第7話
家に帰宅して、今日起こったことがニュースで流れているところを見た俺は、自分の部屋でガクブルと怯えていた。
全身を毛布で隠し、ベッドの上で体育座りをして、とにかく見つからないようにと祈り続けている。まさかあの現場にテレビ局のカメラがあったとは——いや、あんなバカデカい動く植物が突然高校の中庭に現れれば当然か。空撮もされてたみたいだけど、まったく気づかなかった。
だけど問題なのはそこじゃない。問題はあのニュースが、世間に魔法少女やバクの存在を知られたことが魔法少女派遣センターにバレてるかどうかだ!
もしバレていれば当然マーチはクビ、そうなればアフターグローも回収される。そして異常があることがわかってその原因がバレたら……そもそもなんで事後処理されてないんだよ!あの駄犬、戻ってきたらぶっ飛ばす!
とりあえず殴る意志を固めた俺は部屋のドアが開く音を耳にする。顔出してみるとマーチがドアノブにぶら下がりながらドアを閉めていた。学校の時も思ったけどあの前足はどうなってるんだろう。
「夕斗!いいニュースぼわぁ!」
「チッ、避けられたか」
流石に毛布に包まったままだとパンチのスピードも落ちるか。
「何するんだ君は!一歩間違えたら顔がめり込んでいたところだったじゃないか!」
「人が命の危機に晒されてるんだぞ!それくらいなんだ!」
「だ、大丈夫だから!その件についてはなんとかなったから!」
「本当か!?」
被っていた毛布をベッドに投げ捨て、マーチを持ち上げた。
「ああ、まさかこんなことになるとは、流石の僕も予想外だよ」
「でも、なんで大丈夫なんだよ。バレちゃまずいんだろ?」
俺はマーチをベッドの上に置き、その隣に座り直した。
「ああ、本来ならもう、社長に命令されて始末に来た魔法少女の集団に家ごと取り囲まれて、存在すら消されているはずなんだ」
「おい、今サラッととんでもないこと言ったなお前」
「実は君とこの家に来た時に社長から電話があって、僕は本社に戻ってたんだ」
俺があのニュースを見て部屋に逃げ込んでからもう二時間以上経っているけど、その間にそんなことしてたのか。どうりで見当たらないわけだ。
「そこで社長から君の戦いが世間で報じられているって聞いて、一度泡を吹いて気絶した」
「お、おう、自業自得だけど大丈夫か?」
「うん、すぐに目を覚ましたから大丈夫。それでクビになると思ってたんだけど……むしろ褒められた」
「はい?褒められた?」
どういうことだ?魔法少女やバクの存在はバレちゃいけないんじゃなかったのか?疑念を抱く俺の表情を読み取ったマーチは頷いて説明した。
「前々から会社の売上が下がりつつあって、それを阻止した上で売上を向上させるための策として、今まで隠してきた我が社や魔法少女などの存在を公にしようっていうのが幹部たちの間で検討されてたらしい」
「会社や魔法少女を?それで利益になるのか?」
「まあやりようは色々あると思うよ?例えば魔法少女をテレビや雑誌に出演させたり、魔法少女を呼べるデバイスを販売したり、社長はそういうこと考えるの上手い人だから」
「なるほど……」
「でも、魔法少女を公に出すなんて今まで前例がない。っていうかみんなやらないようにしてきたから、いざ実行しようにもみんな尻込みするだろうし、何より世間に受け入れられるかどうかわからないで丁度困っていたところに、今日の事件だよ」
「ということは、俺たちは知らずの内に上の考えていた案件のトップバッターとして活躍していたわけか」
「その通り、お蔭で僕もクビにならずに済んだし、君も命を狙われずに済んだわけだよ」
「はぁー良かったー」
緊張の糸が切れた俺は後ろに倒れ込んだ。これで命の危機に怯えずに済むし、なんの心配もなく元に戻る方法を探すことができる。やっぱり命は大事だわ。
「え、えーと、実は一つ面倒なことになったんだけど……」
「なんだよ?」
俺はなんとなく嫌な予感がして起き上がった。
「どうやら社長は、バクを初見で倒した君をすごい気に入ったらしくて、この子のような強い魔法少女なら、世間の信頼を勝ち取ることもできるし、後々公に出る他の魔法少女たちの道しるべになってくれると期待しているようで」
期待か……そう言われると少し照れるな、俺ではないんだけど。
「それでしばらくの間、この街周辺に現れるバクの撃退を全て君に任せるって」
「へ?」
「しかも報道局のカメラや取材にも積極的に答えてほしいって……」
「はああああああああああああああ!?」
おいおいふざけんなよ、こちとら魔法少女の活動をほどほどに、元に戻る方法探ろうって考えてるのに――おまけにカメラに映れってか!?そんなことしてみろ、世間に魔法少女としての俺が広まって、それなりに有名になってしまう。その状態でもし正体がバレれば、全国に幼い女の子になった男として知れ渡り、俺は二度と外には出れなくなる……それだけは絶対にダメだ!
