第33話 First Of May
十一夜君から届いたメールには、車両の追跡結果と題されていた。
車両? 俺を拉致したあの車のことだろうか……。タイトルをクリックしてメールを開くと、確かにその車両についての調査結果が記されていた。
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華名咲さんへ
先日の暴漢どもの車両にGPSを取り付けておいたので、その追跡結果を報告しておこうと思う。
あの後、どうやらあの車は悪運の強いことに結局警察に見つかること無く逃げ
あの状況でどうやって動かすことができたのかは不明だが、車両が動き始めたのはあの日の深夜だったようだ。
記録によれば、夜の十一時過ぎ。
車両がその後向かった先は普通のコインパーキングだった。アジトに向かうかもしれないと期待したが、意外に用心深い奴らだった。
契約書の内容から、朝には返却するはずと踏んでいたので、早朝から車両の動きをチェックしていたところ思った通り動き始めた。
僕は車両をGPS情報を使って追跡し、レンタカー会社で奴らを確認した。
その後は視認での追跡となったが、奴らの行き着いた先はある警備会社だった。
表では警備を請け負いつつその裏で逆の仕事を請け負っている、ある意味マッチポンプとも言える会社だな。あの警備会社については更に調査しようと思う。
因みに遅刻したのはこの尾行をしていたためだ。
気になっているといけないのでついでに報告しておくが、額に書かれた『肉』の文字は消そうとしたようだが、消しきれていなかった。
それと電話の盗聴記録はもう確認しただろうか。
あの通話記録の相手側についてはまだ調査中ではっきりとしたことを言える段階にはない。恐らく当面はあまり大胆なことを仕掛けてくることは無さそうだが、引き続き警戒は怠らないようにした方がいい。会話の感じだとまだ諦めたわけではないように思える。
くれぐれもあのキーホルダーは肌身離さず持っていてくれ。そして何か危険を感じたら直ぐに知らせてくれ。
キーホルダーを握りしめるだけでいい。
それではまた学校で。ただし普段通りに頼む。十一夜圭
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メールの内容は以上だ。
うむ。十一夜君、メールでは結構丁寧だな。普段基本的に言葉が少ないと言うか、必要なことしか言わないしね。て言うかこのメールも長い割に必要なことしか書いてないか。
考えてみたらもうちょっと何かあってもいいよね。誰も他人が見ていないんだもん。それなのに用件だけってところがやっぱり十一夜君なんだなぁ。何となく物足りないっていうかさぁ。寂しいっていうかね。
まあいいや。十一夜君らしいと言えばらしいのは間違いないからね。
それで十一夜君によって盗聴された通話の録音を聞いてみたのだが、恐らく俺の拉致を命じた雇い主との会話だったようで、計画実行の失敗と、そこに何者かの妨害があったこと。妨害者がもし華名咲の手の者だとしたらかなり事態は深刻な状況にあることが報告されていた。
雇い主と思われる男はかなり苛ついた様子で、まずは妨害者が何処からのものだったのかを最優先に調査するよう強く言い渡していた。お陰で十一夜君の身に危険が及ぶのではないかと危惧したが、よくよく考えて見れば、十一夜君はかなり用意周到で、顔は見られていないと言っていたし、指紋も一切残さない程に証拠を残さない徹底ぶりだったので、足が付く心配はないかもしれない。しかしこれで、俺のことを華名咲の人間だと知った上での犯行だったということは明らかになった。
