【完結】水晶因果物語:月は太陽を連れ戻した

柳生隣

Prologue:あの日、僕達は知った。

◇Prologue



『少女の頬を、真っ赤な一筋の涙が伝っていった。


 その瞬間僕達も、息の根を握られた気がした。


 あの日、僕達は知った。


 呼吸が捻じり取られる瞬間が、こんなにも苦しいことを。


 あの日、僕達は知った。


 涙は止めたくても、止めれぬときもあるのだと言うことを。


 明日には、なくなってしまうかもしれない当たり前を

 


 明日には、なくなってしまうかもしれない笑顔を

 


 僕達は、私達は、



 大切に、出来ているだろうか』











 ――二〇××年・未来――







 ゆっくりと小さな窓から光が射し込んでくる、朝。

 

 青年の手により、これでもかと言わんばかりに硬く丸められた白い紙が、床にころりと転がった。


 天井を仰ぎ歪んだ表情で伸びをすると、スマートフォンの着信音が響いた。


「はい、もしもし」

『もしもし先生!? 原稿締め切り明日ですよ! どうなってますか!?』


 今この瞬間、最も聞きたくない声だった。


「あー、もう、分かってますよ、分かってますってば!」

『本当ですね? 絶対原稿持ってきてくださいよ! 先方との打ち合わせもあるんですからね! それからっ……』


 会話を遮るように電源の切ボタンを力強く押し、ベッドの上に投げつけた。明日ガミガミとうるさく担当者から説教を受けることを想像すると、溜息が自ずと漏れた。


「何溜息ついてるの~?」

「わっ、びっくりした、帰ってたの……」


 どうやら同居人の帰宅にも気がつかないほど、気が滅入っていたらしい。


「うん、ゴミはゴミ箱に捨てようね」

「……すみません」

「てかさ、もしや今日寝てない? そんな悩んで上手く書けないくらいなら、もういいんじゃないの? 十分売れてるじゃない、作家としてさ。これ以上の印税が欲しいわけ~?」


 青年をからかうようにツンっと小突きながら同居人はケラケラと笑い、青年のベッドの上にダイブした。青年は再度溜息を漏らすと、ベッドの上に置いてあるクッションを同居人に軽く投げつけた。


「いったあ~! 何すんのさ~」

「そんなんじゃないよ」

「そんなんじゃないって?」

「……そんなんじゃない」

「じゃあ何?」

「僕はただ……」


 青年が次に発した言葉は、同居人の目の中に陰をもたらせた。



「残したいだけなんだ、彼が生きた証を……」



 ――僕はいつしかまた心に、光を灯すことは出来るのだろうか。







 Crystal:Episode one



 ――The moon was bring back the sun.――




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