第16話 フランス人のように
楽しい家族旅行も今日までだ。女性陣は今日も朝から温泉三昧。もうすっかりお肌が艶々で
そして朝食後に帰り支度で荷物を整理したりしてから、性懲りもなくラスト温泉を楽しんで漸く宿を後にした。大変に名残惜しかったのだがね。もう、叔母さんや
ってあれ、これでいいんだっけか? と多少の逡巡はあったのだが、この人たちと女の付き合いをしていくには普通じゃ無理だと悟り、もういろいろと吹っ切った。あの人たちは振り切れてるからさ。それにこの三日間、秋菜や叔母さんと毎日何度も裸の付き合いをしてきたが、もうまるで性的な興奮なんて感じることがなかった。女同士ってこんなものか。悲しいけど、これ、TSなのよね。
宿を後にしてからは、クラフトハウスで吹きガラス体験。秋菜とお揃いでキレイなコップを作った。叔父さんと叔母さんはお揃いでぐいのみを作っていた。
完成品は後日自宅に配送してもらえるというが、結構きれいにできたので今からちょっと楽しみだ。実は秋菜のと合わせてお祖父ちゃんとお祖母ちゃんにプレゼントしようと話し合っているのだ。
その後は昨日食べ歩きして美味しかった店をもう一度回ってから美術館に立ち寄った。一通り見て回ってから、少し遅目の昼食を、美術館に併設されたカフェ・レストランで取った。ただ食べ歩きで結構お腹が膨れたので、女性陣はケーキセットにした。祐太はずっと和食続きだったので洋食が食べたかったらしく、ステーキとフライがセットになったメニューでガッツリいってた。天候にも恵まれ、芝が広がるテラス席で風に当たりながらの食事は、とっても気持ちが良い。俺らは食事じゃなくてティータイムだったけど。
帰りの道中、疲れきった俺たちはまた爆睡してしまっていたが、叔父さんはもちろん運転だし、叔母さんは叔父さんに付き合って——というより二人の時間を楽しんでいたんだろうな——ずっと起きていたようだ。大人って知らないところで偉いよね。そうして漸く自宅に帰り着いてから、祖父母のところ(うちの上だけど)に挨拶しに皆で顔を出したら、お寿司を取ってみんなで夕食ということになった。
正直なところ、外食続きだったのでお寿司という気分でもなかったんだけど、旅の疲れがあるだろうから料理の負担を減らしてあげようという、お祖父ちゃんの気遣いだったようだ。
夕食までの間に俺は旅行中に溜まった洗濯物を洗って干したり、荷物を整理したりしてたらあっという間だった。疲れたぁ。でももうひと頑張り。確かにこれから食事の準備というのはしんどかったかもなぁ。
お寿司を取ると言ってたのでそのつもりだったのだが、来ていたのは銀座久兵衛のケータリングサービスだった。そう言えばお祖父ちゃんってそういう人だった。頭痛くなりそう。
聞けばそもそも、今晩に合わせて予約を入れてあったらしい。そりゃあそうだ。久兵衛のケータリングなんて、今晩頼むって電話入れて、はいそうですかなんていうわけには行くまいよ。しかしそれはそれで、うちのお祖父ちゃんならできそうで怖いんだが。この旅行中食べてばっかりだったけど、久兵衛のお寿司というんじゃ夕食も張り切らないわけには行かない。明日からまた朝ジョグ再開するかな。
祐太のやつはここぞとばかりトロばかり食べてた。俺は
お祖父ちゃんは早速お土産の地酒を開けて叔父さんと一緒に飲んでる。叔母さんはお祖母ちゃんと一緒にお喋りしながら食べている。秋菜のやつは、だいたい俺と同じようなものを頼んで食べている。こいつはホントにこういうところまで俺とほぼ同じなのだ。違うのは性格くらいだな。
