第71話 マニアの受難
エレベーターから降りてきた十一夜君は、特に驚いた様子もなく皆に軽く挨拶をしている。大方わたしのGPS情報を追って来て、会話を盗聴しつつ先回りしたのだろうから不思議もない。しかしそんな事情を知らない皆にしてみればびっくりしただろう。
「十一夜君がどうしてこんなところに?」
友紀ちゃんが興味深げに十一夜君に問い掛ける。
「ああ、実はここの四階にあるサバゲー施設はうちの親がやっていてね。それで親の用事を頼まれて今用事を済ませてきたところさ。君たちは? 坂田君らの服装からするとサバゲーをしに来たのか。それにしても意外な取り合わせだね」
などと
「何? ここの施設は十一夜君のところが経営しているのか。見ての通り我々はミリタリーマニアでね、時々ここは利用させてもらっているよ。実は偶々運命のいたずらで出会った彼女たちが、是非一緒に僕らと遊びたいというので、今からご一緒するところなんだ。……そうだ。よかったら折角だから十一夜君も一緒にどうだね」
誰がお前らと一緒に遊びたいと言ったんだよ。サバゲーに興味を示した子が一名いただけの話だろうが。お前らと遊びたいなんぞ、誰も一言も言ってないぞゴルァ。
そんなわたしの心の叫びなど届くわけもなく、アホの坂田は何となく偉そうに十一夜君を誘っている。恐らく十一夜君にしてみれば思惑通りだろう。そういう流れを狙ってこのタイミングで姿を表したはずだ。
「……そうか? まあいいよ。じゃあ折角だから今日は料金の方は三割引きさせてもらうよ」
「おぉっ、それは
相変わらず変な言葉遣いで坂田も喜んでいる。他の皆も勿論喜んでいるのだが、取り分け女子たちに関しては、急に顔色が明るくなったような気がする。
十一夜君は人気だからな。
「夏葉ちゃん、よかったね。十一夜君も一緒になって」
と小声で話し掛けてきたのは秋菜だ。何度も否定しているというのに、秋菜の奴は未だにことあるごとにこうして十一夜君のことを言ってくる。
「は、何が?」
「それじゃあわたしがいただいちゃおうかしら?」
何てことを言って
「別に好きにすれば?」
いちいち取り合ってはいられない。どうせ秋菜の
男子だけで十名以上いたので、全員が四階に上がるにはエレベーターで三往復ほどする必要があった。
ルールはいろいろあるらしいが、今回はフラッグ戦ということになった。フラッグと言っても、実際にはわたしと秋菜が両チームに分かれてフラッグ代わりとなるそうだ。要するにわたしか秋菜かどちらかが捕まったらそこで勝負は終わる。
わたしたちは見た目が同じなので、長年秋菜との付き合いのある女子たちでも、どちらがどちらだか分からないようだ。性格くらいしか違わないから仕方がないのだけど。
そういうわけで、わたしたちがフィールドに一緒にいたら非常に紛らわしくて支障が出るという意見が多数を占め、わたしたちは両陣に分かれてフラッグ代わりとなることになった。
チーム分けはじゃんけんで、十一夜君は秋菜チームになった。そして気になる麻由美ちゃんも十一夜君と同じく秋菜チームになった。つまりわたしを目掛けて攻めてくるわけだ。
普段は味方の十一夜君だが、敵に回すと勝ち目がない。この時点でわたしは自チームの負けを確信したのだった。まあ、たかがゲームだからいいけどね。
これがリアルに敵だった日にゃ洒落にならないからな。
二チームに分かれてそれぞれの陣地に篭もる。
スタートの合図が出るまで両チームとも戦術の確認をしている。結構本格的なのだな。
野外で行なう場合にはもっと本格的らしいのだが、室内で規模が小さいこともあり、うちのチーム編成は前衛と後衛、そして本陣という三つのポジションになった。
因みに向こうのチーム編成は不明。相手のチーム編成との相性というのもあるらしいが、今回のように小規模なゲームではそれほど大きく影響しないだろうとのことだ。
「華名咲さんのことは僕が命に変えても守ります。任せてください」
アホの坂田はこちらのチームだ。ゲームだから命に変えられてまで守ってもらわなくて結構。それにアホの坂田に任せるなんて心許ないにも程があるわ。
どうせ十一夜君の一人勝ちだもんな。
そうこうしているうちにゲームスタートの合図があり、いよいよ戦いの火蓋が切って落とされた。
ビルのフロアを丸々サバゲー用に占領しているこの施設は、あちらこちらにドラム缶や
元男としてはじっと待っているより、本当なら自ら打って出て戦闘に参加したいところだ。何だかお姫様扱いみたいにされてちょっと悔しいんだよな。
そんなことを思ってうずうずしていると、ちらほらと「ヒット!」という声が響いてくるようになった。
これは、被弾したことを自己申告するというルールによる。ここのサバゲーではBB弾が使用されている。威力は弱いが当たればそれなりに痛いそうなのだが、当然貫通力はない。そういうわけで被弾した人は自己申告しなければならない。誤魔化したりゾンビになったりするとゲームが成り立たないので、自己申告とは言えルール厳守だだそうだ。
時々どこかで嬌声が上がったり、マシンガンがカシャカシャ発砲する音が部屋にこだまする。BB弾なのでガガガガガンッ、みたいなド派手な音は鳴らない。地味にカシャカシャ鳴るだけなのだ。
その中に混じってパシッパシッと規則的に二発ずつ発砲する音が徐々に近づいてくる。これはマシンガンではなく拳銃だろう。
武器類はすべてこの施設のレンタル品だ。幾つかのタイプの銃器の中から任意に選ぶことができるが、拳銃を選んでいたのは十一夜君だけだったはずだ。
確実にこちらへ近づいているのは、やはり十一夜君であろう。
わたしの場所には坂田の友だちだと思われる他所のクラスの男子がいるが、拳銃の発砲音が近付いてくることに気付いていないのか、まるで緊張感が感じられない。まあ遊びだからいいんだけど、ぼんやりしていると瞬殺されるぞ。
パシッパシッ!
