悩める子葉

 暖かい日差しの下、一組の母娘が駆け足で街道を移動していた。

「待って、お母さん」

 少し疲れたような表情をしながら、ユウは母親についていっている。

「急ぎなさい! 遅れるわよ」

 母親は、何度も止まりながらユウをせかしていた。今日は娘の入園式であるために、遅れるわけにはいかない。しかし、もとより体の弱いユウに長時間走ることは、ほぼ不可能だった。挙句の果てに、母親は娘をだっこしながら走ることにした。


 幼稚園の入園式には、なんとか間に合った。式の後、ユウは保護者会に参加する母親と別れ、クラスで開かれるお遊戯会に参加した。

 先生の簡潔なスピーチの後、自分たちがいる教室内に限り、新入生は遊び始めた。一人で遊ぶ子、友達と一緒に遊ぶ子、全員思い思いの遊び方をしていた。

 そんな中、ユウはなかなか馴染めずにいた。他の子から声をかけられても、返事をすることすらできなかった。むしろ、怖く感じられた。

「ユウちゃん、あーそぼ!」

「……」

 ユウが何も返事しないためか、話しかけた子は他の子のもとへ行った。一方ユウは、置いてあったクマのぬいぐるみを抱きながら、うつむいて座っていた。その目には、少しばかり涙がたまっていた。

 しばらくの間、何回か子供たちに話しかけられたが、一度も返事をすることはできなかった。先生にもどこか具合が悪いか訊かれたが、ただ首を横に振ることしかできなかった。

 お母さん、早く来てほしいな。そう思っていた彼女のところに、一冊の本を抱えた男の子が話しかけてきた。

「一緒に、これ読もう?」

 不思議なことに、ユウは彼に対する恐怖心がなく、むしろ『なにか』を感じていた。他の友達からは感じられない、穏やかな『なにか』を。

「うん」

 ユウは初めて、はっきりした返事を返すことができた。同時に、顔も少し晴れやかになっていた。

 男の子が持ってきた本は、ユウ自身読んだことがない絵本だった。彼女は楽しくなって、初めの一冊以外にもいろいろな本を、彼と一緒になって読んでいた。

 外が夕陽に照らされてきたと同時に、保護者会を終えたユウの母親が、娘を迎えに来た。ユウは笑顔で「ばいばい」と言って男の子と別れ、母親のもとへ行った。  

 

「今日のお遊戯会、楽しかった?」

 帰り道、ユウは母親に訪ねられた。小さな声で、うんとしか答えられなかった。答える顔も、いつものように暗かった。

「お友達はできた?」

 この質問に、ユウは一瞬首をかしげた。しかし、先生が教えてくれたことを思い出すと、うんと元気よく返事した。

 自分にできた唯一の友達。その子と遊ぶことが、彼女のちょっとした楽しみとなりつつあった。

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