第7話 過去という名の化け物 参
「これは、一体?」
田中は恐る恐るアタッシュケースに触れた。
その瞬間。なぜか唐突にケースが開き、中から赤い光線が倉庫を包み込んだ。
「うわあああああああああああああああああああああ!」
とっさに田中は目をつぶったが、瞼の上からも赤い光が押し寄せてきた。光は田中の身体を透過してどこかへ消えていった。
「……あれ」
気がつけば、いつの間にか光は消え、アタッシュケースはおろか、そばで倒れていた元暴力団員の亡骸も消えていた。
結局、あのアタッシュケースの中身はわからずじまいだった。
田中は寝転がりながら、ビルの狭間に消える夕焼けを見つめていた。
あの赤い光線を浴びた以降、田中は悪と言われる存在に触れるだけで、その生命活動を止めること――つまり、命を奪うことが出来るようになっていた。おそらく、あの男の突然死の原因は、あのアタッシュケースに悪意を持って触れたからではないかと、田中は考える。
「あの人も、あの時までは持っていても死ななかったんだから、本当は悪い事なんて出来ない人だったのかもしれない。どうしようもなくなって、僕を殺す気持ちを固めたから、光に悪人と判断されたのかもしれない」
少しずつ空には闇が浸食し始めた。近くで聞こえていた子供の声も聞こえなくなった。
「悪は確かに許されない存在だ。だけど、悪の命を奪っても良いかと言われたら、僕は何も言えない」
何も言えないくせに、命を奪い続ける自分。田中は苛立っていた。
「……あー、考えたら余計わからなくなった」
ため息混じりに、ようやく立ち上がる。
「夕飯の買い物行かなくちゃ」
しかし、奇妙なシルエットの男が目前にいるのを田中は見つけてしまった。
「ふぉ、ふぉ、ふぉ、良い人質が手に入った。この子供がいる限り、地上の人間どもは手も足も出せまい。ふぉ、ふぉ、ふぉ」
赤いザリガニの姿をした怪人が、気絶しているらしい少年を担ぎ上げているところだった。
「さっき急に子供の声が聞こえなくなったのは、この怪人が少年を襲ったからか」
ザリガニ怪人は後ろから歩み寄る田中の存在に気がついていない様子だった。
「ふぉ、ふぉ、ふぉ、明日には電波を乗っ取り、人類両生類化計画を発表して人間どもを恐怖のどん底に……ぶふぉ!?」
田中は怪人の頭部を軽くはたいた。ザリガニ怪人は沈黙し、背中から倒れた。
「人類両生類化計画、ちょっと興味あったけど……これは見逃せないな」
田中は怪人の肩から転がり落ちた少年の身体を揺する。すぐに少年の目が開いた。
「大丈夫? 痛いところはないかい」
少年は首を振ると、仰向けになっているザリガニ怪人を指さして言った。
「お兄さんがやっつけたの?」
「うん……まあ、そうだね」
やっつけたというか殺したのだが、さすがにそれを子供の前で言うわけにはいかない。
すると少年は目を輝かせて叫んだ。
「お兄さん、ありがとう! お兄さんは僕の命の恩人だよ!」
「え?」
田中が瞬きしている間に、少年は手を振りながらどこかに走っていった。
呆然と佇む田中は、しばらくしてほんの少しだけ笑った。
あの命を守れて良かったと、怪人の死体を埋めながらそう考えた。
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