「ヒット!」
言わんこっちゃない。たった今、ぼんやりさんが被弾して自己申告の声を上げた。
他のメンバーに聞こえているのかいないのか、若しくは夢中になっていて耳に入らないのか知らないが、だいじな本陣に攻め込まれているというのに誰も気付いていない。
「あ〜あ、全然気づかなかったな。誰に撃たれたんだ? 流れ弾に当たっちゃったかなぁ」
当たった本人も誰にやられたのか気付いていないようだ。しかしこのやり口こそ正に隠密のプロ、十一夜君の仕業に違いない。
被弾した人は自己申告の声を上げた後、特定の場所に移動しなくてはならない。そこで何分か後に復帰することができる場合もあるそうだが、今回はそれはなし。人数も少ないのですぐに決着が着くため、ゲームの終了まで外野で待つことになる。
彼が去ったところで、十一夜君が姿を表した。
「やあ」
「絶対真っ先に十一夜君がここに辿り着くと思った」
わたしが言うと、何故か十一夜君は口元を手で覆って顔を赤くした。
あれ? わたし、何かおかしなこと言ったかな?
「し〜。僕はまた戻って須藤さんをマークする。どうも様子がおかしい気がするんだ」
口元を覆っていた手を人差し指を立てるようにして唇に当てて、十一夜君はわたしにそう言った。
「様子が? 麻由美ちゃんって、十一夜君と同じチームだよね。別のチームだったらよかったのにね」
「いや、同じチームになるようにしたんだよ。その方がマークするために近くにいても自然だろう?」
「同じチームになるようにしたって……そんなことできるの? また催眠術か何か?」
「チーム分けはじゃんけんで決めたよね? じゃんけんにもコツがあるのさ。後でゆっくり教えてあげるよ」
そう言い残すと、十一夜君はさっさとまた戦渦へと飛び込んで行った。
結局十一夜君はここまで何しに来たんだ?
若干の疑問が湧いたが、さしたる問題はあるまいと考え、戦況を見守ることとした。暫くして坂田がやってきた。
「華名咲さん、一人で不安な気持ちにさせてしまってすまない。僕が来たからもう大丈夫だよ。華名咲さんは僕が守ってみせる!」
カシャカシャカシャカシャッ!
アホの坂田の気持ち悪い「守ってみせる!」宣言の直後、マシンガンからBB弾が炸裂する音が鳴り響いた。
「あ〜はははははっ」
マシンガンの後、次に響き渡ったのは、狂気の目をして銃口を坂田に向けて仁王立ちしている麻由美ちゃんの高笑いだった。
「……ヒ、ヒット〜〜」
結局アホの坂田の奴は、「守ってみせる!」と言ったその舌の根も乾かぬうちに、あっさりと麻由美ちゃんの手によって葬り去られたのだった。
端から期待はしていなかったが、それにしても情けない。何が紳士の嗜みだよ、嘆かわしい。ミリタリーマニアだか何だか知らないが、所詮はライトなファッションミリオタに過ぎないのだろう。
それにしても麻由美ちゃんだ。未だ変わらず高笑いしたまま仁王立ちだ。
その背後には十一夜君がしっかりマークに付いている。この二人はゲーム上は味方同士なのだけれど。
麻由美ちゃんの様子は確かに十一夜君も言っていたようにちょっと様子がおかしい。高笑いの状態のまま固まっているかのようだ。
暫くその調子が続いたかと思うと、突然真顔に戻り、ぽかんと魂が抜けたかのような状態になった。はて?
「須藤さん、華名咲さんを確保して」
麻由美ちゃんに背後からそう声を掛けたのは十一夜君だ。結局うちのチームは負けてしまったのか。
「フラッグ〜ッ!」
麻由美ちゃんはまるで自分がどうしてここにいるのかわからない分からないとでも言った様子だったのだが、すぐに我に返ってわたしを確保したことを宣言した。
そこここでまだBB弾の銃声が鳴り響く中、わたしは麻由美ちゃんの少しいつもと違う側面を見て、心配になった。心配というのは麻由美ちゃんのことを思いやってと言うより、わたしの知らない麻由美ちゃんを見たことで起こった不安と言った方がいいだろうか。
THE HIGH PRIESTESSは、やはり麻由美ちゃんなの……?
漠然と浮かんだその疑問に、わたしは再び自分を苛む不安と闘わねばならなかった。
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