華名咲相手にこれだけのことをするとは余程の世間知らずか無鉄砲な奴だとしか思えない。今の俺は何の力もない只の女子高生に過ぎないが、華名咲家となると別だ。敵は社交界に出入りするような人間ではないと考えられる。社交界は微妙なパワーバランスの上に成り立っており、それを敢えて壊そうとする者はいない。そんなことをすれば共倒れになることは火を見るより明らかなのだ。長年に渡り築き上げられたバランスはそう簡単に崩れることはない。それを考えても丹代家がやったとは考えにくいのだが、何しろ秘密結社うさぎ屋の存在が問題を複雑にしている。丹代家とうさぎ屋の関係が疑われるからだ。
十一夜君にうさぎ屋のこと、聞いてみようかなぁ。いや、ダメだよな。絶対教えてくれないだろう。守秘義務があると言われてしまう。
それから数日間、特に変わったこともなく毎日が過ぎて行った。その間体育の授業で丹代花澄はまったく何も仕掛けてこない。
更衣室で何故かまったく会わないのは相変わらずだが、授業中は常にフェアな態度なのは変わらないし、その様子からはやっぱり俺を拉致するような奴だとはどうしても思えない。悩みは尽きないが、一先ず不穏なできごとは鳴りを潜め、一時的かも知れないが平穏な生活が戻った。
いつも通り授業を受け、ノートを取り、家事を手伝ったり、友達と馬鹿話をしたり、そんな日常は悪くない。女子としての生活も、こうして慣れてしまえば満更悪いとも言えないものだ。
そんな日常のある日。化学の実験のため教室の移動があり、日直の俺は先生の指示を受けて準備することがあり、早めに教室を移動していた。段ボール箱で数個分の荷物を、もう一人の日直の人と二人で実験室まで運ばなければならない。そのもう一人の日直というのが、久々に登場のあのアホの坂田君だ。
大きな箱が三つ。これを前にして、俺と坂田君はちょっと考え
「どうする、この箱。誰か呼んで来ようか?」
「いやいや、ご心配めさるな。華名咲さんとせっかく日直が一緒になって、二人でダンボールを運べる好機、誰にも邪魔させるもんですか」
「何、その言葉遣い? 時代劇みたい。心配するなって言ったってさぁ、これどうやって運ぶ気? 一人一箱運んで二往復する?」
「俺が二つ運びます。華名咲さんと楽しくお喋りしながら」
「後半聞こえなかったけど二つも運べる? 多分これ二つ持ったら前が見えないよ」
「大丈夫です。華名咲さんと一緒なら心眼で見ることもできます。華名咲さんと楽しくお喋りしながら」
「大丈夫ですまでしか聞こえなかったけど心配だなぁ。時間も無いことだし、じゃあサッサと運ぼうか。わたしがガイドするから注意して付いてきてね、坂田君」
「華名咲さんのガイドの声とお喋りします」
「全然聞こえなかった。さぁ、行こう」
坂田君は入学式の時もあれだったが、ずっとブレることなくこの調子で微妙なアタックを俺に続けている。まあ多くの場合クラスメイトの他の男子や、俺の周囲の女子に途中で阻止されることがほとんどなのだが。
そんなわけで、二人で日直になって、しかもこうして実験の準備のために二人だけになる機会に臨むテンションがちょっとおかしくなっているのだ。元々おかしい奴だけど。正直俺はもううんざりしているわけなんだが。
「坂田君、階段あるから気をつけて」
「大丈夫です。心眼で見えてます。華名咲さんの美しい後ろ姿が」
「あんまりキモい妄想してると案内止めるよ」
「やっと声が届きましたね。思い続ければ通じるものですね。これはついに俺のチャンスきた~~~っ!」
「チャンスは一度も来てないから。危ないからちゃんと注意して歩いてよ、もぉ〜」
「その『もぉ〜』がかわいかったです。堪らんです」
「変態さんか、キモい」
「そういうのも何かゾクゾクしますね。新しい世界への扉が開きそうです」
こいつ……。
「はい、階段あと一段ね。キモいことばっか言ってると嫌いになるよ。今も好きではないけど」
「華名咲さんの言葉攻め、凄いです。階段降りたのに何か別の新しい階段上った気がします。おぁっ!」
言ったこっちゃない。アホの坂田君はバランスを崩して転びかけた。咄嗟に坂田君を支えるかダンボールを支えるか、判断に迷いが出た分遅れてしまった。あっと思わず目を瞑ったが、予想に反して坂田君が倒れ込んでくることはなかった。
