第6話
「き、君さぁ……はぁ、はぁ、着崩れてる女の子に抱き着かれて、飛んで逃げるのは、いいけど……もうちょっとスピード落としてくれない?追いかけるこっちの身にもなってよ……!」
「わ、悪い、ちょっと気が動転して——ああ、ダメだ。まだ頭から離れない!」
学校から飛んで逃げてきた俺は、少し離れた公園の茂みで変身を解いた。公園に人がいなかったのは運が良かった、こんなところ、ご近所さんに見られでもしたら——いや、誰かに見られた時点でもう外に出れない。
それに……うおぉ!愛華ちゃんの下着が、胸の感触が、脳裏から離れない!しかも赤って、結構派手なのを——ってそうじゃない!
「なんだい?男に戻った瞬間興奮してきたのかい?この初心ムッツリめ」
「ち、違うから!べべべ別に興奮なんか!」
「はいはい、そうですねー。まぁ、何はともあれよくやってくれたよ君は!初の戦いでバクを倒しちゃうなんて、驚きだよ!」
「そんなにすごいのか?」
走り疲れたマーチはベンチに飛び乗って横になった。
「君も戦ってわかったと思うけど、バクを倒すのは本当に大変なんだよ。願いによってはとんでもない化け物にもなるからね。だからバクと戦ったとしてもダメージを与えて弱体化させるだけ、弱体化するとアイツらはしばらく姿を現さないんだ。それを繰り返してようやくバクを倒すことができる」
「なるほど。それにしても、結局バクってなんなんだ?学校じゃあんまり詳しく聞けなかったけど」
「バクは人間が“ホープ”に願うことで変異した怪物なんだ。理性は殆どなくて、願いを叶えることしか考えていない。言ってしまえば欲望の化身だね」
「そのホープっていうのはなんだ?」
また聞きなれない単語が現れた。ファンタジーものではよくあることだが、覚えるものが多くて大変だ。
「君たちがいる世界とは別の世界に存在する、人間の願いを叶えてくれる不思議な鉱石だよ」
「えっ、それって要するに異世界か!?」
「そうだけど……そんなにテンション上がること?もう色々目の当たりにしてるでしょ」
「それでも上がるもんは上がるんだよ!」
ああ、いいな異世界。俺も異世界に転生して無双しながら愛華ちゃんと幸せに暮らしたいなぁ。
「ていうか、ホープって異世界にある鉱石なんだろ?なんでこっちの世界にあるんだ?」
「それがわからないんだよねぇ、気づいた時には既にこの世界で散らばってたんだ」
「それはなんていうか……誰かがばら撒いてそうだな」
「ああ、そういう謎を解くことも含めて、バクから人々を守るのが僕たち魔法少女派遣センターの仕事なんだよ!」
マーチは自分の仕事に誇りを持っているかのようにドヤ顔で言ったけど、さっきまで人のこと脅すわドジってやらかすわでロクでもない奴のイメージしかないんだよな……まあ、本人がそれで良いなら何も言うまい。
「さて、君はやることをやってくれたし、僕もやることをやらないと」
「やること?」
「君とアフターグローの契約を破棄するんだよ。そもそも君が魔法少女になったのは僕の責任だからね」
「お前……」
マーチはどこからともなく現れた薄いモニターを前足で操作する。アフターグローの使い方を知っている俺には、それが設定制御モニターであることがすぐにわかった。
こいつの言う通り、こうなったのは全てこいつの所為だから、終わったら思いっきり投げてやろうかと考えていたけど……しょうがないから許してやろう。それに、マーチとはこれでお別れになるだろうしな。
俺はマーチとローファンタジーとの別れの寂しさに浸っていると……
「……………あれ?」
何やら不穏な声が聞こえてきた。
「どうした?」
「いやごめん、ちょっと待って…………おかしいなぁ、この画面であってるはずなんだけど……」
マーチが何度もモニターを操作するが、すぐに画面が青から赤に変わる。これは何か操作を間違っているか、何かが足りない、できないことを知らせる表示だったような気がするんだけど……
「なぁ、こっちで操作してみるか?アフターグローにもすぐに原因が聞けると思うし」
「そ、そうだね、お願いするよ」
俺はアフターグローに呼びかけ、マーチと同じ設定制御モニターを出してもらった。
書いてある字は日本語でも外国語でもない見知らぬ言語だったが、なんて書いてあるかは理解できる。アフターグローが喋る言葉も、聞いたことないけど言っている意味はわかる。こういうところも不思議ではあるが、今はそれを置いといて、設定制御モニターから契約の解除を選択する。
本人同意など細かいことを済ませて、確認のボタンを押した。すると、マーチと同じように解除ができないといった知らせをする赤い画面になった。本当にできないな、どういうことだ?
