第5話 過去という名の化け物

「あら、おはよう田中君。またアルバイトなの」

「いえ、ちょっと散歩に」

 日曜の朝方。玄関を出た田中が最初に出会ったのは、ゴミ袋を抱えた大家だった。

「あら、良いわねえ。どこに行くの」

「ちょっと大通りの方に」

 長話が始まらないうちに会釈をして田中は足早に立ち去る。大家の口癖が「あら」だと田中は最近気付いた。



 大通りは、日曜だけあって人が溢れていた。道に人がいるのではなく、人が道を造っているといっても過言では無かった。

 田中は大通りをゆっくりと時間を掛けて歩いた。ただ歩いていたのでは無く、周辺の観察も行っていた。

「凄いな、あっという間に元通りだ」

 ここは以前、地下帝国の使者と名乗る怪人が出没した場所だった。大通りの至る所に土柱を出現させ、道という道を破壊した。

 しかし、現在では土柱によって出来た道路の穴は、見る影も無かった。穴は埋め立てられ、コンクリートが流し込まれた。あの日折れ曲がっていた信号は撤去され、新しく設置された信号機が小さなランプを詰め込んだタイプに変わった。そして歩行者が信号を渡る間に流れる音楽は無くなっていた。

「変わってないようで、全く違う町になってる」

 それが良いか悪いかは、田中にはわからなかったし、決めつけようとも思わなかった。ただ、変化の早さがめまぐるしく、追いつける気がしなかった。

「怪人の出現を知らない人に、ここで怪人が暴れたんだよ、と言っても信じてもらえないだろうな」

 田中の呟きは雑踏に踏みつぶされた。



「さすがにここはまだ建設中か」

 怪獣が横たわったビル群――だったモノを、田中は見つめた。そこには怪獣の細胞が残っていないか、捜索している人々がいた。この国の生物学の権威者達らしい。

「わかっていた、つもりなんだけどね」

 田中は頭を掻いた。ちょっとしたら、大通りと同じように元に戻っているかもしれない。

 そんな夢想は、むき出しの鉄骨と立ち入り禁止のテープに砕かれた。今でもここから先の一帯は、一部の研究者以外の立ち入りは許されなかった。

 田中は、背中を丸めて人混みに消えた。



 研究所があった土地は、すぐに売り払われてしまったらしい。柵が立てられ、敷地には雑草が我先にと天道を目指していた。

「帰るか」

 田中は跡地に背を向けた。その時、外道サイエンティストが死に際に振り絞ったあの言葉が田中の脳裏に甦る。




 弄んでいるのはお前だろう。




「――弄んでなんか、いない……っ!」

 吐きだした言葉は震えていた。いつの間にか、田中は駆けだしていた。

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