第136話 NANIMONO

 すっかり人気者で、しかも気さくなディディエは、昼食時もあちこちのグループに呼ばれて毎日違うグループと一緒に食事している。

 親戚としては、こんなに早くみんなに溶け込んでいる彼を見て喜ばしい限りだ。


 そんな彼が、数学の授業の後にわたしに近づいてきて気になることを言った。


「カヨー。キノシタセンセー、クライカゲミエルネー。チョイシンパイアルネー」


「ディディエ、どこの中国人よ?」


 また変な言い回し覚えてきてぇ。

 何て思いつつも、ディディエの言葉は気がかりだ。

 彼の言う木下先生はつい先程まで私たちのクラスで数学の授業を受け持っていた女教師だ。

 その木下先生に暗い影が見えるというディディエの話。彼がそういうの見えるっていうの、最初聞いたときは気味悪いこと言うなと思っていたのだが、一度桐島さんの件で言い当てたことがあったので、侮れないと思うのだ。

 木下先生の身に何か危険が迫っているのだろうか?


「アノセンセー、ココロノイロ、クライネ」


 うぅむ。というと、何か悩みでも抱えているんだろうか。

 だとして、わたしに何ができるというのか。さっぱり分からないのだけども。

 とりま、気にかけておくことにはしよう。ディディエのこれって当たるもんね。特殊能力。


 そんなことがあった直後、教室に黛君が入ってきた。

 何と。先日拉致されたところをすみれさんの大活躍で救出されたあの黛君。無事で良かった〜。

 と思ってたところに、その彼が自分の席に向かう前につかつかと真っ直ぐ私の下へ歩いてきた。何だ、何だ?


「あの、華名咲さん」


「は、はい?」


「話したいことがあるんだけど、帰りにちょっと付き合ってもらえるかな」


 何だろうか。拉致事件からの一連の流れを考えると、凄く嫌な予感しかしないんだけど断る理由もない。


「う、うん……いいよ」


 友紀ちゃんと楓ちゃんが目を見合わせて、「わ〜ぉ」とか言っている。そう言うんじゃないから、まったくもぉ、この子たちときたら。


 というようなことがあって、今わたしと件の黛君はコーヒーショップの席に向かい合ってお見合い状態だ。

 実は学校での彼とのやり取りを、いつものように寝ていたはずの十一夜君はちゃっかり聞いていたようで、あの後すぐLINEで編みぐるみをオンにしておくよう言われたのだった。

 因みに最近になって知ったんだけど、この編みぐるみ、握っている間スイッチがオン状態なのだが、左足に内蔵されたスイッチを1回押すとオン状態がキープ。もう1回押すとオフという機能があったらしい。十一夜君が夜なべして編んだこれ、どんだけ高性能なんだ。しかもそれなのにかわいい。


「いきなりこういうこと聞くのも、何か聞きづらいんだけど……」


 矢庭に口を開いた黛君が言いたいこと……いやわたしに聞きたいことか。それはもしかすると、彼が拉致された現場でむっちゃ怪しいMSのおっさんが言ってたことじゃないんだろうか。そう思って構えていると、こう言われた。


「華名咲さんって、何者?」


「ん?」


 何者って言われても、別に何者でもないんだけど……。まぁ、多分これはあれだ。やっぱりあのおっさんが言っていた、特異点に関することなんだろうなぁ。

 そう考えていたら、黛君が少し躊躇った様子でこんなことを言う。


「いや、ちょっとね。最近君について色々と尋ねられる機会があって……。でもほら、僕、まだ君のことをよく知らないでしょ。だから何も答えられなくって」


 ふむふむ。つまりそれって、MSに拉致されてわたしのことあれこれ訊かれたってことね。

 何だか私のせいで申し訳ないとは思うけど、例の特異点に関する話については、私自身も何のことやらさっぱり分からないことなのだ。

 と、そこへ恐らく会話を盗聴中の十一夜君からLINEでメッセージが。

 何でも、黛君の拉致事件を目撃していた一件について話してもいいのじゃないかと。

 うーむ。確かに話してみてもいいかもしれない。そうすれば向こうからも情報を何か引き出せる可能性がなくもない。


「あの、黛君に私のこと尋ねてきた人って……」


「ん、うん……まぁ、それはそのぉ……」


 そりゃ言いにくいだろうなぁ。ウンウン。

 それじゃあ私の方から話しやすくしてあげましょうかね。


「多分、MS関係の人だよね?」


「っ!?」


 なぜそれを!? みたいな顔をして目を見開いてこちらを凝視している黛君。

 こちとらまるっと全部お見通しだいっ。


「しかもこの前、黛君が拉致された時の話じゃないのかな?」


「っ!?」


 なぜそれを!? 以下略。

 やはりそういうことよね。フムフム。

 あの時わたしと接触してきたMSの怪しいおっさんが、わたしに探りを入れてきた。そのことに違いない。


 ガタッと音を立てて黛君が席を立って出ていこうとするので必至で手首を掴む。


「待って、黛君っ! 私自身は彼らとは何の関わりもないただの高校生だからっ」


 ってまぁ、全然信憑性はないわな。分かります。

 なおも私から逃走しようとする黛君だが、私としても逃すものかと必至で食い下がる。


「何なんだっ! 君は一体何者なんだっ!?」


 同じことを訊かれたが、多分今回のは最初のとちょびっと違った意味合いを持つ質問だろう。


「――――うーん。――――特異点?」

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