恐る恐る目を開けると、俺の背後から伸びた長い腕が、坂田君をダンボールごと支えていた。
「坂田君、大丈夫? もう、だから言ったのにぃ……」
俺は自分のダンボールを脇に置き、坂田君のダンボールも脇に置いてから、助けてくれた人に振り返った。
でかい。ダンボールを持った俺を挟んで、背後から坂田君を支えたのだ。そりゃ確かにでかいはずだ。
「ありがとうございます。助かりました」
「大丈夫だった? 君は、一組の華名咲夏葉さんだよね。僕、秋菜さんと同じクラスの進藤。大変そうだね。手伝うよ」
そう言って進藤君は箱をサッと持ってくれた。十一夜君とはまた違ったくっきり二重で甘いマスクの爽やかイケメンだ。
「え、でももう時間が無いし……」
「僕なら大丈夫だよ。さっさと運んでしまった方がいいと思わない? さあ行こう。何処の教室に行けばいい?」
「あ、理科実験教室です」
「オッケー。じゃあ行こうか、華名咲さん」
「はい、それじゃあお言葉に甘えて。ほら、ボサッとしてないで行くよ。坂田君」
アホの坂田はすっかり
「ごめんね、ありがとう、進藤君。とっても助かりました」
「気にしないで。あ、でもそのうち埋め合わせしてくれたら嬉しいな」
そんなことをさらりと、あくまで爽やかに言ってくる。埋め合わせだと? 面倒くさいことじゃなきゃいいな。
「埋め合わせ? どんなことかな」
何か爽やかさが逆にサラッと変なことを言って来そうで怖い。
「あぁ、今度休みの日にでも、買い物に付き合って欲しいんだけど」
「お買い物?」
「うん。実は来週妹の誕生日なんだけどさ。プレゼント選ぶの手伝ってもらえたらと思ってね。そういうの何選んだらいいのか分からなくてさ。あ、返事は今すぐじゃなくていいんだ。今度の土曜日か日曜日に買い物しようと思うから、それまでに返事くれればいいからさ」
ダンボール箱を運ぶのを手伝ってもらったことと、週末辺りに買い物に付き合うことじゃあ、何となく釣り合いが取れないような気がするのだが、ホントさらっと断りにくい雰囲気でそういうことを言ってこられた。まぁ、買い物に付き合うくらいは何てことないんだが、進藤君がどんな人なのか分からないしなぁ。
そうだ、秋菜と同じクラスだと言ったよな。秋菜に訊いてみよう。それから返事すればいいか。
「じゃあ、それまでに予定を確認しておくね」
「あぁ、良い返事を期待してるよ」
「じゃ、どうもありがとう、進藤君」
進藤君は爽やかに去って行った。アホの坂田はボケっとその場に突っ立っている。何やらブツクサ言いながら。
「くそ、この爽やかイケメンが。毛先を遊ばせやがって。俺の華名咲さんをデートに誘うなんてどういう了見だ。許せん」
まあ確かに毛先は遊ばせていたな。別にデートってわけじゃなかったが。買い物に付き合うだけだろ。
学校帰り、いつもの様に秋菜と落ち合って下校する。秋菜が雑貨屋に寄りたいというので付き合ってまた寄り道する。お目当ての店は、『First Of May』という店で雑誌で見つけたらしいのだが、北欧家具やファニチャー、小物など、幅広く扱う輸入雑貨店だった。
俺はかわいい花がらがプリントされたハンカチと、いかにも北欧らしい幾何学模様の靴下とフラワープリントの靴下を気に入ってそれぞれ購入した。秋菜はちょっと不思議な鳥や魚のイラストが描かれた陶器製のペーパーウェイトと、木綿のギャザースリーブワンピースを購入していた。
お互い買い物に満足したところで、最近学校の女子たちの間でも話題になっているドーナツ店に寄ってお茶でも飲んでから帰ろうということになり、俺たちはそのドーナツ店に向かった。
「今日さっちんがさぁ、
「さっちん? あぁ、春休みに友紀ちゃんと会った子か。天然ボケ?」
「そうそう、天然だね〜。前にホットカーペットのこと絨毯カーペットって言ってたこともあったもん」