「アフターグロー、この原因なんだかわかるか?」
『恐らく、“スフィア”内で発生した謎のエラーと、人為的な損傷が原因ではないかと思われます』
スフィアって、確かアフターグローみたいな魔法少女に変身するために道具の総称だよな?それがエラーを起こして、しかも損傷したと……
俺はこっそり逃げようとしているマーチの頭を鷲掴みにして持ち上げる。
「おい、どういうことだ駄犬」
「違う!僕じゃない、僕の所為じゃない!」
「ふざけんな!謎のエラーって絶対男が変身したからだろ!アレしかないだろ!どうすんだこれ!」
「うるさいうるさい!アレしか方法なかったんだからしょうがないだろう!それに人為的損傷の方は君が原因じゃないか!いくら万能なスフィアだって電気と融合させられたらそりゃぶっ壊れるに決まってるだろ!」
マーチはジタバタと暴れて俺の手から難を逃れる。俺は俺で学校の時のように地に膝と手を突く。
「もうどうすんだよ、戻れないじゃん俺ぇー」
「そ、そのまま魔法少女続けたら?」
「できるかそんなこと!何か手はないのか……?」
このままでは、俺は一生魔法少女としてあの化け物たちと戦わないといけない。彼女ができたり結婚することになった時、「俺って実は魔法少女なんだよ」とか言ってみろ、速攻嫌われるに決まってる!そして一生独身のまま、一人寂しく死んでいく……!そんな人生絶対に嫌だ!なんとかしてこの状況を脱しなければ……!
「そうだ!お前の会社の人にこのことを伝えればいいんだ!そうすればなんとかしてくれるかもしれない!」
「ダメ!絶対ダメ!それだけは絶っっっ対にダメ!!」
「あ?なんでだよ、こういうトラブルは報告すべきじゃないのかよ?」
俺の問いにマーチは滝のような汗を流しながら目を逸らした。こいつとはまだ1時間もないくらい短い付き合いだが、俺にはわかる。こいつがこうなった時は何かしらやらかしていると。
「じ、実は、今朝君と契約してしまった後、上から任務は完了したかどうか報告しろって言われて、色々テンパってた僕は思わず完了したって報告しちゃって……」
「は?」
「それに加えて、魔法少女や魔法、バクだったりの存在はこの世界の人に知られちゃいけないってルールがありまして、魔法少女がバクと戦った後は記憶を消したり壊れたものを直したりと事後処理をするように言われていて、もし関係のない人に知られ、あまつさえ魔法を覚えちゃったりした場合、ミスしたサポーターはクビ、魔法を覚えた人間は始末されてしまうと言いますか……」
「つ、つまり……」
「もしこのことを報告したら、安西蜜柑と契約するためのスフィアを他人に渡し、魔法を習得させたということで僕は会社をクビになり、君も始末されちゃいます……」
もう、マーチを殴り飛ばす気すら起きない。完全に道が断たれた。放心状態の俺を見て、ビクビクしながらマーチは続けた。
「さらに言いますとスフィアをバレずに修理しようにも、それなり設備が必要で、それはこの世界では手に入らないのでそれもできません。あっ、ちなみにこのまま魔法少女として活動している限りは、バレることはないのでご安心を……」
俺はゆっくりと立ち上がり、掌や膝に付いた砂を払い落す。そしてオドオドとこちらを見上げてくるマーチをじっと見つめる。
「あの、夕斗さん……?」
「はぁ、帰ろう。今日はもう授業受けてる気分じゃないし」
「そ、そうだね、じゃあ僕はこれで」
マーチは踵を返して歩き出した。
「どこか寄るのか?」
「うん、ちょっとそこら辺に。今日の寝床を探さないといけないから——」
「何言ってんだよ、お前もウチに来い」
「え?」
俺の言葉にマーチは振り返る。なんか不思議そうな顔をしてるんで、俺は思わずため息を吐いた。
「お前、魔法少女の生活もサポートしてくれるんだろ?だったら近くにいなくてどうするんだよ。それに、こうなったのはお前の所為なんだから、一緒に元に戻る方法を考えてもらわないとな」
「夕斗……!」
こいつはどうしようもない奴だけど、俺が元に戻るには必要な存在だ。それに、今俺がこうして生きてるのも、なんだかんだ言ってマーチのお蔭だからな。命の恩人を放っておくわけにはいかない。
「とりあえず母さんに犬を飼っていいか聞かないとな、もしダメだったらこの公園に住み着く野良犬と化すけど文句はないよな?」
「もちろん!それに見てよ、チワワだよ僕?こんな可愛い犬を飼っちゃダメなんて言える女性はそうそういないよ!」
「さっきまでしょげてたくせに。まっ、いざとなったらお前の可愛さに頼るよ。そういうの得意そうだし」
俺はマーチを連れて、我が家へと足を進めた。元に戻るにはまだまだ先は遠いけど、まあサポーターがいることだしなんとかなるかもな。
『臨時ニュースです。本日12時35分、私立遊禅寺高校にて謎の巨大植物が現れました。全長は約20メートルと思われる怪獣に、校内にいた20名程の女子生徒が捕らわれていましたが、空を飛ぶ謎の少女によって撃退されました。少女の身元は不明であり——』
「あっ、おかえり夕斗。ニュースを見て心配したけど、無事みたいで良かったわ」
命の恩人って言ったけど……やっぱりアイツは疫病神だ!!
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