第15夜 北森鴻よ、なぜ死んだ!

 あれは2010年の夕方だった。僕は勤め帰りでバスに乗っていた。そしたら当時の妻からメールが来た。なんか、買い物でもさせられるのかと思いながらメールを開いた。そこには、

『北森鴻が死んだってよ』

と書かれていた。僕は頭が真っ白になった。まだ若いのに。バリバリ書いていたのに。スターになる可能性だって秘めていたのに。とにかく、言えることは、もう北森鴻の新作がこの世では読めないということだ。こんな悲しいことがあるだろうか?


 北森鴻を最初に見つけたのは、いわゆる“ジャケ買い”だった。まあ、それがなくても気にはなっていたのだが、なぜか手が出なかった。その手を取ってくれたのは杉田比呂美さんの表紙イラストだった。あの、素朴なようで精密なイラストが僕は大好きなんだ。多くの文庫の表紙を飾っていて、それを見ると、僕は買いたくなってしまうのだ。この時も半分は杉田さんの絵に惹かれて買ったのだった。タイトルは『孔雀狂想曲』タイトルからはなんのこっちゃ分からない。でも、買っちゃった。


『孔雀狂想曲』を読んだのは忘れもしない。乾くるみさんの『イニシエーション・ラブ』を読んだ後だった。三時くらいに読み終わって、物足りないからもう一冊読もうと、文庫の八ヶ岳から取り出したのが『孔雀狂想曲』だった。骨董屋の主人が主人公の連作短編集だった。初めはどうかなと思って読んでいたが、途中から目が離せなくなった。そして、その日のうちに読了した。その日は僕の読書にとって素晴らしい一日だった。解説で、木田元氏が「北森鴻に外れなし」と書いていたのが嬉しかった。ちなみに、木田氏は逢坂剛も外れなしと言っている。僕と気が合ったんだな。合掌。


 当然、翌日には文庫になっている北森さんの著作を集めだした。デビュー作の『狂乱廿四孝』は江戸時代の歌舞伎を舞台にしたミステリーで鮎川哲也賞を受賞している。文庫版は角川文庫なんだけど重版未定みたいだ。KADOKAWAさん、お願いしますよ。まあ、僕は持っているからいいけど。


 あとは、香菜里屋シリーズが面白い。旗師・冬狐堂シリーズも、骨董の勉強になる。それから蓮丈那智フィールドファイル。これは民俗学の素養が必要だから、他のシリーズと比べると読むのに苦労する。でも面白い。そしてこのシリーズの『邪馬台』執筆中に北森さんは天に召された。そのあとの部分は浅野里沙子さんという、公私のパートナーが書き上げたが、北森さんの切れ味はない。最後の蓮杖那智シリーズとして『天鬼越』が出たが北森さんの書いた短編と、浅野さんが書いた短編では民俗学への突っ込みかたと、現在起こっている殺人事件のリアルさが全然違う。まあこれはしょうがないことだ。


 他にもノンシリーズがたくさんあって、羅列するのも馬鹿らしいので、注目度の高いものを書いてこの項を終わりにする。『うさぎ幻化行』は北森さんが完成させた最後の本。『暁英 贋説・鹿鳴館』はあと一回で完成だった未完本だ。


 北森さんが亡くなって、読書の楽しみが一つ減った。


 いけねえ、かっぱくんは逗子海岸に甲羅干しに行ってたんだ。また、彼のいない時に一人で語っちゃったちゃった。でも、北森鴻さんは僕にとって、大事な作家さんなんだ。一人しんみり、酒でも飲みながら、北森さんのご冥福を祈ろう。

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