第8話 Atlantisの眼覚め

 その日もAtlantisアトランティスは良い天気だった。恋人達は海辺で陽射しの中で愛を語らい合い、商人達は早くも貿易品を積んだ船が入港した時の事に想いを馳せ、芸術家は像を刻み絵を描き、吟遊詩人は海の見える丘で詠い、猟師達は魚達が何処に集まっていそうか予想し、妖術の研究に勤しむ学者達は相も変わらず古代Hyperboreaヒュペルボレアから受け継がれて来たと云われる文献の束と格闘していた。

 Atlantisの中央にそびえる白き山脈の峰々には妖術師のものかと受け取れる様な巨大な塔が幾つも見える。だが、それらの塔は妖術師のものにしては巨大に過ぎる。何しろ塔の直径が小さくても標準的なシロナガスクジラを縦に三頭並べたよりも大きかった。それらの塔は、或るものは天体の観測施設であり、又或るものは後世に云う燈台の役目を果たすものであり、又或るものは大地そのものの観測施設だった。それらの塔からはAtlantisの大地はもとより周囲の海迄も一望出来た。望遠鏡を用いれば、遥か遠くのPoseidonisポセイドニスの町の仔細さえ手に取る様に判った。ちなみに、大地を観測している塔の人々に依れば、半島の先端に位置するPoseidonisの町は、本来はこのAtlantisの一部ではないのだと云う。何でもAtlantisとは別に海底から隆起した火山岩の上に位置しているのがPoseidonisの町なのだと云う。

 いつも通り何事も無い一日が過ぎると想われた昼下がり、異変は起こった。いや、中には直前に異変を察知した者も居た。たとえばその昔、滅びたHyperboreaから辿り着いた妖術師の一族の子孫達は、ご神体の如く敬っていた祖先が乗って来た箱舟を何かに憑かれたかの様に大慌てで修復すると、それに乗って塔の上からですら見つける事が叶わぬ彼方の海へ出て行ってしまった。或いは主神であるPoseidonよりも古くPoseidonの父とも云われる奇妙な頭足類の頭部を持つ巨神を崇める教団の連中も、お告げを受けたと云って大型船を購入すると何処かへと旅立って行った。

しかし彼等の行動は全てが終わってこそ理解出来るので、その時は奇妙な振る舞いぐらいにしか人々は想わなかったのだ。そして運命の時に成る迄、多くの人々はその予兆すら感じ取る事が出来無かった。

 最初は足元から湧き上がる振動だった。不意に大地が大きく震えたのだ。倒れる人々が出るくらいに。そして人々が不安に駆られて奔走し始めた処、何物かの思念が人々の心に飛び込んで来た。

 ”あーあ、良く寝たわ。地球迄、結構有ったので疲れてたのね。兄様の事だから待ちくたびれてたりはしないでしょうけど、ええと此処では兄様はTsathogguaツァトッグァと云う名前でしたわね。それでは兄様の居られるN’kaiンカイとか云う地下世界に向かいましょう”

 人々は不意に大地が下降して行くのを感じた。忽ち周囲から海水が押し寄せ、町も動物達も人々も瞬時にして海水に呑み込まれる。

 Poseidonisの町へ通じる半島も寸断され海に落ち込んでいた。

 自分が寝ていた間に土が溜まり、木々や草花が成長し、動物や人々が動き回っていた事などまるで気付かずに、Tsathogguaの妹Atlantisは、兄に会うべく海の底深く沈んで行った。後には海底からせり上がった火山岩の上のPoseidonisの町だけが、取り残されていた。




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