そう言えば明日は朝から叔母さんとエステか。それじゃあ、お祖母ちゃんとお茶会の約束は明後日だな。
「お祖母ちゃん、あのね、明後日空いてるかな。約束のお菓子買ってきたから、よかったら一緒に食べよ?」
「あら、嬉しい。ちゃんと覚えていてくれたのね。それじゃわたしのとっておきのお茶を入れなくちゃね、うふふふ」
そう言って、お祖母ちゃんはかわいく笑う。そりゃ覚えてる。お小遣いいっぱいもらっちゃったしね。
お祖母ちゃんはフランス出身だが、日本暮らしも確かもう三十年以上になるはず。だから日本語も流暢なもんだ。俺が小さい頃には、よくフランスのお菓子なんかをおやつに作ってくれたんだ。フランス語もよく教えてくれたので、俺も簡単な会話程度ならできる。親父も叔父さんも当然フランス語は堪能だ。
そういえば、フランスにいる親戚を訪ねてみんなで旅行したことが何度かある。向こうの親戚連中——特に野郎ども——は、矢鱈と秋菜にベッタリで、正直俺としては面白くない印象しかないのだが、それでも一人だけ仲良くなったディディエって奴がいた。
血縁関係で言うと、ディディエはお祖母ちゃんのお姉ちゃんの娘の息子だったかな。何だかややこしいけど、確かそんなだったと思う。
元気でやってるかな、ディディエ。って言っても、こんなになっちゃった俺じゃ文字通り合わす顔もない。手術しちゃったのかと勘違いされるのが落ちだ。
話を戻してお祖母ちゃんだが、見た目はちょっとラテンっぽいと言えるかもしれない。髪の色は真っ黒ではないけど。最近は髪に白いものも結構混じってきているけど、元々は明るくてきれいな栗毛色だったのを覚えている。俺や秋菜は完全にこの人の血筋を引いているんだと思う。若い頃のお祖母ちゃんの写真なんか見ると、欧米の有名女優かと思うようなド級の美人さんだ。昔の写真、すんげセクシーよ。でも今のお祖母ちゃんはセクシーというより、キュートでチャーミングで上品な女性って感じなんだよねぇ。それは内面の美しさから醸し出されるものなのかもなぁ。
さて、度々話が逸れるが、美味しいお寿司も堪能したし、お祖母ちゃんとお茶の約束もできたことだし、外食続きでちょっとと思っていたにも関わらず、結局のところ俺たちは充分に満喫した。ナイスだぜ、お祖父ちゃん。
明日は遂にエステサロンか。冷静になってみれば、やっぱりめっちゃ女子イベントじゃん。ていうか、遂に全身脱毛なんだよね……。
後は寝るばかりとなって、ベッドの中で明日のことをあれこれ考えていたら、何となく眠れなくなってしまった。実はここに来てちょっとビビりが入っちゃった俺がいる。ネットで調べた感じだと、結構痛いらしいのだ。何がって、脱毛が。特に医療用レーザーは効果も高い分パワーも強いらしく、それだけ痛みも強いって話なのだ。ただ叔母さんが教えてくれたところによれば、笑気ガスっていう麻酔みたいなのを使うし、冷却しながらやってもらえるらしい。
そして明日行くことになっているサロン——とおばさんは言っていたが、それは病院に併設されていて、クリニックといった方が適切なよう——には最近、最新の蓄熱式という従来と違うタイプのダイオードレーザー脱毛の機械を導入したという。
これが何だか凄いらしくて、大した痛みはないだろうというのだ。そんな風に言われても、心配症な俺は今ひとつ安心しきれないでいるのだ。そして俺にとって想定外だったのは、永久脱毛は一日にしてならずということだ。古代ローマ帝国と同じシステムだな。
