第9話 悪霊 チシブキ

 二人は近くの公園のベンチに腰を下ろした。

「本当にありがとうございました。私、樋口杏里っていいます」

 樋口はぺこりと頭を下げると、田中も慌てて頭を下げた。

「田中です。感謝されるような事じゃ無いですよ、僕は彼らを絶命させてしまっただけですから」

 田中は膝の上に置いたビニール袋に視線を落とした。

「それ、どうするんですか」

 袋の中身は先程の人造人間たちの、成れの果てだった。遺体は時間が経つと共に砂状に変化した。あのまま放置するのも申し訳ないので田中がコンビニまで走り、ビニール袋を貰ってきて砂を詰め込んだのだった。かなりの量が風に飛ばされてしまった為、一袋分しか回収はできなかった。

「とりあえず、お寺に持って行って供養して貰うかな。悪人として死んだとしても、供養すら受けられないなんて悲しすぎるからね」

 田中が悪の命を奪うようになってからこういうケースは度々あったので、お寺には何度も足を運んでいた。住職に覚えられるほどで、頼めば供養もしてくれた。供養物の詳細は教えていないが、住職はワケありの葬儀には慣れているようで、田中に深く訊くことは無かった。

「……あの、一つ聞いても良いですか」

「はい?」

「田中さんって、やっぱりあの『必殺マン』ですよね」

「……うん、まあ。世で言われてる『必殺マンそれ』には違いないね」


 どんな時でも颯爽と現れ、必ず悪を倒してくれるその男を、世間は必殺マンと仮称し賞賛していた。

 しかし田中は脚光を浴びたくは無かった。更に言えば賞賛されるのが嫌だった。悪を殺して褒められる事に疑問があったからだ。相手が悪といえども、自分が行っているのは殺しである。それは本来称えられるものではない。

 だから常に報道関係、特にテレビカメラには気をつけていた。賞賛からの逃避でもあり、いつ手のひらを返し、犯罪者と呼び出すかわからない世間が恐ろしかった。


 田中は右手を握って呟いた。

「必殺、か。確かに僕は、悪の命を奪う力がある。でも、それが良いものとは限らないよ。悪の敵が正義とは言えないんだ」

 その言葉を聞いた杏里は僅かに目を見開いた。そして田中に少しだけ近くに座り直して言った。

「私、必殺マンってもっと格好良い人かと思っていました」

「……悪かったね、格好良くなくて」

「そして、もっと悪を倒したことを、誇っていると思っていました」

 蝉時雨が聞こえなくなった。田中は杏里の瞳に目を合わせた。澄んだ瞳だった。

「殺すのは、辛いですよね」

 杏里の視線がビニール袋に移る。

「本当に、ありがとうございました」

 田中は何も言わなかった。

 目を閉じて、もう一度、頭を下げた。



 墓場を横切って本堂へ向かう。直方体の列が沈黙して日差しに当たっている。

「別にこなくても良かったのに」

 田中は右に並ぶ杏里を一瞥した。

「田中さん一人に命の責任を背負わすのは嫌なので」

「その気持ちは素直に嬉しいけど、誤解を生みそうなセリフだなぁ」

 田中が苦笑したその時だった。

 突然、杏里の右手の墓石が振動した。二人が首を曲げた直後、墓石の真上に刀を持った骸骨が現れた。


「う゛ぁああああああああああああああ!!!!!」


 骸骨は声にならない声をあげると、刀を振り上げ杏里に向かって跳んだ。

 田中がとっさに杏里を真横に突き飛ばす。杏里は砂利道に倒れ込んだ。

「た、田中……さん……」

 起き上がった杏里は、降りかかる刀を必死に避ける田中の姿を見た。完全に避けられているわけでは無く、頬に幾つかの赤い線が走っていた。

「怨霊の類いか? なんにせよ、これで終わりだ」

 田中は骸骨が振りかぶった一瞬を狙って懐に飛び込んだ。右手が、骸骨に触れた。

 骸骨はうめき、もだえ、その身を灰に還す――はずだった。

「――え」

 杏里は目の前の光景を疑った。


 


「う゛ああああああああああああああああ!!!!!」

 骸骨は、そのまま刀を振り下ろした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る