絨毯カーペット? 何のこっちゃだな。
「頭弱い子か?」
「酷〜い。頭はいいよ。クラスでもいつも上位にいるもん」
へぇ、勉強はそこそこできるんだな。もっともクラスで一番の秋菜に言われてもな。
「秋菜が言っても嫌味だな。俺……じゃなかったわたしが言っても嫌味だけど。あ、そう言えばさ、秋菜のクラスに進藤君っているでしょ?」
「進藤洋介? いるいる。進藤君がどうしたの?」
「今日、わたしが日直でさ。理科実験教室にでかい箱を運ばなくちゃいけなくて。もう一人の日直と二人で三つもね。それでもう一人の日直ってのがアホの坂田って奴なんだけどね。そいつが転びそうになっちゃってさ。その時偶々通りがかりの進藤君が助けてくれてさぁ。おまけに箱を一つ運んでくれたんだよ」
「あ〜、進藤君ならやってくれそう。よく人助けしてるもんね」
「へぇ、あの爽やかイケメンがね。伊達に毛先を遊ばせていないな」
「プッ。毛先関係ないし。て言うか確かに毛先遊ばせてるけど」
アホの坂田も言っていたが、進藤君は毛先を遊ばせている。毛先遊ばせ王子だな。ごめん遊ばせと似ている。いや、遊ばせしか合ってないか。どうでもいいな。
「その進藤君がさ、埋め合わせに買い物に付き合えって言うんだけど」
「えっ? マジで? ほぉ〜、進藤君やるね。そんな大胆なタイプとは思わなかった。でも女子からは凄い人気だよ。羨ましがられると思うな」
「いや羨ましがるのは勝手だけどさ。箱一つ運んだくらいで買い物はちょっとバランス悪くね?」
「う〜ん。いいじゃんいいじゃん、進藤君結構イケメンだし。行っちゃえ」
何だか秋菜の方が俄然ノリノリなんだが、何か思惑がありそうな感じだな。
「お前さ。デートと勘違いしてね? そんなのじゃないからな。何か妹さんの誕生プレゼント買うの手伝ってくれってさ。それだけだぞ。何なら秋菜が俺の代わりに行けばいいんじゃね? イケメンだぞ。毛先遊ばせてるけど」
「毛先関係ないって。わたしはタイプじゃないし、パス」
「こっちだってタイプじゃないって。……ん? 何か違うな」
俺はまたしくじってしまったな。男子相手にタイプも何もあるわけがないのに。まったく我ながらヤバイことを言ってる。そしてそういう俺のミスを秋菜が見逃すはずもなかった。
「何々、夏葉ちゃんのタイプってどんなの? どういうのがタイプなの、教えなさいよ」
「うるっせぇよ。言い方間違っただけだって」
「あ、そう言えばさ。夏葉ちゃんのクラスに何かシュッと一重の切れ長瞼の子いるじゃない。十一夜君とか言ったっけ? 彼、うちのクラスでも人気あるんだけど、あの子とかどうなの? 夏葉ちゃん、タイプじゃないの?」
何でそこで十一夜君の話が出てくるんだよ。まったく、友紀ちゃんたちといい秋菜といい、何でか十一夜君を引き合いに出してくるよな。まぁ、確かに十一夜君はかっこいいけどさ。
「あれ、夏葉ちゃん? 何か赤くなってない? もしかしてこれは? あららら〜?」
「ブァ、バカ言うなよ。十一夜君とは何でもないんだから。友達だよ。もしかしてじゃないよ。Googleの予測変換候補かよ、バカ」
その後、秋菜の追求は友紀ちゃんや楓ちゃんたちのそれよりしつこく続いた。俺はヘトヘトになって帰宅。そして何故かまた叔母さんからその件でしつこく追求されることとなった。おまけにその様子を見ていた叔父さんは、俺が男と付き合ったりしたらどうしようとオロオロし始めるし、まったくもって愉快な家族たちだが非常に疲れた。
それで結局、秋菜と叔母さんの強い勧めというか、ほぼ強制のような気がするが、進藤君の買い物に付き合うことになった。散々強く勧めてきた割に、叔母さんからはくれぐれも軽率な行動だけは慎むようにと何度も念を押された。
結論。今日という日も俺の女子の生活は疲れるものだった。はぁ……。
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