普通は二、三ヶ月おきに通って、完璧にツルッツルになるには一年以上かかるらしい。レーザー脱毛というくらいなので、レーザー光線で毛根を破壊していくそうなのだが、毛周期というものがあって、二、三ヶ月位のサイクルで眠っている毛根が目を覚ますらしい。そのサイクルに合わせて起きてきた毛根を叩くので一発ではダメなんだそうだ。ところが、その蓄熱式というタイプは根本的に仕組みが違っていて、何でも毛根を根絶やしにするのではなく、毛が作られる大本の仕組みを機能させなくするんだとかで、毛周期とは関係なく脱毛できるんだそうだ。しかも毛根を潰すわけじゃないからあまり痛みがないんだとか。そのため月一ペースで脱毛可能で、数ヶ月で終わるという。
このような調子で、風呂でずっと秋菜や叔母さんからレクチャーを受けていたもんで、もうすっかり耳年増というのか、何ならもう一通り脱毛なんて済ませてるような気分になっていた。
しかもいつの間にか、アンダーヘアは脱毛して当然という感覚になっていた。
でもふと元の自分に戻る瞬間があるんだ。こえぇ〜。これって完全に洗脳されてるよね? 完全にはまってるじゃないか。しかし、気づいたとしてももう引き返せないところが怖いのだ。気づいた時にはサロンに予約入れられ、教育されまくって外堀も内堀も既に埋められている。
洗脳恐るべし。ていうか
はぁ、早くお祖母ちゃんとお茶しながらまったりしたいなぁ。お祖母ちゃんは華名咲家女性陣の唯一の癒やし。俺もあんな女性になりたいよ。
——ん? 何か間違った気がするんだけど、何だっけ……。
こうして夜は更け、いつの間にか眠りに落ちていたようで、目覚ましのアラームに起こされるまで熟睡していた。
旅行で随分美味しいものを食べたし、今日から朝ジョグを再開するのだ。
顔を洗って歯も磨いてトレーニングウェアに着替える。ミネラルウォーターを飲んで柔軟体操をしたら、ゆっくり走りだす。
思い返してみれば、あれは二ヶ月ぐらい前からだったか。徐々に始まっていた女性化の兆候に気づかずに、てっきり太ったのかと思って走り始めたのだった。あの頃ぽちゃぽちゃした贅肉だと思っていたものが、最近ではすっかりどこからどう見てもおっぱいだ。今回の温泉以来、叔母さんに教えてもらったおっぱいマッサージも秋菜とお互いに毎日やり合っているので、もうすっかりマシュマロだよ、フフフ。バカにしたもんじゃないぞ。継続はマシュマロなりって言ってだな。
まあ実際のところはまだほんの二、三日しか経っていないが、これ、結構即効性あるからやってみ。実践したその日からバストサイズも変わるしバストアップするから。
思えば膨らみ初めの頃はおっぱい痛かったよな。あの頃だったらマッサージなんてとんでもない感じだった。ジョギングしながら揺れる胸を感じつつ、俺は少年だったあの頃へと思いを馳せ、静かなる感慨に耽っていた。これから毎日走るとなると、スポーツブラも買わなきゃな。
約一時間程度走ってからジョグを終え、シャワーを浴びて下に降りた。
「おはよー」
ダイニングでは叔父さんが新聞を広げて目を通している。祐太はリビングでテレビを見ている。秋菜はシャワーかな?それぞれ挨拶を返してもらいながら、俺はキッチンへ直行する。
キッチンにはもう既に叔母さんが立っていて、味噌汁の準備をしている。今日は和食なんだな。
いつもの様に髪をまとめて手を洗い、何を手伝うか見当をつける。鮭の切り身が出してあるので取り敢えず焼くとする。その間に漬物を切ったり、玉子焼きの準備をしたりしながら、叔母さんと今日の予定について打ち合わせる。
「何時に出発する?」
「そうねぇ。十時前には出たいわね。今日は全身フルコースよ。女に磨きをかけましょうねぇ〜。楽しみ」
と、天真爛漫な笑顔を満面に浮かべている。
「結構時間かかるもの?」
「そうねぇ。ボディケアが百分コースと、全身脱毛はまぁ多分一時間もかからないんじゃないかしら。後はフェイシャルとネイルで合計四時間から四時間半くらいかしらねぇ」
「結構かかるんだ。じゃあ一日がかりだね」
まじでか。随分時間かかるんだなぁ。
「今日は一日の~んびりリラックスして過ごすのよ。マッサージ気持ちいいわよぉ〜」
「何か逆に緊張で疲れそうな気がするんだけど」
「心配しすぎよ。リラックスしに行くと思っておきなさい」
そんなもんかね。
そうこうしていると卵が焼けたので、簀巻きにして形を整えておく。今度は鮭が焼けたので、叔母さんが皿に装っていく。その間に俺は
「秋菜ー、手伝って。ほら、祐太も運んで」
毎日のことなのに、こいつらは本当に言わなきゃやらないんだよな。秋菜はこんなじゃいつまで経ったって料理覚えられないぞ。
食卓はいつも通り和やかだ。祐太だけはテレビを見ながら黙々と食べているが。
「秋菜は今日何すんの?」
「わたし? 友達と映画。ほら、あれ。『ずっと前から嫌いでした』? さっちんと友紀と一緒に観てくる」
「あ、そうなんだ。二人によろしくな」
「言っとく。てかホントは夏葉ちゃんも誘うように言われてたんだよ。ママに先を越されちゃったけど」
「え、聞いてなかったしな」
「いいのいいの。どうせ誘ってきたの昨日の話だったし」
「そっか。まぁ、また誘ってよ。でも友紀ちゃん一緒なのは正直うぜぇなぁ」
「酷ぉい。友紀ちゃんいい子だよ? ちょっと変態入ってるけど」
「まぁな、分かるけど。この前生理の時やたら纏わり付いてきてさ。おっぱいは揉まれるし超ウザかったわ」
「ゲフッ、ゴホッゴホッ」
祐太の奴が顔を真赤にして
しまった。うっかり秋菜や叔母さんだけでいる時の癖が出てしまったな。思春期
「ちょっと祐太、何してんのよ。きったないなぁ」
秋菜が祐太を睨みつけるが、祐太は恥ずかしそうに顔を赤くして俯いて、吹き出したものを自分で掃除している。不憫な奴よのぉ、
「あ、わたしと夏葉ちゃん、今日出かけるんだけど、帰りが遅くなりそうだから外で食べようと思うの。皆も一緒にどうかしら?」
「そうするかい? 秋菜と祐太はどう?」
「うん、わたしはいいよ」
「外食続きになっちゃうけど、祐太は大丈夫?」
「コンビニ弁当よりいい」
「そりゃそうだな。ははは」
祐太、地味に気にしてたんだな。当たり前か。かわいそうにね。
「OK、じゃあ今晩は何食べようか。何かリクエストある?」
「天麩羅がいい」
と祐太がリクエスト。
「お、いいね。皆はどう?」
叔母さんと秋菜と俺は、それぞれ顔を見合わせて、特に何も異論の無いことを確認し合った。
「じゃあ、十九時に銀座のえんどうでいいかな」
「秋菜と祐太はお父さんと一緒に行くだろう?」
「うん。あ、銀座だったらさ、和光のケーキも買って帰ろうよ」
「あら、いいわねぇ」
秋菜の提案に叔母さんが乗る。和光のケーキは我が家でも昔から定番なのだ。小さい頃から銀座行ったら和光のケーキというのがうちのお約束みたいなものだ。まあそれは兎も角、全員それでいいということで、落ち合う算段が着いた。
因みにえんどうというのは天麩羅料理の老舗だ。多分久々に華名咲絡みじゃない店。
食後のお茶は本日は緑茶だったが、叔父さんはやはり珈琲が欲しいようで、いつもの様に自らドリップするようだ。俺も朝の珈琲が欲しいので、緑茶を啜りながら珈琲もリクエストした。ふぅ。落ち着く。
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