第3話 合成獣 キメラヴァル

 緑色の返り血を浴びた田中は、三つの首を持つその猛獣――だったもの――に手を合わせて土に埋めた。それから公園を立ち去り、毎日通う銭湯に足を運ぶことにした。途中、古着屋でワゴンセールの服を一式買った。現在着ている服についた血は落とせそうになかった。

 幸い、血の色が通常の生物のそれとは異なっていたので血だと気がつく人はいなかった。ただ匂いは相当酷かったので彼に近づく人は皆、鼻をつまんだが。


 田中が銭湯の戸を開けると、「いらっさい」と気の抜けた声が聞こえた。

「お、正太郎」

「あれー、田中だ。まだ七時になってないのに」

 いつも番頭のおばちゃんが座っている台の上で、坊主刈りの男子――正太郎が読んでいたマンガから顔を上げた。一応、この銭湯を運営する一家の一人息子である。

「田中な、正太郎。別にいいだろ、一時間早く来たって。おばちゃんは?」

「ばーちゃんトイレ。俺、見張りの、してるんだ」

「へぇ、偉いじゃんか」

 だろー? と言って、正太郎は得意げに胸を張った。いつもは銭湯の扇風機の前でゲームをしている人見知りの激しい子ではあったが、田中にはなぜか心を開いていた。

「そういえば田中……さん。なんか臭うから、しっかり体洗ったほうが良いと思う」

 正太郎は眉をひそめて鼻をつまんだ。緑の血は、獣の匂いに近かった。

「あー、確かに。念入りに洗っておくよ」

 田中が片手を上げて脱衣所に入りかけた時だった。あるものを見つけて、その足は止まった。

「……なあ、これは?」

 田中が恐る恐る指さしたのは、正太郎の後ろに貼られたA4サイズの小さな張り紙。上部にゴシック体で「飼い主募集」と文字が載り、中央には段ボールの中でうずくまり、つぶらな瞳でこちらを見ている三匹の犬。下部には犬たちの生年月日や性格などの情報。

「あれ、知らなかったの。これ先月から貼ってあるよ。僕の叔父さんが犬を飼い始めたんだけど、どうやら犬アレルギーだったみたい。それで仕方なく新しい飼い主さんを探し始めたんだ。といっても、もう飼い主は見つかったけど」

 田中は、この張り紙がいつもは番頭のおばちゃんの背中に隠れていた為に見えていなかった事を察した。

「いつ、犬を渡したんだ?」

 震える田中の声に気付かず、正太郎はええっとね、と視線を天井に上げた。

「先週だったよ。この紙、もうはがしちゃおっか」


 脱衣所に消えた田中は、嫌な汗が体中から噴き出している理由を知っていた。

 つい先程、血飛沫を撒き散らして絶命した三つ首の獣。それらの顔は、張り紙に載っていた写真の中にいた、あの三匹の犬のものだった。

 あの怪物は、造られていた。

「本当の、悪がいた」

 服に染みこんだ緑の血が異臭を放っていた。彼の心の奥底で、怒りが沸騰していた。

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