「おい、なんとかならないのかよ!」
「う、うん、僕もなんとかしたいのはやまやまなんだけど……」
「だけど、なんだよ?」
「も、もし引き受けてくれたら今の倍の給料を出すって言われて、思わだああああああああああああああ!?」
マーチが言い訳を言い終わる前に、俺は奴の頭にアイアンクロ―を繰り出した。
「お前、人が社会的にも死ぬかもしれないっていうのに何してんだ!」
「だ、だって倍だよ倍ぃ!こんなの引き受けないわけないじゃないかあああああああやめてええええええ!」
「なんでお前の給料のために俺が命がけで戦わないといけないんだよ!」
床に向かって思い切り叩きつけようとマーチを投げる。アイツはそれを見越していたのか空中で体制を変えて四本足で着地した。するとすかさず俺の脚にしがみ付いて頬ずりをしてきた。
「お願いだよ夕斗ぉ!お給料が増えればミラちゃんにいいものをプレゼントしてあげられるんだよぉ!」
「そのミラちゃんって誰だよ、お前の恋人か?」
「いや、行きつけのキャバクラで働いてる子」
「ふざけんなアホ犬!大体聖獣って神聖な生き物なんだろ、そんなのがキャバクラなんて行ってんじゃねぇよ!」
「ハッ!聖獣なんて魔法が使えるだけで動物と根本的には変わりありませんー、だから聖獣だってキャバクラにも行くしガールズバーにも行きますぅ!」
「偉そうに言いやがって、とにかくお前の好感度上げのために働くなんて真っ平御免だからな!」
脚に纏わりついて離れないマーチを引き剥がそうと足を振り、手で引っ張りと苦闘する。だがこんな時でも謎の前足が力を発揮している、本当に握力でもあるんじゃないか。すると、俺の部屋のドアからドンッと激しい音が鳴った。
「うるさい、キモイ」
我らが妹様だった。そういえば時刻はもう四時過ぎ、小学校も終わってる時間か。引き籠ってたから気づかなかった。
「ま……まあ、あれだよ。これで僕が社長からの信用を得ることができれば、社内の機材とかも好きにできるかもしれないし、魔法少女を辞めるための足掛かりになると思うよ」
「はぁ、なんていうか、前途多難だ」
でも、マーチの言った通り、バクと戦うことで元に戻るきっかけを見つけられるかもしれないし、やってみなくちゃわからないよな……変身したくないことには変わりはないけど。そういえばバクで思い出したけど、今日朝顔のバクを倒した時に出てきた光る金平糖、あれって一体なんだろう。マーチに聞いてみるか。
「なぁ、マーチ」
「なんだい?言っておくけど愛華ちゃんが襲われてる写真はないぞ」
「違うわ、そうじゃなくて」
俺は制服のポケットから見つけたものを取り出した。どうやら魔法少女の時にしまった物は元に戻った時に着ていた服のポケットへ転送されるらしい。
「これ、バクを倒した時に見つけたんだけど、なんだか知ってる?」
「えっ、ちょっと待って!これって……」
マーチは光る金平糖を見て驚くと、すぐに考え込んだ。リアクションからして知ってるみたいだけど、そんな真剣な表情になるようなものなのか?
「――これは“ホープ・ピース”と呼べているものだ」
「ホープ・ピース?ホープの欠片ってことか?」
「ああ、ホープが願いを叶えた後に残ることがあるホープの残りカスのようなものだよ。でも、これには願いを叶える力はないから、大体は捨てているんだ」
なんだ、てっきりこいつにもそういう力があるのかと思ったけど、拍子抜けだな。捨てるのは勿体ないし、どこかに飾っておくか。
「だけど、それはホープ・ピースについて何も知らない奴だけなんだ」
「どういうことだよ?」
「そのホープ・ピースは一つじゃなんの意味もないけど、それを七つ集めれば一つのホープとなり、再び願いを叶えることができるんだ」
「へぇー……でもそれ使ったら結局バクになるんだろ?」
「それがそうでもないんだよ。見た目はホープと同じなのに、ホープ・ピースから出来たホープは純粋に願いだけを叶えることが出来るんだよ!」
「マジでか!?……ていうかそれどっかで聞いたことあるぞ?7つ集めると龍が出てきて願いを叶えてくれるっていう」
「ああー……まあ、確かに数も丁度同じだしね、その認識でいいと思う」
でも驚いた。まさかこんな小さなものを集めたらそんなことができるだなんて、ということはバクを倒していればいずれは見つかるっていう——、
「ん?ちょっと待て、その願いってどんなことでもいいのか?」
「ふふ、どうやら君も気づいたようだね。そうだよ、ホープはどんな願いも叶えてくれる。それが例え、どんなにくだらないことでもね」
「ということは、これを集めてホープにすれば、俺はバクになることなく魔法少女を辞めることができるってことか!」
「その通りだよ!これで希望が見えてきたね!」
掌のホープ・ピースを握りしめて、俺は意志を固めた。俺は魔法少女として戦う、魔法少女を辞めるために!
「よし!そうと決まればバクをバンバン倒しまくるぞ!脱・魔法少女!」
「おー!」
「そう簡単に死んでたまるものかー!」
すると、バンッというドアを蹴破るような音が聞こえた。目の前には不機嫌な顔でドアを開けた蜜柑が。そして俺とマーチを交互に見た後、とても冷たい目線で——、
「犬とお喋りとか、とうとう頭もおかしくなったんだね。ほんとキモイ」
そして静かにドアが閉まった。社会的に死ぬより妹の好感度がマイナスに入る方が先かもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます