、一歩踏み出した杏里の足は止まった。

　田中は杏里を横目で見て、ゆっくりと首を振る。

「ゔぁおおおおおおおおおおおおおおお！」

　田中が猛る骸骨を見上げると、その銀の凶器は再び骸骨の頭上に君臨していた。

「田中さん！」

　骸骨はもう一度、今度は田中の頭蓋に向かって刀を振るい、

　その刀は、頭蓋に到達する前に、砕け散った。

　鉄くずが田中の頭や肩に、小粒の天気雨のように降り注ぐ。

「……？」

「……え？」

　骸骨も杏里も、空振りに終わった一太刀に理解が追い付かず、その場で硬直した。

　刀を眼前に持ち上げる骸骨。その刀身は三分の一ほどしか残っていない。

「僕の血を……浴びたからだ」

　立ち上がった田中の左肩はだらりと垂れていた。傷口に当てられた右手は赤い塊と化している。

「良かった。血は効くみたいだね」

　田中は右手を半円状に振るう。骸骨の身体に数滴の血が付いた。

「ゔあ？」

　すると血が付着した箇所に、次々と亀裂が入る。亀裂は少しずつ広がり、やがて亀裂同士が繋がって、骨全体に広がっていく。

「ゔあ、ああああああああっ！」

　叫ぶ骸骨の前に、田中は右手を握りしめる。

　直後、骸骨の顎に赤い拳がめり込んだ。

「ゔ、ぅぅぅぅうっ……！！」

　骸骨は呻き、悶え、その身は少しずつ灰に変わる。震える指先から、欠けた刀が落ちた。

「あ、ああ、あ……」

　刀を握っていた手が僅かな間、田中の顔に伸びて、骸骨と刀は灰と化した。

　一瞬の沈黙の後、我に返った杏里が田中に駆け寄る。

「田中さん！　すぐに止血して、病院に……あれ？」

　先ほどまで、あれほど流れていた血が止まっていた。完全に乾き、しかも傷口すら塞がり、切り開かれたはずの肉と肉が繋がっていた。繋がっている所にミシン目のような跡が一本走っているだけだった。

「こ、これは？」

「切られた直後に、切り口に手を入れた。刀の軌道をなぞってね。そうすればある程度は元に戻せる。あの刀もあの怨霊と同種のものだったみたいで良かった。本物の刀だったら、こうはいかないよ」

　杏里は心の奥底で、あの怨霊に切りかかられた時よりも巨大な恐怖を感じた。

　迅速に問題を対処し、悪を必ず消滅させる。何があろうと死にたどり着く、執念にも似た何か。

　この人は、悪を絶対殺す。滅悪に、最も適した人……。

「……どうしたの？　具合悪い？」

　思考の世界に入っていた杏里に田中が顔を寄せる。

「え？　あ、すみません！　ちょっと考え事を」

「そう、ならいいんだけど」

　田中は呟いて、足元に落としてあったビニール袋を拾いあげ、その中に目の前に積もった灰の山を掬い入れる。

　その光景に、殺意は皆無だった。

「でも、この人なら大丈夫かな」

　杏里は田中に聞こえないほど小声で呟いて、灰を掬うのを手伝う為にしゃがんだ。