第137話 異世界うぇあ

「――――うーん。――――特異点?」


 わたしのその言葉に一瞬固まって、再びわたしの手から逃れようとする黛君。

 そこは日頃友紀ちゃんや楓ちゃんという怪力女どもを相手にしている私である。そうそう簡単に手放してなるものか。


「落ち着いて、黛君。ね、一先ず座ろうか。痛くしないから、ね。取り敢えず。さあ」


 まるで悪い男のような台詞を吐いてどうにか黛君を留まらせる。


「びっくりするのは理解できるけど、そもそも私のこと呼び出したの黛君だよ」


「…………」


 黛君は気不味そうに露骨に私から目を逸らす。

 まぁ、気持ちは分かる。自分が彼の立場だったらやっぱり怖くなって逃げ出すだろうし。


「あのね、実はこの前の拉致事件、偶々あの場に居合わせて目撃しちゃったんだ。その後、わたしも呆然としてたら、MSのいかにも怪しいおじさんから声をかけられて、いきなりわたしと黛君が特異点だとか言われたの。さっき特異点って言ったのはそういうわけ。自分では何のことやらさっぱり分かってないんだけどね」


「そうだったのか…………」


「そ。それにしても、黛君が無事で本当によかったよぉ。もうあの後大騒ぎだったんだから。んで、黛君が私のこと何者か知りたいっていうのは、多分その特異点っていうのと関係してると思うんだけど……違う?」


「――――そうだよ」


 暫くの逡巡の後、観念した様子で黛君は私の言い分に同意を示した。


「あ、ところで放課後にわたしと会ったりして大丈夫なのかな?」


「え?」


 訝しむような顔で私の顔を窺っている黛君だが、次の私の言葉で再び驚愕の表情に変わる。


「いやぁ、この後またわたし政府機関の人から暫く監視されるのかしらと思ってぇ……」


「そっ、そんなことまでっ? い、いや君、ホントに何なんだっ!?」


 そう言って再び立ち上がろうとする黛君を留めるのに暫く奮闘する私。勘弁してくれ。


「何ならもっと凄いことも掴んでるんだけど?」


 って、更に脅してどうする私!

 黛君は再び観念したのか、今度はヘナヘナと倒れ込みそうな勢いで椅子に着いた。


「何なんだ……何なんだこの人……」


 ヤバ。かなり怖がられてしまったっぽい。ブツブツ独り言言い出した。全然怖い人じゃないんだけどな、私自身は別に。

 周囲はある意味怖い人だらけだけど……。


「ま、そこは華名咲家ってことで」


 ということにしておく。本当は華名咲の力はこの件で一切使ってなくて、専ら十一夜家とすみれさんたちの力なんだけど、まぁそこはそういうことにしておいた方が都合いいような気がする。


「一体どこまで知ってるんだ、僕のこと?」


「うーん……言っていいのかなぁ。もし私が知ってることを知られたら私に危害が及ぶとかあるのかな?」


「え、それは……僕には何とも……」


 あるのかな、これは。それは困るぞ。


「因みになんだけど、うちが本気出しちゃうと政府も従うしかないっぽいよぉ。私の身になんかあったりしたら……分かるよね」


 我ながら灰汁あくどい顔で灰汁どいことを言ってみる。完全に脅しだ。もちろん本当にそうするつもりじゃないんだけど、万が一の場合にはこれはただの脅しではなくなっちゃう。

 おー、こわ。でもきっとそうなる前に十一夜君が助けてくれるけど。


 そんなことしてたら十一夜君からサムズアップのスタンプが届いた。いいのかこれ?

 十一夜君の影響受けてしまってるのか、以前の私では考えられないような悪い子になってしまった気がする。多分気のせいじゃないな、これ。


「ま、いっか。黛君って、パラレルワールドからやってきたんだよね」


「っ!? ちょっと、静かにっ!」


 黛君は流石に相当驚いたようで、キョロキョロ辺りを警戒しながら慌てて自分の口に人差し指を当てつつ、もう片方の手で私の口元を塞ごうとしてきた。


「言っちゃった。てへ」


「てへじゃない! 何でそんなことまでっ……」


「まぁな」


 ドヤ顔でそう言ってやった。言わずもがな、十一夜君の十八番おはこの奴。てへ。

 今日の私はどこまでも強気だ。十一夜君が聞いていてくれる。それに多分側に控えていてくれるはずだし百萬力よ。


「恐るべし……華名咲家……」


 ま、そうなるわな。黛君がガタガタ音を立てて震えだしている。やり過ぎたかもしれないけど、これだけやればもう白状するよりないと分かるだろう。


「そういうことなので、隠したって今更ってわけよ。何でも話して大丈夫よ、黛君」


 観念して洗いざらいゲロっちまいな。という内心を隠しつつ、秋菜のぶりっ子を思い出しながら女子力MAXな感じで語尾を上げながら黛君と呼んであげた。


「ネェネェ、黛君はさ。どうして別の世界からこの世界に来ることになったの?」


「それは……」


 とっても気不味そうだ。そりゃ国家機密だしなぁ。そうそう一般人に言えるわけないよね。

 でもさっき散々脅したし。言っちゃえ言っちゃえ。


「くっ……どうしてこうなった……」


 うーん。悩んでるなぁ。あんまりほじくり出そうとするのはかわいそうかなぁ。

 わたしの甘さなのか、そんな思いが脳裏に過ったりする。


『そこもうひと押しだぞ』


 十一夜君の容赦ないLINEメッセージの通知が届く。くっ、流石十一夜君は容赦ない。

 どうしたらいいの、わたし……?

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